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4-1 籠城

「ただいま」


 その一言を伝えた瞬間、力が抜けていくのを感じ、まだ途中と足で踏ん張り堪える。


「戦況は?」

「ご報告よりも見ていただいた方がよろしいかと思います」


 フランクが跪いた。


「でしたらその役目、このフランクが務めます。持ち堪えて見せましょう」

「わかった。頼む」


 城内を歩けば、疲弊した民の姿があった。

 老若男女問わず、戦う術を持たない者が武器を手に取る姿は、それだけ危機的な状況だったことを察するには十分だった。そんな者たちがこちらに顔を向けるなり、疲れ切った瞳から輝きが戻り、それに応えるように手を振り、疲れきった身体を馬上で凛と姿勢を正す。

 かつて父上が見せた出陣の姿を意識するように。


「奥方様! ……主様!」


 馬上からの姿に気づいたらしい汚れた姿の兵が一人、駆け寄り跪いた。


「申せ」

「はっ! 東の大森林から……その、一千はあろうかという数の松明が!」


 許嫁を伴い、急いで東側にある出曲輪に向かう。


「ご、ご当主様!」

「今、礼儀は不要だ。」


 そこには大森林を照らす、松明らしき灯りが多く見えた。そして、その灯りから帝国旗を照らしていた。

 周囲の不安な表情に対して微笑み強く頷く。


「安心せよ。あれは味方である帝国軍のものだ」


 おぉ、安堵の息が広がり、その言葉が聞こえなかった者たちへ伝言のように伝わっていく。


「旦那様、ご存知なのですか?」

「帝国直属のヘレナ子爵の軍。我らは共に大森林を抜けてきたからな」


 実際、そうして帰城した事実が、兵たちに信ぴょう性を与えたようだった。その瞳に輝きを取り戻すように周囲からは沈黙から雑談へと活気が戻るのを音として感じる。


「さて、急ぐべきことは済ませた。母上のもとへ行こう」

「では私がご案内いたします」


 許嫁の案内を受けながら、東の出曲輪から二の丸に戻る途中で許嫁が耳元で囁く。


「旦那様、ヘレナ子爵の軍は事実ですか?」

「事実だ。味方であることも」

「では、一千近くもある兵でなぜ突入をしなかったのです?」

「…………」


 許嫁が振り返った。

 その瞳は疑いの色ではなく、合理的判断では帰結できない疑問に対する答えを求めて首を傾げていた。


「その答えは母上の前で答える」


 ついてきていたオリバー、キース、そしてフランクに状況確認をしてから側に待機していたスズとランも加えて本丸に向かう。

 その本丸にある三階建て天守の最上階。階段下に側近を控えさせ、たった一人、その天守から大森林の松明を眺める母上は、近づくと振り返った。


「母上。只今、戻りました」

「私のナイト。よく戻りました。あの大森林を抜けての帰還と聞きましたが事実のようですね?」


 母上がスズとランに視線を向けた。


「はい。二人はスズとラン。先住民の長より濃霧の中からこのサンフィールド領まで案内をしてくれ、さらに砦や突入の殿としても活躍を示しました」

「そうだったのですね。感謝します」


 その言葉にスズとランが私を見た。

 そして、頷くと母上に頭を下げた。


「それで。私のナイト、今はあの大森林の光景を説明してくれますか?」

「帝国のヘレナ子爵による一計でしょう。一緒に連合王国領から大森林を抜け、別れましたから」

「ヘレナ子爵ですか…………。ということは、あの松明は偽装。実数は百、といった感じなのでしょうね」

「母上はヘレナ子爵をご存知なのですか?」


 母上は(しか)めた表情をし、無言で答えなかった。


「一緒に行軍した数は騎兵の五十余名。側近にフェミニアという女性を連れていました」

「そうですか。では、実数は夜のうちにその倍に増えているのでしょう」

「…………」


 許嫁はただ大人しく母上を見て、他の者たちも何も言わなかった。


「…………夜が明ければ山には帝国旗がはためいているでしょう。ですが援軍にはしばし時間がかかりそうですね」

「どういうことですか?」


 許嫁の当然の疑問に母上は顔を見て微笑む。


「今宵に賊軍が撤退しなければ、留守を狙う略奪を目的としたただの賊でないということです。賊軍の惹き付けはヘレナ子爵に任せ、私たちはゆっくりと休むように指示しましょう。

 …………そうでした。ナイトが戻ったのですから私の城代も終わったのでしたね」


 母上の意図を察して頷く。


「オリバー。見張りを除き、兵士に休む指示を。念のため、計百名で、襲撃に即応できる体勢を維持せよ。その什隊長に任ずる」

「承りました」


 オリバーは部屋を出た。


「キース、休める部屋を案内できる者にスズとランが休める部屋の用意を頼んでくれ。あと、大まかで戦える兵の数を確認してきてくれ」

「承りました」


 キースはスズとランを連れて出た。


「さて、私のナイト。休みたい気持ちはあるでしょうが、日が暮れるまで城内の見回りを二人でなさい。空きの部屋はこの天守の最上階を使い休みなさい。

 ……私は本丸で政務を片付け、再興の準備と算段をしておきましょう」

「わかりました」

「…………あぁ、そうそう。この戦いが終わったら政務を引き継いでもらいます。当主の身として覚悟しておくように」

「わかりました。ご期待に沿えるよう」

「違うでしょ」

「……わかった。頼む」


 サンフィールド城内には、至る所に避難した民が武装し、手伝いをしていた。

 戦い兵が担い、見張り、矢の補充や食事の準備、民の治安を守る城内で新兵による自警団まで作られていた。


「御前様は、外から、そして内からの襲撃に備えた守りをずっと考えていたそうですよ」

「そうだったのか」

「はい。旦那様を守るためにと」

「………内から?」


 周囲からの目線、態度、雑談の一つ一つまで見え方が急激に変わり、背筋が寒くなった。

 首を左右に振り、改めて周囲を見渡す。


「旦那様、お疲れ様でしたらお休みされた方が」

「いいや。今は疲れより見回り存在を示すときだ。ただ、それが終われば休もう」


 見回りの道中で、帰還した兵向けの食事を、兵たちと共にその場で食べ、兵数の報告と志願したキース、オリバー、フランクによる二の丸の三交代での守りを任せ、日もほぼ暮れたころに天守へと戻る。

 疲れは既に限界だったらしく、横になると眠気を感じる間もなく眠りについた。


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