3-4 姫
アーロンが周囲を気にしながら近づき小声で囁いた。
「主様、少しよろしいですか?」
無言で頷く。
「賊軍が突如として一千を超える兵を指揮することが可能でしょうか?」
「……アーロンもそう思うか」
「お気づきだったのですね。では、策を何かお考えですか?」
「策は必要ない。このままぎりぎりまで近づき、そして、突撃時と同時に旗を掲げる。そして、一気にサンフィールド城内へ入り、合流する」
「…………敵は対応できぬほど間抜けでしょうか?」
アーロンの問い、そして周囲からの視線に頷く。
「そうだな、対応はするだろう。だが、人は見えている不意には行動で対応できるが、見えていない不意には確認を優先するものだ。それが本能というもの。
そして、今回の目的は帰還だ。賊軍の不意を突き、包囲の一点突破を狙う。そして通る道は建物で視界が遮られるサンフィールド城下町だ。包囲して攻城する側が住居に潜んで待ち構える意味がない。
そういう意味では道を前後のみに集中して戦える。アーロン、期待している」
「名誉ある一番槍、必ずやそのご期待にお応えいたしましょう」
「だから、……死ぬなよ」という余計な言葉を飲み込み頷く。
徐々に先の見えなかった大森林は先の見える明るさのある森へと変わっていく。視界は晴れていくのに、胸の内は晴れぬままだった。
薄暗い景色も、やがてだいぶ先まで見通せるようになり、目を閉じ、一度、逸る気持ちを抑えるべく深呼吸する。
考えれば考えるほど、選択肢という迷いが生まれる。それを振り払って決断する。
「全軍、防具を身につけ、武器を取れ、騎馬隊はアーロン、歩兵はフランクへ隊列を再編せよ」
アーロンとフランクは頷いた。
「アーロン、準備が出来次第、先頭で隊列を整えろ。フランク、騎兵の後ろに続き、弓兵はできるだけ他の兵で挟む形で温存しろ」
「承りました」
声は抑え、部隊長から什隊長、伍長、兵へと指示が行き交い、慌ただしく動きだす。
「シト、ラン。一足先に大森林を出て敵の様子を見ていてくれ。そして、合流したら……」
「ご主人。私どもは騎馬に追いつけません。ですので隊の殿をお任せください。必ずやご期待に添える結果をお見せいたしましょう」
「頼む」
そうして準備を整え終え、先頭にアーロン。騎馬隊に囲まれるようにして、その左右にオリバーとキースに守られひっそりと道を進む。旗は折りたたみ第一声に備えて隠しながら。
城と大森林の中間にある集落にたどり着いた時。最初に感じた異臭。そして、既にこと切れた村人たちの姿だった。逃げ惑った姿の中に、何人か必死で戦って殺されたらしき勇気ある者たちの姿もあった。
「すまない……私が留守にしたばかりに」
歯を食いしばって手を強く握る。
「主様の責任ではございません」
キースの言葉にオリバーが頷いた。
「先を急ぎましょう」
「そうだな」
そして、集落の出口直前でアーロンが立ち止まり、こちらを見る。
鼓動が速くなるのを感じながら、頷き、後ろを向いて手を上げるとフランクが意図を察してフランクも後方に手を上げた。そして、再びこちらを向いたのを確認した。
「……御旗に懸けて」
「主様がために」
アーロンに向けて頷く。
直後、馬を走らせるアーロン。それに続く騎馬隊と掲げられたサンフィールド旗と帝国旗。そして、それに続く歩兵と旗。視界には先頭を走るアーロンと、音に気づいて呆然とする賊の兵たちの姿。
朝、昼を過ぎ、日の沈む夕刻前という、夜襲を狙うなら避け、正面からの戦闘を始めるには遅すぎる時間。そして、東から西へ突撃する逆光となる突撃側が不利となる突撃。
「て、敵襲!」
眩しい中でも見える浮足立ち、弓を持ちながら矢を番える前に隊列の乱れる敵の姿。次の瞬間には、アーロンとその後ろに続く騎馬に恐怖して道を開ける賊たち。鈍感なものや、逃げ遅れた者たちは、次の瞬間にはアーロンや騎馬隊によってちぎっては投げちぎっては投げ、突破していく。
街道をさらに進み、正門への道へと曲がる分岐を目指す。幾度となく、敵襲という叫びは起こりながらも、戦う相手は槍や剣を持った狼狽える集団ばかり。
突破し、そのまま城下町に入った。そして、歩兵と離れすぎないよう速さを合わせながらも先を急ぐ。
そして、目の前の道を曲がれば城の城門も目の前というところだった。
西側の道から駆けつけたらしき敵兵の集団が迫る。それに対してアーロンの判断は早かった。
「ここは私にお任せを、主様は騎馬兵とともに城内へ!」
「アーロン!」
アーロンの単騎駆けを止める術がなかった。
騎馬隊の先頭で、オリバーとキースと共に先を急ぐ。
壊れた城門と待ち構える賊の兵はいた。ただ狼狽える兵に馬上から薙ぎ払うように斬る。
しっかりと着いて来るオリバーとキースに加えて、後続の騎兵の馬に踏み殺されまいと、賊たちは逃げるようにして避け、当主の姿に気をとられた者は騎兵に仕留めていく。
壊れた正門を抜け、三の丸に入る。そこには賊の姿が増えたが、それに合わせて背を見せている者ばかりになった。
「……この三の丸を奪回できれば」
「主様」
オリバーとキースの言葉に歯を食いしばる。
そして、騒ぐ賊の壁を突破した直後に、二の丸へと向かう坂が見えた。
「ここから騎兵は先に坂を上って二の丸に入る。私とわかれば城の者も援護するはずだ」
三の丸から続く、坂を上り、二の丸へ続く門前に辿り着いた。
直後に、ゆっくりと、損傷を受けているのか、いびつな音を立てながら半開きのように開かれた門。後ろの賊の追撃を阻止するように二の丸から三の丸へ向けて放たれる一斉射撃。
既に高鳴る胸の鼓動が門に入れと急き立てるが、それを堪えて叫ぶ。
「早く城内へ!」
直後、左右から馬の手綱を掴むオリバーとキース。
「主様もお入り下さい!」
「フランク部隊長を信じてください!」
当主であり、部隊を率いる将でありながら、歩兵の入城を待つのは邪魔だと告げる忠告に我に返った。
「そうだな。オリバーとキースついてこい」
二の丸の城門を通り、門の上に立つ。
指揮する隊長がこちらを見るなり跪こうした。
「跪くな。今は賊の追撃への撃退に専念しろ」
矢は放たれ、追撃の多くは怯む。
それでも、歩兵に迫る賊に対して、シトとランが器用に倒し、フランク部隊長率いる歩兵との距離を開けていった。
とはいっても、坂を上がる兵たちの疲労は相当で、追いつかれればまともに戦うことも難しそうではあった。
「伍長、私にもクロスボウを!」
「え? あ、はい!」
準備されていたクロスボウを受け取り、兵たちに混ざって狙いを定める。
将としての経験から感じる、追撃を率いる将。それを狙撃した矢を放った。
その矢は名も知らぬ将を倒すには至らなかったが、戦意を削ぐには十分だった。
負傷した将を見て、追撃する賊はみるみる戦意を失い、疲労の色が見えるシトとランが城門を通ると、門は閉ざされた。
「お、お見事にございます」
「ありがとう。名は?」
「ジャックと申します」
「すべて其方らの射撃があったからこそだ。ジャックよ、よく頑張ってくれた」
「ありがたきお言葉」
反応に頷いた直後、身体が一気に気だるさを訴えだした。
それに引きずられるように門の上から階段を降りると、目の前を遮るように立つ人。顔を上げると、それだけで先ほどまでの気だるさなどちっぽけな感覚だと気づいた。
「おかえりなさいませ」
この者がいれば、神さえ殺せる。そう信じられる戦う姿をした姫の姿が前にあった。




