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19/27

2-12 生

 長く、そして静かな階段。

 見上げれば金網に覆われた灯りは、死の世界からの生還を示すようだった。そして、上に向かって歩く足は疲れるどころか生気がみなぎるように感じる。

 階段をすべて登り切った後でも息はあがっていない。その自身の身体に驚き、足を確かめ、手を確かめるが、目に見える変化はない。唯一違うのは、行きより帰りの方が気が楽という気持ちと感覚だった。


 そして、建物から出ると、そこには驚いた様子の竜一以下、五名の者が待ち、その全員が跪いた。


「ベルディア様。ご無事でなによりにございます。して、この者は?」

「戦い、生き残りました。それが真実です」

「そう……ですか…………」


 竜一は不満に物言いたげな目をしていたが、それを飲み込むように跪いた。


「サンフィールド伯爵は村の掟に従い強さを示された。なれば私たちは村の掟で皆様を歓迎することを約束しましょう」

「感謝する」


 こうして、竜一とともに石段を降り、霧のかかる村に戻って兵たちのところへ向かうと、アーロン、キース、オリバーが駆け寄ってきた。


「主様、よくぞご無事で」

「アーロン、私は話合いに向かっただけだ」

「ですが……いえ、それで結果は?」


 ヘレナ子爵の声に頷き、そして周囲の兵たちを見わたす。

 そこに居た兵たちはどこもかしこも疲労に顔が歪み、疲れを疲れとして認識していない虚ろな兵たちの姿ばかりだった。


「竜一殿、頼みたいことがある」

「村で出来ることなら何なりと」

「兵たちを休ませるために宿を貸してほしい」

「建物が足りません。ですが村にある温泉の利用を特別に許可いたしましょう。男女別で休んでいる間に休める簡易な場所を用意できるよう村の者たち総出でもてなすことをお約束致します」

「すまないな」

「いいえ、では私たちは準備をさせますので」


 竜一が急ぎ向かったのを見て、アーロンたちを見る。


「今は一刻も早くと急ぐときでは?」

「アーロン、その顔で言っても説得力はない。それに、今の兵たちは疲れている。戦うにもそれができる体力は必要だ」


 ヘレナ子爵が頷いた。


「とても良き判断かと思います。せめてもの礼に私の隊に積ませていた酒もご利用ください」


 察しの良い兵士たちは聞き耳をたてていたのかこちらを見て、その眼差しには言葉にはできない期待が静かに語られていた。


「皆の者、これより一晩はこの村で休憩として、疲れを取ることに専念する。眠るもよし、温泉で疲れを癒すもよし、食事を求めるもよし。ただし、明日に備え、村への乱暴と酒は禁止とする。

 伍隊でまとまって動き、悪戯は無きようにせよ。もし、そのような者が居れば私自らの手でその一族郎党に至るまで斬首とする」

「返事は」

「「ウオォォォ!」」


 アーロンからの問いの一声に反応して上がった兵たちの歓声。

 それは、遠征中でもっとも歓喜にみちた声だった。


「アーロン、各管理については話し合って決めるがいい。私の護衛は不要だ」


 アーロンは頷くとすぐさまフランク、チェスターを呼び、この二人に加えて、オリバーとキースが温泉、食事、宿に分かれて交代で管理しつつ休むことを話し合い始める。


「ヘレナ子爵もそれでいいか」

「大丈夫です。それに」


 タイミングを計ったように近づく村の女。その女に案内されるように進んでいった。

 濃霧の中の森と違い、村で休めるというのは兵たちにとって気の緩む姿だった。そんな姿を眺めていると、竜一が近づいてきた。


「騒いで悪いな」

「外からの人を知ることも一つの経験だ。それに、村の掟でもあるからな」

「その、村の掟とは聞いても問題ないか?」

「霧を出てはならない、危害を加える者は殲滅せよ、試練に生きて帰ったものの願いは叶えよ。それらに反する者は追放とし、村に辿り着きたい者は決して辿り着くことはない」

「…………そういえば、私たちはなぜここに辿り着けた?」

「サンフィールド伯爵が森に入った目的はなんだ?」

「故郷に帰るためだが?」

「ならそういうことだ」


 何かを納得したように竜一は頷いた。


「竜一は試練に挑んだことはあるか?」

「村では八首と呼ばれる俺を含む八名……今は六名となったが、その者でベルディアの許可を得た者だけが挑む資格がある。だが、ベルディアが俺の挑戦を許さない」


 竜一の体格は筋肉質であり、自信を感じさせる振る舞いと声には、ベルディアの言葉で素直に従う力に溺れない自制心を備えていた。


「……そうだろうな」

「サンフィールド伯爵にはやはり何かがわかるのか」


 悩む竜一の姿に一言言おうとして止める。


「ベルディアをどう思っている?」

「俺は尊敬している。だがベルディアを狐と陰で悪く言う奴らもいる。言葉にうまく表現できないが、誰よりも現実を見ていて、ときに人としてためらう残酷な決断を言い切るからな。

 ……ベルディアには希望とか夢、憧れが伝わらない。それがときどき悲しくはあるな」


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