094_永禄八年(1565年) 科挙
それはある日の昼下がり。今浜領主、弓削家澄の屋敷には、家主の家澄が最も来て欲しくない客人が訪れていた。
「げっ……こほん、これは殿。また御家来衆もつけず、勝手に屋敷へ上がられて……」
「よう、調子はどうだ弓削殿。因みに勝手にではないぞ。門番が通してくれた」
「それは奴らが殿の正体を存じておるからでしょうに」
もちろん浅元新十郎こと、彼ら弓削家の主君である浅井長政である。
近頃の今浜の発展により、その恩恵を一番に受けている弓削家は羽振りが良くなっている。
今もまさに屋敷の増改築中なのだが、長政は屋敷を出入りする職人たちに紛れて、客間にさも当然の顔をして腰を下ろしていた。
また一人で来たのかと家澄は溜息をひとつ落とし、長政の下座に腰を下ろす。
もし万が一のことがあれば、きっと責められるのは自分だろう。相変わらずうだつがあがらない顔を心底嫌そうに歪めてみせた。
「それで……本日は何の御用でございますか? また小屋でも立てて子供らに算術を教えますか? それとも行き場のない女たちを集めて仕事をさせますか? はたまた蔵から鉄砲を二百丁、どこぞの国衆に贈りますか?」
もちろん嫌味である。長政が家澄の元を訪ねてくると、大抵禄でもない頼み事を任される。
嫌だと突っぱねられるならどれだけ良かったことか。浅井家は弓削家の主家であると同時に、長政の持ってくる無理難題は大抵の場合、今浜に大きな富をもたらすことになる。
その恩恵を一番に受けているからこそ、家澄は心底嫌ながらも従わざるを得ないのだ。
そんな家澄の気苦労を知ってか知らずか、長政は相変わらず白湯をすすって足を崩し、女中から出された饅頭を機嫌良く口にして。
「いや、今日は別件だ。科挙の件だが、めぼしい者は居たか?」
そんなことを家澄に問うたのだった。
「あぁ、例の……丁度昨日、第三試験が終わったところにございますが、なかなか見どころのある者たちが揃っているようで」
言いながら家澄は一度席を外し、自身の部屋からある紙を持ってきた。
「こちらは、大殿が目ぼしい者の名を記載したと申されていた名簿にございます」
「拝見しよう」
紙を受けとった長政は、そこに記されている者たちの名前に視線を落とした。
実は先日、長政は文官の登用に乗り出していた。この時代、中国では官僚登用試験のことを科挙というらしく、それをそのまま持ってきた形だ。
科挙を実施した理由はもちろん、一昨年頃から急激に増大した内政業務の負担を軽減するためである。
今までは機密情報の漏洩を危惧して、浅井政澄を始めとした浅井家ゆかりの者だけで内政を取り仕切っていたのだが、その体制にも限界が訪れていた。
原因は様々だ。例えば長政がもたらした知識と戸籍制度によって屯田政策が次々進み、北近江ではこれまでにないほど田畑が増え、毎年のように豊作が続いていること。
おかげで年貢として収められた米は浅井家の蔵に収まりきらず、溢れた米の差配や運用、置き場の管理など裏方の仕事が増えていること。
或いは長政が発案した銭の鋳造と貸付屋による銀行政策によって商人たちの交易が盛んになり、利子の収益と近江各地の税収が爆増していること。
それによって溢れた銭はやはり蔵に収まりきらず、それらの差配や運用、置き場の管理業務が増えていること。
更には長政が組織する夜鷹隊が働き口のない女たちを次々と呼び込んだ結果、数だけはどこまでも膨れ上がり、彼女たちの生活を保証するために内政業務が増大していること。
そしてそんな彼女たちの仕事を用意するため、これまで試作止まりだった醤油や布団、菜種油などの研究や増産まで本格的に始めたこと。
結果それらの売上によりまたしても膨大な利益が生まれ、溢れた銭を色をつけて女たちへ分配し、彼女たちは分配された銭を近江で使い、回り回って浅井家の懐に税収という形で帰ってくること。
その利益を今度は今浜のみならず近江各地へ開発費として支出するも、その開発に伴う問題や嘆願が次々政澄の元へ届けられること。
トドメに長政が昨年行った西近江征伐と国吉城接収により、治めるべき土地が単純に倍近く増えたこと。
これら様々な――主に長政が原因の――理由によって、とうとう浅井家の内務許容は限界を迎え、その皺寄せを食らっていた政澄がついに爆発したのだ。
『今すぐ人手を増やすか、それとも私に過労で死ねと命じるか! どちらがお望みか今すぐお答えなされ!!』
……評定の間に怒鳴り込んできた、鬼気迫る表情の政澄に、眼前に筆を突き付けられて。長政が内政官の増員を即断したのは記憶に新しい。
実際問題として、長政が行った数々の革新によって今の北近江は日本随一と言っていいほどの発展を遂げている。
しかしその皺寄せは全て政澄や政元という浅井の内政担当者に向かっているのだから、むしろここまでよく支えた方だろう。
たかが国衆からの成り上がり程度であるはずの浅井家が、北近江の行政を全て一挙に引き受けること自体が無謀だったのだ。
それがここまで回り続けていたのも、豊臣政権下における石田三成のように、浅井家を支える浅井政澄の存在あってのことだった。
――そう言えば、石田三成も近江の出身だったか。
名簿を見ながらそんな考えが頭をよぎる。
豊臣秀吉を支えた石田三成やその他の家臣、奉行衆には多くの近江出身者がいた、というのは有名な話だ。
浅井家滅亡後、今浜の地を得た秀吉はその名を長浜と改め、多くの人材を雇用した。
そのため石田三成のみならず、長束正家、大谷吉継、そして当然片桐且元など、秀吉政権の中核を担っていた者たちの多くがこの近江衆なのである。
ついつい彼ら有名どころの名前がないかと探してしまうが――
「ま、居るわけないか」
――そもそも、彼らと長政では生まれた年代がひとつ違う。
彼らが元服するのは恐らくこれから十年ほど先の話。それこそ万福丸と同世代ほどなのだから、今ここにその名があるわけもない。
一通りざっと流し見して、長政の知るような有名どころが居ないことを確認したうえ、改めて最初から名前を追っていく。
「森吉成、富田長家、それに小堀正次……ほう、この者は員昌の娘婿らしいぞ」
どこかで聞いたような、聞いていないような名前がつらつらと並び、その横にはその者に対する久政の評が簡単に記されている。
中には浅井家に仕える者の身内もちらほら居て、民官問わずの大口採用という様相を見せていた。
「磯野員昌殿の推挙のようで。それだけでも充分に登用価値はございますが、この小堀という者、推挙通り頭も回るようにございます。例の採用試験も早々に突破したそうですぞ」
「ほう……」
実は今回の試験、作成したのは父の久政だ。そのため内容はかなり捻くれている。
簡単な読み書き算術から始まり、売買に関する問い、税に関する問い、特定量の兵糧で食える兵の数、運搬に必要な人数、日数。
果てはもしこんな状況に陥ったらどう対処するかなど、問題の種類は多種多様だ。
久政曰く「この程度もわからぬなら居るだけ無駄」だそうだが、にしても性格が悪すぎないかと眉間に皺を寄せた記憶は新しい。
試しに長政も解いてみたが、結果は散々なものだった。読み書きに関しては未来の知識もあって満点そのものなのだが兵糧まわりは普段政澄に丸投げしているせいもあって全くわからない。
結果、回答を見た久政には「お主は二度と米を触るでないぞ」と呆れられるほどだった。
因みに政澄と政元の二人は共に高得点を取っていたが、嫌がらせのような意地悪問題を落として悔しそうにしていた。
そんな試験を突破できる時点で見込みあり、だ。採用を前向きに検討してみてもいいだろう。
「後はこの者らの後ろに変な影が無ければよいのだが……」
長政が呟くと、家澄は「そればかりは如何とも……」と言葉を濁した。
そう、現状唯一の懸念点はそこだ。曹操の唱えた唯才論よろしく才のみを評価基準とした結果、どこの誰かもわからぬ者まで混じってしまっている。
員昌推挙の小堀正次はまだしも、他の二名やその他の志願者もどこかの間者という可能性を拭いきれない。
とはいえ才ある彼らを切り捨てられるほど、今の浅井家に余力がないのも事実。やはり一度、背後を調べる必要があるだろう。
「八重を頼るか……」
ぼやいてみると、家澄は呆れたように口を開いた。
「何でもかんでも八重八重と、八重殿に頼るのは結構にございますが、何かしらで報いてやらねば愛想を尽かされますぞ」
思いの外、的確な指摘だ。思わず長政も言葉に詰まる。
「そうは言うがな……八重は何をすれば喜ぶのか、私には昔からさっぱりわからん」
八重は昔から、何か欲しがるわけでもなく、何かに喜ぶわけでもなく、いつもいつでもあの仏頂面だ。
昔、観音寺城の城下で買ってやった土産のお守りなど、受け取った時は眉間に皺を寄せていた。
その後そのお守りは擦り切れるまで肌身離さず持っていたようだが、嬉しかったのかそうでないのかいまいちよくわからなかった。
時折望みを聞いても、ただ仕えられればそれで良いというばかりである。
八重との不毛なやり取りを思い出して肩をすくめて見せると、家澄は驚くように目を丸くした。
「それは……まさか本気でそう仰られているわけではありますまい?」
「……? 本気だが……」
すると家澄は眉間を摘むようにして目を閉じ、厳しい顔をして言った。
「いつか八重殿に刺されても知りませんぞ」
「……そうならぬためにどう報いれば良いかを聞いているのだが……」
どうやら長政には今しばらく、八重の望むものはわかりそうになかった。




