103_永禄八年(1565年) 織田との同盟
重臣たちの考えを聞いた長政は、自室に戻って考えに耽っていた。
次の一手をどうするか。これは浅井の運命を決定付ける重要な一手になるだろう。
上洛の知らせを聞いた時、長政が最初に思ったのは何より、想定よりも早すぎるということだった。
信長の上洛成功はもっと遅くなるはずだった。にも関わらず既に上洛の話が出てきている。まさか、史実を捻じ曲げた影響がもう出ているのか。
そんな考えが一瞬過ぎって焦りを覚えたが、いや、と思い直す。信長の上洛は一度とん挫していることを思い出したからだ。
一度目の上洛は今回のように、六角、斎藤を味方につけた上で行われるはずだった。だが、三好方が先んじて第十四代将軍となる足利義栄を擁立したことで事態が一変する。
六角や斎藤は新たな将軍義栄に従い浅井や織田と対立。それどころか、信長はその道中を斎藤に襲われ大敗を喫することになるのだ。
そのため信長はこの後に斎藤を滅ぼし、美濃を手中に収め、その上で二度目の上洛戦に臨む。そしてその時こそ、六角をも滅ぼして京から三好を退けるに至るのである。
となると……今回の上洛は失敗する。
とは言え清綱や政澄の反応を見るに、この上洛要請を蹴るのは難しいだろう。未だ、長政が思っている以上に武家の足利信仰は根強い。
ならば今回の同盟は――織田との婚姻は避けられそうにない。
「さて、どうしたものかな……」
あぐらをかいていた足を崩し、右膝を立て、膝の上に肘を置く。そうして床に広げた新九郎覚書に視線を落とす。
……とりあえず、同盟を組むまでは良い。問題はその後だ。
浅井家の滅亡は、先ほど久政らが懸念していたことがそのまま起きたのが原因だ。朝倉は織田を嫌って上洛を拒絶し、足利義昭はそれを叛意有りとして信長に討伐を命じた。
しかしその後背を狙い撃つようにして浅井が謀反。そこから織田と朝倉・浅井の血みどろの戦いが始まるのである。
この未来を回避し、浅井が生き残るための道筋は大きく二つ。一つは史実通り織田と手を組み、その後の朝倉討伐を黙認もしくは協力すること。
つまり、織田を裏切らない道。
一見するとこの選択が一番無難に見えるが、その先のことまで考えると実は案外そういう訳でもない。
仮に浅井が織田の傘下に加わったとして、今まで通り長政が自由に采配を振るえるかといえばそれは絶対にあり得ない。
何せ信長も同盟相手と認めている徳川家康をして、姉川の戦いを始めとした数々の戦に連れまわされている。その様はまるで一家臣の如く、だ。
そんな中、長政だけが特別視される……なんて事はまずあり得ないだろう。
それどころか戦のために今浜や国友といった要所を織田に差し押さえられることすら考えられる。
そして最悪の場合、そうやって力を削ぎ落された上で対立、ということもあり得るのが織田信長の恐ろしいところだ。
例えば武田信玄。信長包囲網における西上作戦で信長を窮地に陥れた彼も、元は信長の同盟者だった。
しかし徳川家康と駿河を巡る領有問題で対立、信長に調停を求めるも信長はこれを静観し、それどころか武田領との緩衝地帯である岩村城の攻略に動いた。
この岩村城の城主、遠山景任は元々武田の庇護を受けて当主に就任、その後織田との間を取り持つ仲介役を務めていたのだが、この直前に死去。信長はその隙を狙った形になる。
信玄からすれば緩衝地帯への侵略に等しく、駿河の件と合わせて手酷い裏切りに感じたのだろう。その後の推移は誰もが知る様に織田との決別、そして西上作戦へと至る。
また信長の天下統一を十年遅らせたとされる石山本願寺も、当初は信長と協調する動きを見せていた。
しかし度重なる膨大な額の矢銭要求と石山本願寺の本拠地、摂津石山からの立ち退きを求められついに信長と決別。信長包囲網の一角を為すこととなったのだった。
更に四国の長曾我部などはもっと悲惨な目に遭っている。元々土佐統一後、阿波や讃岐への勢力拡張を行っていた彼らは、信長と同盟しそれらの攻略を追認されていた。
にもかかわらず阿波を本拠地とする三好がこの後に信長の元へ降り、泣きついてきた途端に方針を転換。長宗我部に対して攻略中の阿波や讃岐から直ちに退却するよう命じたのだ。
これに当主の長曾我部元親は強く反発し、当時織田と対立関係にあった毛利と手を結ぶに至るが、信長は四国征伐軍を編成し長宗我部討伐に乗り出そうとする始末だった。
その四国との交渉役を任されていたのが外ならぬ明智光秀であり、面目を丸つぶしされたことが本能寺の変の遠因になった、とも言われているのだからどこまでも救い難い話である。
また史実の浅井長政も同じように、信長に粗略に扱われたことが裏切りの原因とする説もある。
北近江を与えておけば十分だと侮られただとか、少身の者だと評されていただとか、信長に家臣のように扱われ、疲弊するまであちこち転戦させられていただとか。
或いは上洛の際発せられた書状には京極殿、同浅井備前と記載があり、京極の家臣扱いされていただとか……例を挙げれば枚挙にいとまがない。
他にも信長を裏切った松永久秀や荒木村重のような者たちに関しても、裏切りの原因が信長の配慮不足、信長への不信に起因していたりと散々だ。
信長が他に類を見ないほど裏切られているのは信長が他に類を見ないほど周りを振り回しているからであり、そんな信長について安泰かと問われると、長政にはどうしてもそうは思えなかった。
各々が裏切った事情を知っていると、むしろ最後まで付き従った徳川家康が異様なだけで、他が普通としか思えないほどだ。
そんな中、果たして長政は最後まで信長の横暴に耐えられるのか。正直、自信はない。
かと言って織田と対立したらどうなるか。それは史実が記す通りだ。
それに、仮に信長と対立後、未来の知識を用いて信長を討てたとして。その先に待っているのは長政の知識が一切通用しない、家臣や家族までもが敵になりえる真の戦国だ。
そうなればここから先、未来の知識の殆どは役に立たなくなることだろう。そんな中で長政は、果たして生き残ることができるのだろうか。
……いや、それだけならばまだ良い方だ。最悪の場合、史実のように秀吉が天下を治め、家康が幕府を開く未来すら定かでなくなる。
もしかすると日本はこれから先、一度も平穏な時を知らないまま戦乱に明け暮れ、人が飢えて死に続ける戦国の国になってしまうかもしれない。
或いはその先――江戸幕府終焉からなる明治維新の歴史も無くなり、日本は西欧列強に抗う術すら失う可能性もあり得るのだ。
その先に待つのは史実よりも暗澹たる歴史――列強による植民地支配。そんな可能性まで存在してしまう。
他ならぬ長政が、史実を捻じ曲げてしまったせいで。
「……」
一度足を組み直し、一息つく。
どちらにせよ、急がねば。先のことをいくら思い悩んだところで目前まで迫っている問題は変わらない。まずは目の前の問題をどうするか、からだ。
この一連の戦いは、織田信長が天下を手中にするための一局だ。
上洛を成し遂げた信長は天下布武を掲げ、将軍家の威をもって敵対勢力を次々に呑み込んでいく。最後にはその将軍家さえも諸共に。
そうなってからでは、今の浅井では織田を止めることは難しい。史実よりも今の浅井は強くなったとはいえ、未だ織田と雌雄を決するには力不足だ。
そのためにも若狭が、そして南近江が必要になる。
まずは交易路の確保。信長の上洛よりも先に南近江の六角を討ち、浅井の版図を拡大する。
六角との協調ではダメだ。史実のように六角が瞬殺されてしまっては元も子もない。
そもそも六角麾下にある者たちは、今更浅井の下に降るつもりもないだろう。
そんな者たちと手を組んだところで、上手くいくとは到底思えない。最悪、史実のように元六角の国衆や家臣たちが次々信長に降るだけだ。
やはり、南近江は長政が直接押さえる必要がある。
大義名分は……義昭様に仇なし、三好に与する六角を討つ、とでもすれば充分か。狙うは今回の上洛が失敗した直後、六角が三好に靡いた時だ。
そうして南近江を手にしたら、次は近江統一を目指す。
西近江衆を始めとして、敵対するであろう細々とした勢力を全て降し、本当の意味での近江制覇を成し遂げるのだ。
近江全てを浅井が抑えれば、総石高は八十万に至る。これで美濃、尾張の合計百万石に勝らずとも劣らない。
更に若狭まで押さえれば、国友や下坂衆による武具生産のための補給路の確保、そして淡海と若狭間の輸送路の確保、そこから先に繋がる日本海から各地への輸送路の確保が成し遂げられる。
蒼鷹隊や白鷹隊といった戦力まで考慮に入れれば、石高以上に織田と渡り合えるはずだ。
後は朝倉と同調し、丹波の国衆を抱き込んで、後顧の憂いを断った後に信長を決戦の地に引きずり出す。
確実に、一度で決める。少しずつ追い詰めるようなやり方では信長には勝てない。それは史実の信長包囲網が証明済みだ。
そもそも信長は命運尽きるような危機を幾度も迎えながら、それらを人並み外れた閃きと天運によって幾度も切り抜けている。
あの本能寺の変ですら、とうとう光秀は信長の遺骸を見つけられなかった。そのせいもあって、謀反後の畿内掌握に失敗しているほどである。
そんな男を相手にするなら、何度も機会を与えてはいけない。差し違える覚悟ですら生ぬるい。やるなら一度で、確実に息の根を止めなければ。
幸い、信長は自らが前線の指揮を取りたがるきらいがある。桶狭間や姉川、長篠のように、雌雄を決する戦いであれば尚のこと。
だから舞台さえ整えてやれば――近江八十万石、総計三万にも及ぶ軍勢を持って美濃に攻め込めば、信長は確実に現れる。
万と万の兵がぶつかる戦場で、長政は信長と雌雄を決するのだ。
決戦の地は無論、近江と美濃の国境。
その地の名は、関ヶ原――
「らしくないな、こんな考えは。あの信長に勝つつもりなのか、俺は」
――気付けば長政は、どうやって信長に勝つのかばかり考えてしまっていた。きっとこれは長政の悪い癖なのだろう。事実、今まではそうして勝ってきた。だからこそ今回も、或いはと考えてしまう。
だが今回ばかりは相手が悪い。相手はあの三英雄の一人にして、最も初めに覇権を握った織田信長なのだから。
「あんたもそうだったのか浅井長政。だから勝てると思った……思ってしまったのか」
当然答えはなく、ただ庭先に冬の色が濃くなりつつある小谷山が覗くのみだ。
武士とは因果なものだ。生き残るため、己が身を守るために他者を食い破らねばならないのだから。
或いは武士という身分であり続ける限り、この戦いの連鎖からは逃れられないのかもしれない。
「俺は一体、どうすれば良いのだろうな……」
信長と同調すべきか、それとも対立すべきか。その先に果たして、天下泰平は訪れるのか。
長政の望む戦乱なき世界に、浅井の居場所はあるのだろうか。
答えは未だ出そうにないが、決断までに残された時間もそう多くはなかった。




