第18話 王国最強の女騎士
敵の長剣が、私の頭上から振り下ろされた。
ルシアン殿下を庇うため、無理な体勢で飛び込んだ私には、その一撃を完全に受け止めるだけの余裕がなかった。剣を構えてはいるものの、足元が定まらず、十分に力を込めることができない。
それでも、退くわけにはいかなかった。
私の背後には、守るべき大切な方がいるのだから。
「セレナ様っ!!」
その瞬間、横から飛び込んできた人影があった。
ガキィンッ!
激しい金属音とともに、敵の長剣が横へ弾かれる。
私の目の前に立っていたのは、ノエルだった。
彼は両手で剣を握り、敵の一撃を受け止めていた。けれど、相手の力は強く、押し返された刃が肩を深く斬りつける。
「ぐっ……!」
ノエルは苦痛の声を漏らし、その場へ膝をついた。
肩から血が流れ、剣を握る手が震えている。
その光景を見た瞬間、私の胸が強く締めつけられた。
3年前の戦場。
私を守ろうとして命を落とした、17歳の従騎士。
あの日も、彼は私の前へ飛び出してきた。
「ノエルっ!」
私は思わず叫んだ。
けれど、ノエルは顔を歪めながらも、こちらへ笑みを向けた。
「……大丈夫、です。俺、まだ……生きてますから」
その声を聞いた瞬間、胸の奥に広がっていた恐怖が、少しだけ和らいだ。
ノエルは生きている。
目の前で苦しそうに息をしているけれど、確かに生きているのだ。
私はすぐに彼の肩へ手を伸ばしかけた。
しかし、そのとき、敵の指揮官が再び剣を構えた。
「……邪魔をするな!」
男が踏み込んでくる。
私はノエルの前へ立ち、振り下ろされた剣を受け止めた。
今度は、しっかりと足を踏みしめている。
私は相手の刃を横へ流し、そのまま反撃へ移った。
男は慌てて後退し、距離を取る。
私は剣を構え直し、静かに息を整えた。
「……ノエル。よく頑張ったわ。あとは、私に任せて」
ノエルは痛みに耐えながら、小さく頷いた。
その直後、ガレス殿が衛兵たちを率いて駆けつけてくる。
「セレナ殿! ノエルは我々に任せてください! あなたは殿下を!」
私は一瞬、ノエルへ視線を向けた。
彼を安全な場所へ運び、傷の手当てをしてあげたい。
けれど、今ここで私が離れれば、敵の指揮官が再び殿下を狙うだろう。
私はガレス殿を見つめ、力強く頷いた。
「……お願いします、ガレス殿!」
ガレス殿はすぐに衛兵へ指示を出し、ノエルを馬車の陰へ運ばせた。
私はその背中を見送りながら、胸の奥に静かな決意が広がるのを感じた。
かつての私は、誰かを守るためには、自分ひとりが強くならなければならないと思っていた。
けれど、今は違う。
私には、信頼できる仲間がいる。
私が守るだけではなく、私もまた、彼らに守られているのだ。
(……私は、ひとりじゃない)
私は剣の柄を握り直し、目の前の敵へ向き直った。
❀ ❀ ❀
敵の指揮官は、私を睨みつけながら剣を構えていた。
その周囲では、ガレス殿たちがほかの襲撃者を食い止めている。
矢はまだ森の奥から飛んでくるものの、衛兵たちが盾を構え、馬車へ近づけないようにしていた。
私は目の前の男へ意識を集中させた。
この男を倒せば、敵の統率は崩れるはずだ。
「……なるほど。噂以上の腕前だな、女騎士」
男は低く笑い、剣を構え直した。
「だが、お前ひとりで何ができる? こちらには、まだこれだけの人数がいるんだぞ」
私は静かに首を振った。
「……私ひとりなら、そうだったかもしれません。ですが、私には仲間がいます」
男の表情が歪んだ。
次の瞬間、男は地面を蹴り、一気に間合いを詰めてきた。
鋭い斬撃が、私の肩口を狙って振り下ろされる。
私は半歩だけ身体をずらし、剣の側面で相手の刃を受け流した。そのまま踏み込み、男の脇腹へ向けて剣を走らせる。
男は素早く後退し、辛うじて攻撃を避けた。
けれど、私は追撃の手を緩めない。
相手が体勢を立て直すより早く、足を踏み替えて距離を詰める。男が防御のために剣を上げたところへ、私は刃を低く走らせた。
男は慌てて剣を下げ、私の攻撃を受け止める。
金属音が響き、火花が散った。
「……くっ!」
男が歯を食いしばる。
私は相手の剣を押し返しながら、足運びを注意深く観察した。
この男は確かに強い。
けれど、攻撃へ移る直前、必ず右足へ体重を乗せる癖がある。
その動きさえ読めれば、次の一撃を予測することは難しくなかった。
私はわざと少しだけ間合いを空け、相手が踏み込むのを待った。
男は好機と見たのか、大きく剣を振り上げる。
私はその瞬間、身体を横へ滑らせた。
男の剣が空を切る。
私は相手の側面へ回り込み、剣の柄頭を肘へ叩き込んだ。
「ぐあっ……!」
男が苦痛の声を漏らし、剣を握る力が緩む。
私はその隙を逃さず、下から刃を跳ね上げた。
ガキィンッ!
男の長剣が宙を舞い、地面へ落ちる。
私はすぐに踏み込み、相手の喉元へ剣先を突きつけた。
「……これで終わりです。抵抗をやめなさい」
男は目を見開き、信じられないものを見るように私を見つめていた。
「……なぜだ。あれだけの人数で追い詰めたはずなのに……!」
私は静かに答えた。
「あなたたちは、私の剣だけを警戒していました。けれど、私たちの強さは、それだけではありません」
私は周囲へ視線を向けた。
ガレス殿が衛兵たちを率い、敵の攻撃を押し返している。
負傷した仲間を守りながら、互いに声をかけ合い、少しずつ戦況を立て直していた。
私は再び男へ向き直る。
「……仲間を信じ、力を合わせる。それが、私たちの強さです」
男は悔しそうに唇を噛んだ。
私は衛兵へ合図を送り、指揮官を拘束させた。
そして、再び剣を構え直した。
まだ、戦いは終わっていない。
けれど、勝機は見え始めていた。
❀ ❀ ❀
「敵の指揮官は倒れた! 今だ、押し返せ!」
ガレス殿の声が、街道に響き渡った。
その言葉を聞いた衛兵たちが、一斉に反撃へ転じる。
私は馬車の前方へ向かい、敵の進路を塞ぐように立った。
指揮官を失った襲撃者たちは、明らかに動揺していた。
これまでのような連携が取れず、互いに顔を見合わせながら後退し始めている。
私はその隙を逃さず、近づいてきた敵へ踏み込んだ。
相手の剣を受け流し、手首を斬りつける。続けて別の男が振るった刃をかわし、その足元を払って地面へ倒した。
衛兵たちも次々と敵を制圧し、馬車の周囲から押し返していく。
やがて、森の奥から撤退を知らせる声が響いた。
残っていた襲撃者たちは、次々と木々の間へ逃げ込んでいった。
私は追撃しようとする衛兵たちへ、すぐに声をかけた。
「深追いしてはいけません! 負傷者の救護と、殿下の安全確保を優先してください!」
衛兵たちは頷き、馬車の周囲へ戻ってくる。
私は剣を下ろし、ようやく大きく息を吐いた。
長い戦いだった。
けれど、私たちは勝ったのだ。
私はすぐにガレス殿へ駆け寄り、状況を確認した。
「ガレス殿、負傷者の数は?」
「現在、確認中です。ですが、幸い命を落とした者はいないようです。ノエルも手当てを受けています」
その言葉に、私は胸を撫で下ろした。
誰も失わずに済んだ。
その事実が、何より嬉しかった。
私はガレス殿へ感謝を伝え、捕らえた男たちの確認を始めた。
すると、指揮官の持ち物から、いくつかの書類が見つかった。
その中には、穀物の輸送に関わる商会の名前が記された紙片もあった。
私はそれを見た瞬間、思わず息を呑んだ。
その商会の名前には、見覚えがあったのだ。
ルシアン殿下が調べていらっしゃった、不正な穀物輸送に関係する商会だった。
「……やはり、今回の襲撃も……」
私は紙片を握りしめ、静かに眉を寄せた。
まだ、誰が命じたのかはわからない。
けれど、離宮への襲撃と今回の待ち伏せが、殿下の調査と無関係だとは思えなかった。
私は証拠を丁寧に保管し、殿下へ報告することにした。
❀ ❀ ❀
戦闘が終わったことを確認した私は、馬車へ戻った。
扉を開くと、ルシアン殿下が静かに顔を上げられた。
「……セレナ殿。ご無事ですか?」
殿下の声には、わずかな緊張が残っていた。
私はできるだけ穏やかに答えた。
「はい、殿下。敵は撃退いたしました。殿下もお怪我がなくて、本当によかったです」
殿下は安堵したように息を吐かれた。
そして、ゆっくりと手を伸ばされる。
私はその手を取り、そっと握り返した。
「……あなたが無事で、よかった」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
殿下は、ご自分の命を狙われたばかりだというのに、私の無事を喜んでくださっている。
私はその優しさに、思わず目頭が熱くなるのを感じた。
「……ありがとうございます、殿下。私も、殿下をお守りできて、本当によかったです」
殿下は穏やかに微笑まれた。
私はその手の温もりを感じながら、静かに息を整えた。
この方のそばにいられることが、こんなにも嬉しい。
そして、この方を守れたことが、こんなにも誇らしい。
私は改めて、自分の気持ちを確かめていた。
❀ ❀ ❀
その後、私はノエルのもとへ向かった。
彼は馬車の陰で手当てを受け、肩に包帯を巻かれていた。
顔色は少し悪いものの、意識ははっきりしている。
私が近づくと、ノエルは嬉しそうに顔を上げた。
「……セレナ様! ご無事だったんですね!」
私は彼のそばへ膝をつき、静かに頷いた。
「ええ。あなたのおかげよ。ノエル、本当にありがとう」
ノエルは少し照れくさそうに笑った。
そして、遠慮がちに尋ねてきた。
「……セレナ様。俺、ちゃんと役に立てましたか?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が強く締めつけられた。
3年前、私を守って命を落とした従騎士。
彼もまた、最期に似たようなことを尋ねていた。
けれど、今は違う。
目の前のノエルは、生きている。
こうして私の言葉を聞き、笑ってくれるのだ。
私はそっと彼の手を握り、微笑んだ。
「ええ。あなたが助けてくれたおかげで、私は今ここにいるわ。本当にありがとう。あなたは、立派な騎士よ」
ノエルは目を見開き、しばらく言葉を失っていた。
やがて、嬉しそうに笑った。
「……ありがとうございます、セレナ様!」
私はその笑顔を見ながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。
かつての私は、誰かに守られることを恐れていた。
自分のせいで、また誰かが傷つくのではないかと思っていたから。
けれど、今は違う。
誰かを守ることも、誰かに守られることも、同じくらい大切なのだと理解できる。
私はノエルの手をそっと離し、優しく言った。
「ただし、次からは無茶をしすぎないこと。あなたが傷つけば、私も心配するのだから」
「……はい! 気をつけます!」
ノエルは元気よく返事をした。
私は思わず笑みをこぼし、彼の肩へそっと手を置いた。
❀ ❀ ❀
その後、私たちは王宮への移動を再開することになった。
馬車は襲撃によって大きく損傷していたため、近くの村で代わりの馬車を手配する。負傷者たちは村で手当てを受け、動ける者だけが護衛に加わった。
ノエルも同行を希望したが、肩の傷が深かったため、私は村で休むよう命じた。
彼は少し残念そうにしていたけれど、最後には素直に頷いてくれた。
私は彼へ必ず戻ると約束し、再び殿下の馬車へ乗り込んだ。
やがて、馬車は王都へ向かって走り始める。
森を抜け、広い街道へ出ると、遠くに王宮の尖塔が見えてきた。
私は窓の外を眺めながら、静かに息を整えた。
ここまで来た。
あとは、殿下の想いを国王陛下へ届けるだけだ。
私は隣に座るルシアン殿下へ視線を向けた。
殿下は穏やかな表情で、馬車の揺れに身を任せていらっしゃる。
私はその姿を見ながら、胸の奥に静かな決意が広がるのを感じた。
(……ここまで来た。あとは、殿下の想いを陛下へ届けるだけ)
やがて、馬車は王宮の城門へ近づいていった。
けれど、そこで私は、いつもとは違う光景に気づいた。
城門の前には、通常よりも多くの衛兵たちが配置されている。
しかも、その中心には、王宮の正式な礼装を身にまとった人物が立っていた。
私は警戒しながら、馬車の窓からその様子を確認する。
すると、その人物が一歩前へ進み、深く頭を下げた。
「第三王子殿下。陛下より、お迎えに上がりました」
私は思わず息を呑んだ。
国王陛下が、私たちの到着を知っていた。
それが何を意味するのか、今の私にはまだわからなかった。




