第11話 恋を知らない女騎士
ルシアン殿下に過去を打ち明けた翌朝、私は少しだけ不思議な気持ちで目を覚ました。
3年前の戦場で起きたことを、誰かにあれほど詳しく話したのは初めてだった。少年を失った悲しみも、自分を責め続けてきたことも、すべて殿下に聞いていただいた。
もちろん、長年抱えてきた後悔が一晩で消えるわけではない。けれど、胸の奥に積もっていた重たいものが、ほんの少し軽くなったような気がしていた。
私は寝台から起き上がり、いつものように騎士服へ袖を通す。鏡の前で長い深紅の髪を結び、腰へ剣を下げようとしたところで、ふと手が止まった。
剣の柄には、殿下からいただいたリボンが結ばれている。
その深紅の布地を指先でなぞった瞬間、昨日の出来事が鮮明に蘇った。
殿下の胸元へ顔を寄せ、子どものように泣いてしまったこと。優しい腕に包まれ、背中を撫でていただいたこと。そして、すぐ近くで聞こえた穏やかな声。
(……っ!)
私は思わず両手で頬を押さえた。
なぜだろう。昨日は悲しみでいっぱいだったのに、今になって思い出すと、妙に胸が落ち着かない。殿下の温かな腕の感触が蘇るたび、心臓がいつもより速く動いてしまう。
私は慌てて首を振り、剣を腰へ下げた。
(……あれは、私を慰めるためにしてくださったことなのよ)
殿下はお優しい方だ。きっと、誰かが悲しんでいれば、同じように手を差し伸べてくださるだろう。
それなのに、どうして私はこんなにも意識してしまうのかしら。
自分でもよくわからない感情を抱えたまま、私は護衛の仕事へ向かった。
❀ ❀ ❀
「おはようございます、セレナ殿。昨夜はよく眠れましたか?」
執務室へ入ると、ルシアン殿下がいつもの穏やかな声で迎えてくださった。
窓から差し込む朝日が銀色の髪を柔らかく照らしている。殿下は机の前に座り、書類を読み上げる侍従の声に耳を傾けていらっしゃった。
私はいつもどおり挨拶を返そうとした。けれど、殿下の微笑みを見た瞬間、昨日の抱擁を思い出してしまった。
「は、はい! おかげさまで、よく眠れました!」
思っていたよりも大きな声が出てしまい、私は自分で驚いた。
侍従がわずかに顔を上げ、殿下も少し不思議そうに首を傾げられる。
「ふふ。それはよかったです。昨日はお疲れだったでしょうから、少し心配していたんですよ」
「ご、ご心配をおかけして申し訳ございません! 体調には何の問題もございませんので、本日も通常どおり護衛を務めさせていただきます!」
私は背筋を伸ばし、必要以上にきびきびと答えた。
殿下は少しだけ笑い声を漏らされた。
「ええ。頼りにしています。ですが、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
その言葉に、私はますます顔が熱くなった。
殿下は目が見えないのだから、私の顔が赤くなっていることには気づかれないはずだ。そう思うと少しだけ安心したけれど、声の調子まで隠せている自信はなかった。
私は何とか平静を装い、いつもの護衛位置へ移動した。
(……おかしいわ。敵を100人相手にしたって、こんなに緊張しないのに)
私は剣の柄へそっと手を添えた。
戦場ではどれほど危険な状況でも、呼吸を整え、冷静に判断することができた。けれど、今は殿下が微笑まれただけで、心臓が落ち着かなくなってしまう。
こんな経験は、これまで一度もなかった。
❀ ❀ ❀
午前中の護衛を終えたあと、私は訓練場へ向かった。
今日はガレスとノエルを相手に、剣術の訓練を行う予定になっている。身体を動かせば、少しは気持ちも落ち着くだろう。
訓練場では、すでに数人の衛兵たちが木剣を手に打ち合っていた。私の姿に気づいたノエルが、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「セレナ様! お待ちしておりました! 今日はぜひ、前回よりも長く打ち合えるよう頑張ります!」
「ええ。楽しみにしているわ。ただし、力任せに振るだけでは駄目よ。相手の動きをよく見て、次の一手を考えること」
「はい! よろしくお願いします!」
ノエルは元気よく返事をし、木剣を構えた。
私は軽く息を整え、彼の動きを観察する。ノエルは以前よりも足運びが安定しており、無駄な力も少しずつ抜けてきていた。
彼が踏み込んでくるのに合わせ、私は木剣を受け流す。そのまま身体を半歩ずらし、空いた脇腹へ軽く剣先を当てた。
「一本。今の踏み込みは悪くなかったけれど、攻撃のあとに身体が開いていたわ」
「くっ……! また一瞬でしたか! でも、前より動きが見えた気がします!」
ノエルは悔しそうに笑いながら、もう一度構え直した。
その後も何度か打ち合いを重ね、私は彼の癖や改善点をひとつずつ伝えていく。剣を握っている間は、余計なことを考えずに済んだ。
続いてガレスとも手合わせを行い、互いの動きを確かめながら数合打ち合った。さすがに経験豊富な彼は簡単には隙を見せなかったけれど、最後は私が一歩踏み込み、木剣を弾いて勝負を決めた。
「参りました。やはりセレナ殿の剣は見事ですな。こちらも随分と勉強になります」
「いえ。ガレス殿の守りも堅く、よい訓練になりました」
私は木剣を下ろし、軽く息を吐いた。
やはり剣術はいい。身体を動かしていると、自然と心が落ち着いてくる。
そう思いながら水を飲んでいると、ノエルが何気ない調子で話しかけてきた。
「そういえば、セレナ様。昨日は殿下とずいぶん長くお話しされていましたね!」
「……っ!」
私は危うく水を噴き出しそうになった。
慌てて口元を押さえ、何とか飲み込む。突然の反応に、ノエルは目を丸くした。
「だ、大丈夫ですか!? 変なことを聞いてしまいましたか?」
「い、いえ! 何でもないわ! 少し喉に引っかかっただけだから、気にしないで!」
私は慌てて答えた。けれど、昨日のことを思い出したせいで、顔が熱くなっているのが自分でもわかった。
ノエルはそんな私の様子に気づかないまま、楽しそうに話を続ける。
「殿下も最近、セレナ様とお話ししているときはすごく楽しそうですよね! 前よりも庭園へ出られることが増えましたし、リュミエールに乗ったときのことも、嬉しそうに話してくださったんですよ!」
その言葉に、私の胸が小さく跳ねた。
殿下が、私と過ごした時間を楽しんでくださっている。
それは護衛として、とても喜ばしいことのはずだ。けれど、なぜかそれ以上の嬉しさが込み上げてきて、私は思わず口元を緩めてしまった。
「……そう。殿下が楽しんでくださっているのなら、何よりだわ」
私はできるだけ落ち着いた声で答えた。
けれど、隣にいたガレスが少しだけ目を細めたのを、私は見逃さなかった。
「……セレナ殿。今日は随分と表情が豊かですな」
「そ、そうでしょうか? いつもと変わらないつもりなのですが……」
「はは。悪いことではありませんよ。むしろ、離宮に来られたころより、ずっと柔らかい表情をされるようになりました」
私は何も言い返せなかった。
ガレスはそれ以上追及することなく、次の訓練の準備へ戻っていく。ノエルも元気よく木剣を振り始めた。
私はひとり、少し熱くなった頬を手で押さえた。
(……どうして私は、こんなことで動揺しているのかしら)
剣を握れば、どんな相手にも冷静に対処できる。
それなのに、殿下の話題になるだけで、まるで新人騎士のように落ち着かなくなってしまうのだった。
❀ ❀ ❀
午後、私は自室で少し休憩していた。
訓練を終えたあと、剣の手入れをしようと思っていたのだけれど、気づけば柄に結ばれたリボンを眺めていた。
深紅の布地に銀糸で描かれた月鈴草。その小さな花を見るたび、殿下が私のために選んでくださったことを思い出す。
私は自然と微笑み、指先で刺繍をなぞった。
「……セレナ様?」
突然声をかけられ、私はびくりと肩を揺らした。
振り返ると、洗濯物を届けに来たリネットが、扉の近くで不思議そうにこちらを見ていた。
「リ、リネット! いつからそこに?」
「今来たところですけど……。セレナ様、何だかとっても幸せそうなお顔をしていらっしゃいましたよ?」
リネットは楽しそうに微笑みながら、洗濯物を机の上へ置いた。
私は慌てて剣を元の場所へ戻し、何でもないと答える。けれど、リネットはそんな私をじっと見つめ、何かに気づいたように目を輝かせた。
「……もしかして、セレナ様。好きな方でもできました?」
「す、好きな方!?」
私は思わず立ち上がった。
あまりに突然の質問で、頭が真っ白になる。リネットは私の反応を見て、ますます嬉しそうに笑った。
「やっぱり! 最近のセレナ様、前よりずっと楽しそうですもの! 誰かのことを考えているときって、自然と顔に出ちゃうんですよね!」
「ち、違うわ! 私は別に、そういうつもりでは……!」
私は慌てて否定した。
けれど、リネットは首を傾げながら、少しだけ声を落として尋ねてくる。
「では、誰かと会うのが楽しみになったり、その方に優しくされると胸がどきどきしたりすることはありませんか?」
私は言葉に詰まった。
殿下とお会いするのは、毎日の楽しみになっている。優しく声をかけられるだけで胸が高鳴るし、昨日抱きしめていただいたことを思い出すと、今でも顔が熱くなってしまう。
思い当たることが多すぎて、私は何も答えられなかった。
「……それから、その方が自分のことをどう思っているのか、気になったりしませんか?」
「……それは……」
私は思わず視線を落とした。
殿下は私を大切だとおっしゃってくださった。けれど、それは護衛として信頼してくださっているからなのだろうか。それとも、少しは違う意味があるのだろうか。
そんなことを考えてしまう自分に、私はますます戸惑った。
「……リネット。それは、尊敬や感謝とは違うものなの?」
私が尋ねると、リネットは少し驚いたあと、優しく微笑んだ。
「尊敬も感謝もあると思いますよ。でも、それだけじゃ説明できない気持ちがあるなら、きっと恋なんじゃないでしょうか」
私はその言葉を、心の中で何度も繰り返した。
恋。
これまで私には、ほとんど縁のなかった言葉だ。
幼いころから剣を握り、騎士になることだけを目指してきた。貴族の令嬢として舞踏会へ出席することもあったけれど、誰かに特別な感情を抱いたことは一度もなかった。
そんな私が、今さら恋をしているというのだろうか。
「……私には、よくわからないわ」
「ふふ。最初は誰でもそうですよ。でも、無理に答えを出さなくても大丈夫です。ご自分の気持ちを、ゆっくり確かめてみてください」
リネットはそう言って、優しく微笑んだ。
私は小さく頷きながらも、胸の奥が落ち着かないままだった。
❀ ❀ ❀
リネットが部屋を出ていったあとも、私はしばらく考え込んでいた。
恋という感情が、どんなものなのか。書物で読んだことはあるし、貴族の令嬢たちが恋愛の話をしているのを聞いたこともある。
けれど、それが自分のことになると、途端にわからなくなってしまう。
そんなとき、廊下でマーサと顔を合わせた。彼女は私の様子を見て、少し心配そうに声をかけてくれた。
「セレナ様。何かお悩みでしょうか? よろしければ、お茶でもいかがですか?」
私は少し迷った末、その誘いを受けることにした。
マーサは小さな談話室へ案内してくれ、温かな紅茶を淹れてくれた。窓辺には季節の花が飾られ、穏やかな午後の日差しが差し込んでいる。
私は紅茶をひと口飲み、しばらく考えてから口を開いた。
「……マーサ。少し、相談してもよろしいかしら?」
「もちろんでございます。私でよろしければ、何でもお話しください」
私はカップを両手で包み込み、ゆっくりと言葉を選んだ。
「……ある方と一緒にいると、以前よりずっと心が落ち着くのです。けれど、その方に優しくされると、なぜか落ち着かなくもなってしまって……」
マーサは静かに耳を傾けてくれた。
私は少し恥ずかしくなりながらも、続きを話す。
「その方とお会いできるのが楽しみで、笑ってくださると嬉しくて……。けれど、どうしてそんな気持ちになるのか、自分でもよくわからないのです」
マーサはしばらく私を見つめたあと、穏やかに微笑んだ。
「それは、その方がセレナ様にとって、特別な存在になったということではありませんか?」
私は思わず顔を上げた。
特別な存在。
その言葉は、胸の奥にすとんと落ちてくるようだった。
けれど、同時に不安も湧き上がってくる。
「……ですが、私は騎士です。誰かを守ることが仕事で、その方に何かを望むなど……。それに、立場の違いもあります」
私は言葉を濁した。
相手が誰なのか、マーサにはきっとわかっているのだろう。それでも、彼女はあえて名前を出さず、優しく話を続けてくれた。
「騎士であることと、ひとりの女性として誰かを好きになることは、決して矛盾しませんよ」
私は驚いてマーサを見つめた。
彼女は穏やかな表情のまま、静かに続ける。
「セレナ様は、これまでずっと誰かのために頑張ってこられたのでしょう。ですが、ご自分の幸せを願うことまで、諦める必要はないのです」
その言葉に、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
私はずっと、騎士として生きることだけを考えてきた。誰かを守るために剣を握り、自分の気持ちは後回しにしてきた。
けれど、マーサはそんな私にも、幸せを願う権利があると言ってくれたのだ。
「……ありがとうございます、マーサ。少しだけ、気持ちが整理できたような気がします」
「それはよかったです。どうか、焦らずにご自分の心と向き合ってくださいね」
マーサはそう言って、優しく微笑んだ。
私は小さく頷き、温かな紅茶をもうひと口飲んだ。
❀ ❀ ❀
夕方、私はルシアン殿下と庭園を散歩していた。
秋の空は夕焼けに染まり、花壇に咲く月鈴草が柔らかな光を浴びている。殿下は私の腕に軽く手を添え、白い杖で足元を確かめながら歩いていらっしゃった。
私はいつもどおり道の様子を伝えながら、殿下の歩調に合わせて足を進める。
けれど、今日はどうしても昼間の会話が頭から離れなかった。
リネットが教えてくれた恋の特徴。マーサが話してくれた、特別な存在という言葉。
そのどちらも、今の私に当てはまっているような気がする。
「セレナ殿。昨日は、あなたのお話を聞かせてくださってありがとうございました」
殿下が静かにおっしゃった。
私は少し驚きながら、隣へ顔を向ける。
「……こちらこそ、聞いていただき、ありがとうございました。殿下のおかげで、少しだけ気持ちが軽くなりました」
「それなら、よかったです。今日のあなたの声は、昨日よりも少し明るく聞こえますから」
殿下は嬉しそうに微笑まれた。
その表情を見た瞬間、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
殿下が私の変化を喜んでくださっている。それだけのことが、どうしてこんなにも嬉しいのだろう。
私は少し照れくさくなりながら、静かに答えた。
「……殿下には、いつも助けていただいてばかりですね。本来は私が、お守りする立場ですのに」
「ふふ。お互いに助け合うのも、悪くないと思いますよ。私は、あなたとこうして過ごす時間が好きですから」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。
私は思わず足を止めそうになり、慌てて歩調を整えた。
殿下は何気ない調子でおっしゃったのだろう。けれど、私にはその言葉が、これまで聞いたどんな褒め言葉よりも特別に感じられた。
私はそっと殿下の横顔を見つめた。
夕日に照らされた銀色の髪。穏やかな微笑み。柔らかな声。そして、私の腕に添えられた温かな手。
そのすべてが、今の私には大切なものに思えた。
(……もっと、この方と一緒にいたい)
そんな願いが、自然と胸の奥に浮かんだ。
殿下の声を聞きたい。笑っているところを見たい。今日あった出来事を話し、明日もまた一緒に過ごしたい。
そして、できることなら、これからもずっとそばにいたい。
私はその気持ちに気づいた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
けれど、同時に顔が熱くなり、思わず視線を逸らしてしまった。
「……セレナ殿? どうかなさいましたか?」
「い、いえ! 何でもございません! 少し、夕日が綺麗だと思いまして……!」
私は慌てて答えた。
殿下は少しだけ首を傾げられたあと、穏やかに微笑まれた。
「そうですか。では、よろしければ、その景色を教えていただけますか?」
その言葉に、私は小さく頷いた。
夕焼けに染まる庭園の様子を、できるだけ丁寧に伝える。殿下は楽しそうに耳を傾け、時折質問をしてくださった。
私はその横顔を見つめながら、胸の奥に芽生えた感情を、少しずつ確かめていた。
❀ ❀ ❀
夜、自室へ戻った私は、机の前に座って剣の手入れをしていた。
いつもなら何も考えずにできる作業なのに、今日はどうしても手が止まってしまう。気づけば、殿下のことばかり思い出していた。
朝、優しく声をかけてくださったこと。
昨日の私の話を、最後まで聞いてくださったこと。
そして、夕暮れの庭園で、私と過ごす時間が好きだとおっしゃってくださったこと。
思い出すたびに胸が高鳴り、自然と頬が緩んでしまう。
私は剣を机の上へ置き、そっと胸元へ手を当てた。
(……私、殿下のことが好きなんだわ)
その瞬間、顔が一気に熱くなった。
私は思わず両手で頬を覆い、しばらく動けなくなってしまった。
好き。
たったそれだけの言葉なのに、口に出すことさえ恥ずかしい。
けれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ、自分の中にあった曖昧な感情に、ようやく名前がついたような気がした。
私はこれまで、誰かをこんなふうに思ったことがなかった。
剣を握ることに夢中で、恋愛など自分には関係のないものだと思っていた。けれど、殿下と出会い、一緒に過ごすうちに、少しずつ気持ちが変わっていたのだ。
殿下の優しさに触れるたび、もっと知りたいと思った。
殿下が笑ってくださると嬉しくて、悲しそうにされていると胸が痛んだ。
そして今は、ただそばにいるだけで幸せだと思える。
それが恋なのだと、ようやく理解できた。
(……でも、この気持ちをお伝えすることなんて、できないわよね)
私は小さく息を吐いた。
殿下は王族で、私はその護衛を務める女騎士だ。身分も立場も違うし、何より私は、顔に大きな傷を負っている。
殿下は傷があることを気にしないとおっしゃってくださった。けれど、それは私を大切な護衛として信頼してくださっているからなのだろう。
私が恋心を抱いていると知れば、殿下を困らせてしまうかもしれない。
そう思うと、胸の奥が少しだけ苦しくなった。
けれど、もう自分の気持ちを否定することはできなかった。
私は机の上に置いた剣を手に取り、柄に結ばれた深紅のリボンへそっと触れた。
銀糸で刺繍された月鈴草が、灯りを受けて小さく輝いている。
殿下が私のために選んでくださった、大切な贈り物。
そのリボンを見つめていると、自然と微笑みがこぼれた。
(……この気持ちは、今はまだ私だけの秘密にしておこう)
私はそう心の中で決め、剣をいつもの場所へ置いた。
窓の外には、静かな夜空が広がっている。月明かりが部屋へ差し込み、机の上を柔らかく照らしていた。
私はその光を眺めながら、そっと胸元へ手を当てた。
剣を握ることしか知らなかった私が、初めて恋をした。
その相手が、誰




