3.冒険の下準備
過去を語り合い、一部の共通点とガーベラの意志によって旅を共にすることを決めた二人は、同じ部屋で一夜を共にした。
翌日、起きて身支度を済ませてから朝食を取って部屋に戻ると、割とすぐに昨日の話の続きが行われていた。
「なあウエダ、これから旅するのにプロフィールは変えないのか?」
「変えるって、何も変えることないんじゃないのか?」
「いやいや、僕の”ガーベラ”って名前は偽名で、知り合いにバレないようにするためのものなんだよ、君も万一の為に名乗る名前を決めたほうがいいと思って」
彼の”あの世界”の情報が仮にも公に知られれば変な注目を集める可能性だってある。名前から普通と変わっているこの男ならなおさら危険だ。
「そっか…でも急に変えろなんて言われても、何の名前がいいか分からねぇよ」
「だったら僕と同じように、花の名前を借りたら?」
「そういやお前の偽名の由来って聞いてなかったっけ、なんで”ガーベラ”なんだ?」
「花言葉から選んだんだ。僕は”希望”という言葉が好きでね、昔よく行ってた図書館にあった花図鑑を見たことがあって、そこで見つけたガーベラの花言葉が”希望”だってわかった瞬間、『これだ!』って思った。ちなみに白がお気に入り」
「それでその名前になったのか、でも俺…花のことなんてさっぱりだからなぁ」
「好きな花か言葉はないの?」
すると上田は首を傾げて考え始めた。こんなに自分の好きな言葉に迷うことってあるのだろうか?いや、僕が一般的視点からズレているだけなのか?
「...今思いついたのは、”自由”って言葉かな」
「”自由”か、いい響きだ。それなら”アスチルベ”って花がある」
「へぇー、物知りだな。じゃあおすすめ通りにその名前にしよ!」
上田はプロフィールをスムーズではないが自分の力で開くと、名前の変更をし始めた。本当は名前を変えるなんてめったなことがない限り行われない。加えて苗字と呼ばれるものは高貴なる貴族様にしか与えられないようなものだ。
「ちょっとアレンジして”アスチル”にしよ。じゃ改めてよろしくな、ガーベラ。」
「ああ。それにしてもウエ...じゃなくてアスチル、君って”あの世界”では貴族だったのか?苗字なんて”この世界”では貴族以外にめったに聞かない」
「んなわけあるか、だったら一般の会社になんて入ってねぇよ!貴族じゃなくても俺のいた世界では全員が苗字を持ってるぜ、理由は詳しく知らないけど、それが普通だったし。少なくとも俺の世界はお前が想像する以上かもな」
「本当か...」
「ああ、”この世界”とはだいぶ世界観が違う。きっとその地に立ってみると腰抜かしちゃうかもな、お前」
「なあ、敬語はいいって言ったけど”お前”って二人の時は使うのか?」
「...いや、許してくれよそこは」
名前を改めたアスチルと朝8時半、宿を後にした。本来なら今日もひとりで町や村を転々と歩くだけの予定だったが、アスチルの装備品を整えるため、昨日寄った「ツール・ロウ」のある城下町に戻ることにした。ちなみにその城とここら周辺は「ニサーカ」と呼ばれる国で、昨晩あったという食事会は見なかったものの、国王がとても社交的であることで有名な国だ。他国との外交政策を重視し、自国の発展が見込めるものであれば、国を選ばず積極的に行っているらしい。国王と王妃の子である王子と王女は、10才に8才と世間に顔を出すにはやや幼いようだが、初等過程を最優秀クラスで勉強中だと言うニュースはよく耳にする。
「なるほど、なんだかんだで国王一家は民から慕われるわけだ...下崎もそんなだったらよかったのにな~」
「昨日からずっとだけど、シタザキって人間かなり憎んでるんだな」
「ん~...ま、俺は解放されたからもう気にすることないけどな!」
「幸いなことに、僕たちの職業レベルはお互いに30ちょい。旅して生きていくには最低限のステータスがある。お金を稼ぐ能力を身に着ければあとは完璧だ」
「お金で思い出したけど、お前旅しながらどうやってお金稼いでるんだ?」
「時々歩いてると情報屋に会って依頼されるんだ。村にモンスターなり賊なりが現れたから退治してほしいって。それ以外にも、村の人の仕事を手伝ってお小遣いをもらう時があるね」
「...マジかよ。そのお前が稼いで買ったマント、本当に俺が使ってよかったのか?」
「いいよ、新品とはいえ予備用に買ったやつだから、毎日確実に誰かに使ってもらった方がマントも嬉しいだろうし」
旅人の生き方はこれから順に教えていくとして、問題はアスチルの世界だ。今はただガーベラと旅する冒険者になっているけど、”あの世界”にもし帰れるとなったら、彼はどうするだろう。やっぱり自分の世界の方が安心できるだろうか?しかも僕の旅の目的は「世の支配者になろうとする者の真相を確かめる」と危険なことだ。戦いだってすることになるに違いない。魔法が使えるとはいえ、命のやり取りをする覚悟が今の彼にあるとは正直思えない。
〈ニサーカ城下町、「ツール・ロウ」前〉
「あれ、お兄ちゃん...もしかしてガーベラ君か?また来てくれたのか!今度はお友達なんか連れて来ちゃって、嬉しいじゃないか!」
「ああ、彼は成り行きで僕と旅することになった人。今日は彼の装備品を整えるために来たんだ」
「えっと...俺、アスチルって名乗ってる冒険者です!」
「おう、よろしくな、ゆっくり見てってくれ!」
そうしてアスチルの基本服装、魔導書とそのケースを順番に回って購入した。自分が好きでやっていたことだから変かもしれないが、孤独から解放された嬉しさからなのか、無意識に商品のナイフを一本手に持っていた。
「へぇ~、地魔法って結構希少なんだな、魔導書の種類が他の魔法より少なめだ」
「兄ちゃん、地魔法なんて使うのか?」
「ああ、訳あって魔法を使うこと自体は少なかったんだが、才能ってやつかな?」
これでもアスチルは自称転生者だ。”この世界”の人々に変な奴だと怪しまれない会話をするように強く言ってある。それでなくても、魔法ステータスの一部が視覚的にとんでもないことになっている事実には変わりないから、別の意味で人の注目を浴びてしまう可能性が高い。
「で、結局どの魔導書買うか決めたか?」
僕が近くにいって声をかけると彼も僕に近づき、1メートルでも離れていれば聞こえないくらいの小声で話しかけてきた。
「なあ、俺に魔導書の目利きなんてできねえよ!どの魔導書がいいと思う?」
同じく小声で返した。
「まず剣使いの僕にそれ聞くの間違ってるよ?...でも自分の到達レベルを参照にするといいってのは武器も魔法も同じみたいだね」
「どういうことだよ?」
「例えば...僕が買おうとしてるこのナイフ、商品タグを見ると『暗器・推奨レベル3』って書いてあるでしょ?今の僕の暗器レベルは3、購入すればすぐにでも使うことができる。まあ、自分の成長を見込んで数レベル上のものを買う人もいるみたいだけど、まずは自分のレベルに合ったものを探すといい」
「でも俺、レベル8の地魔法なんていきなり使えるかなぁ?」
「なら、最初はレベル4くらいのものでいいんじゃないか?」
すると、道具屋のお父さんが驚いた声で叫び出した。
「おっ、お兄さん...地魔法レベル8の到達者だったのか!なんてことだ、こんな貴重な魔法使いと出会うなんて、めったにない!待っててくれ、とっておきの魔導書を引っ張り出してくるから!」
「「え?」」
「「...あっ!」」
二人でしばらく困惑していたが、気づかぬうちに、会話の声が通常ボリュームに戻っていたことが判明した。
「ごめん、全然注意してなかった...」
「いやぁ、バレちまったもんはしょうがねぇんだ!」
(あぁ恥ずかしい!)
(あ~恥ずかしっ!)
いろいろ話し合った結果、一般的に使われている地魔法”レベル2・グラウンド”と”レベル4・クエイク”の二冊を買うことにし、僕も無意識に手に取っていた”レベル3・スロウナイフ”一本を買った。
「ありがとな!」
「ええ、また何かあったら」
ツール・ロウを出た後、昨日軽くしか見ていなかった中央広場をはじめとする城下町をもう一度歩くことにした。アスチルにとっては旅の始まりゆえに、目に映るもののすべてが新鮮に感じられるだろう。
「すっげー!こんな大きい町広場は初めてだ!」
「ああ、昨日も見たはずなんだけど、じっくり見るとやっぱり広いし大きいな...!」
「なあガーベラ、町が大きいのはわかったけど、この城下町には他にどんな店があるか知ってるか?」
「まあ、さっきみたいに道具屋もあって、飲食店もあって、観光に来た人のための雑貨店もここには揃っているらしい。町としてもかなり規模が大きい方だね」
『そこのお二人さん、俺の店のクッキー試食してみない?』
声がかかった方を向くと、焼き菓子を作っていると思われる「ベイクドスウィーツ・シュン」という店の前で食品を載せている板を持った、結構年をとっていそうな男性が立っていた。
「もしかしてこのクッキー、おじさんが作ったのか?」
「いや、これは妻が焼いたものだよ。ここは俺たち夫婦と数人のメンバーで経営してる焼き菓子店でな、接客と調理を二人で交代してやってるから、しばらくしたら俺も店の中に入ってクッキーを焼くんだ」
「じゃあ、せっかくなのでいただきます」
お父さんが持っていたのは、彼の妻の焼いたプレーンなクッキーだった。触った瞬間に焼きたての高温度が伝わってくると同時に、お菓子特有の甘い匂いが漂ってきて脳が一瞬仕事をやめる。クッキーの半分程度を口に入れて歯を当てると「サクッ」っと舌に本体と甘みが転がりながら音が鳴ったのが理解できた、それでいてより内側はしっとりしながらまとまっていて、噛む動作を挟むがために焼き菓子を食べている実感を与えてくれる。丁度いい大きさにしてから喉に通して終わりかと思いきや、今度は嗅覚を担う部分から外から嗅いだ匂いよりもっとはっきりしたイメージが出たと、脳に提示する。リンゴのようなフルーツの香りだ...
「「美味しい!」」
お父さんの口角が上がったのがよくわかった。
「そうだろう、そう言ってくれて嬉しいよ!気に入ってくれたなら、ぜひお店ものぞいてみてくれ。さて皆さん、こちらのお店の焼き菓子はいかがでしょうか?気になった方は、まずは一枚お試しください!」
「入ってみようぜ、俺この味大好きなやつだ」
「わかった、僕も入る」
お店に入ると、これまた綺麗に装飾が施された店内だった。さっきのクッキーはもちろん、マドレーヌやカステラまでこのお店で作られているらしい。一言で言えば、品揃えが豊富な店だ。なんなら昨日の喫茶店もコーヒーから様々なお茶、ウイスキーと飲み物の宝庫のようだったし、ツール・ロウといいこの町の店はやたらと客を誘惑するのが上手い。
「そうだな...とりあえずさっきのクッキーは箱確定で、マドレーヌも食いたいな」
「どれも食べたい気持ちはわかるけど、金欠にはならないでね?」
「はいはい、わかってますよ~」
突然、外がにぎやかになりだした。
『なんだお前たちは、やめないか!』
「ん?」
「なんだ?!」
悪い意味で、ね。入口前まで来てみると、お父さんを囲むようにして若い男女数名が怪しい笑みを浮かべて立っていた。
「おいおい、試食なんだからいくら食ってもいいんだろ?俺たちが全部店のために食ってやるって言ってんだよ、つべこべ言わずによこせよおっさん!」
「この試食はただの無料提供じゃない!他のお客様の迷惑だ、帰れ!」
「ね~おっさん、ウチら食べ物に困ってるんだよ?優しくくれてもいいじゃん!」
「お前たちなんかにやるお菓子なんて絶対に作らんぞ!」
「はぁ~...もういいよ。お前のお店ごと潰してやるよ、クソジジイィがぁ!!!」
お父さんの力の無さを非難するわけじゃないが、正直これはどう見ても多勢に無勢だ。あと遠くから見ている人間たちは何を手元に持っていじってるんだ?誰も助けにいかないなんて、一番の嫌がらせじゃないか。
(仕方ない、手をだすか)
すると、僕の横から人影がひとつ現場に飛び出していった。
「おいお前ら!美味しいお菓子を優しさで提供してくれるおじさんに何してんだ!」
アスチルだった。
「君は...!」
「あぁん、なんだテメェ?」
「アンタ何言ってんの?このおっさんはウチらお客様を無慈悲に追い返そうとしてるとってもひどい奴なんだよ?」
「なんだと!お前たちが先に絡んできたんだろうが!」
「うっせぇよ、ジジイは黙ってクッキー恵んでくれりゃ良かったんだよ!」
このアスチルという男...勝気な性格だとは思っていたが、喧嘩まで売買できるとは。
「おじさん、店内に避難しててくれ。俺はこいつらに物言いたくて仕方ねぇんだ!」




