2.過去の語り合い
僕はガーベラ、”この世界”を巡っている「旅人」だ。前はただの「住人」だったが、納税するだけのつまらない大人になりたくないという願望と自身の感覚・好奇心に従い、生まれの村をひとり勝手に出ていった。
「”この世界”を支配しようとする者が暗躍し始めている」という、世界中で信じてもらえない噂があることを耳にし、僕はその真相を突き止めることを目的に各地を歩いている。ところが、僕は旅の途中で正体不明な怪しい男に出会った。
「...あのぉ~?」
「...誰ですあなた?...とりあえずプロフィールを見せてもらえませんか?」
(『上田推利』...なんて読むんだ?)
「...それで”ウエダ・スイリ”って読むんです」
(職種が...)
「...『冒険者』?」
「どうやら俺”この世界”に転生したみたいで、この世界に現れる支配者を倒して世界を救う『勇者』になるらしいんですよ」
「待った...”転生した”ってどういうことよ?『転生』って”世界を転移した”とか、”生まれ変わり”とか、そういう意味のやつ?」
「...そう!俺、転生者なんだよ!」
「...記憶が飛んでるだけだって正直に言ってくれれば、同情してあげられる余地がまだ残ってるんだけど?」
「いいや、信じてくれ...俺は別次元の世界から来た転生者なんだ!」
ーーーーー
「...呆れたよ、今までも悪ふざけのために絡んでくる輩はいたけど、ここまでひどい人間は初めてだ。悪いけど僕はそこまで器の大きい人間じゃない、帰ってくれ」
「そんなこと言ったって帰るところなんて無い!本当に俺さっきまで”この世界”とは全く違う”あの世界”にいたんだよ!つい最近から大人になって、それなりに大きい会社の一員として働き始めて...上司とか先輩とか、怖い人多かったけど、ちゃんと働いてる普通の人間なんだよ!」
どうやらまだ引き下がるつもりがないらしい。”この世界”とは違う”あの世界”から来た...本当にあったら確かめてみたい気もするが、この星以外にも同じような世界が広がっていてそこに転生しただなんて、さすがの僕でもありえないとしか思えない。
「...ああそうか、あんたは”カイシャ”という大きな傭兵団とかの一員で、追放とか嫌いな人間に関するショックで記憶を失くした人間なんだな。それなら『冒険者』としての立場も理解できる」
「う~ん...似てるかもしれないけど違う!なあ、とりあえず俺何すればいいかわからないから宿を探そうと思うんだ、近くにあるところで知らないか!」
「...あるにはあるけど」
「頼む、連れてってくれ、この通り!あなたの生活に迷惑はかけません!」
口論をしていると、人間の口からは絶対に出るはずのない声が聞こえてきた。
「シューゥ...」
「グルルル...」
「...ん?」
「...なっ、なんだよこいつら、あっちいけ!」
「モンスターに人間の言葉なんて通じるもんか」
「俺たちを狙ってるのか...おい、どうするんだよ?」
「はぁ?あんた冒険者なんだろ、なにかしらの武器使って戦えよ」
「そんなもん持ってねぇって!」
馬鹿かこいつ。武器を持ってないくせに何が冒険者だ!初心者でもそんなミスは聞いたことがない。
「...来る!」
「グゥワァァァッ!」
「今はいい、下がってろ!」
腰にかけてある長剣をいつものように振り回した。僕は戦いを極めている身じゃないから、剣の師匠のような存在はいない。このスタイルは全部、モンスターや迷惑客との実践で覚えた自己流だ。
「...フッ!」
「ウ...ウゥ~~」
「...ッヤァ!」
「グゥワァァァッ~!」
森と普通の道を丁度分けるような場所だ。モンスターが出てきてもおかしくはないが、この場所だけなら数も強さもこの程度だろう。
「フゥ、これで全部...」
「...グォアァ!!!」
シュッ...
「ウッ...!」
バタン...
最後は危なかったが、すぐにナイフを投げて当たったからどうってことない。
「あ...あなた、とても強かった。もしかして冒険者なんですか?」
モンスターからずっと逃げ続けていた自称転生者の男がまた話しかけてきた。
「いや、旅人だけど?」
「え?でもあの剣さばきは戦いを知っている人のものでしょう?」
「...剣が使える旅人がいて悪いか?...あ、そういえば僕のプロフィール見せてなかったっけ?それは悪かったな、はい」
確かにこの自称転生者の説明を受けているだけで自己紹介がおろそかになっていたのに今気づいた。反省はしたが、別にこの人間に同情する余地はもうない。
「えっと...俺と同い年、名前はガーベラ...ほんとだ、旅人って書いてある...」
「それにしても、あんた武器も持ってないって本当か?『持物』のページ見せてよ、あとついでにプロフィールももっかい出して」
「持物のページ...えっと...え?」
すると、男の動きがピタリと止まった。何かを考えているようにも見えるが、プロフィールや持ち物も開くことができないとなると、いよいよ彼の発言が本当か行き過ぎた嘘かわからなくなってきた。
「これをこうしたらいいんだな?...あっ、出てきた!」
「...見せて」
(...嘘だろう?本当に何も持っていない。しかもプロフィールの武器レベルの項目、全武器のレベルがハイフン...?)
「なあガーベラさん、俺ってなんかまずい存在なのか?」
(逆に全魔法レベルが1から2...いや、ひとつだけ違う!『地魔法』だけレベル8って、めちゃくちゃ極めてる!...もしやっ!)
「...そうか、あんたの”ハートスタイル”が『地』だからか!」
「ガーベラさん!」
「...えっ?」
今、こうして名前を呼ばれるまでまわりのことが全く見えていなかった。公開されているプロフィールとはいえ他人の個人情報、それを読んでひとり興奮していただなんて、我ながら好奇心の大きさにびっくりした。
「なんで人のプロフィール見ただけでそんな盛り上がれるんですか?言ったでしょう、俺よくわからないんだって」
「ああ、悪かったよ。まさか魔法特化の冒険者だとは思わなくて」
「俺、魔法使いなのか?」
(自分のプロフィール内容すら把握できていない...?)
短い時間だったが、ここまでされて自称転生者の振る舞いが僕を欺くための演技だとは、正直思えなくなってきた。本当に”この世界”について何も知らないんだ。いや、そうやって相手も本性を表すのを必死に我慢しているだけかもしれない...気を抜くんじゃないぞ、この心理戦に負けるな!こうなったらとことんつきあってやる...!
「そうだな、あんたの地魔法のレベルは8と段違い、他の全魔法も最低限は使える状態だった。代わりに武器のレベルはノーステータスだったがな」
「...ちなみにガーベラさんのステータスは?」
「え~...剣が6で暗器が3、他の武器レベルも全部1か2だって。逆に魔法は使えないらしい。レベルは10が最高だから、あんたの地魔法のレベル8は大したもんだよ。でもそれに関してはあんたのハートスタイルが地だったから納得できたけど」
「...”ハートスタイル”って?」
「明確な区分はないけど、『心の属性』って言えば通じるか?...僕は『音』らしい」
「なるほど...じゃなくてガーベラさん!この近くに宿ってありませんか?」
そうだった、この男宿に行きたいっていってたんだったな。さっきまですっかり忘れていたが、どこまでも面倒くさい奴...どうにかならないのかと悩んでいたが、ふといいことを思いついた。今この男から聞き出せることを全部吐いてもらう、そして一晩寝てスッキリしたら早朝にひとりでそこを去ろう。そうすればあっちも言いたいことを言えて、僕の好奇心も満たされるはずなんだ。このむしゃくしゃした気分から解放されるはずなんだ!
「ああわかったよ、あるからついてくればいいよ。僕らが離れるまであんたが言いたいこととか、吐き捨てるようにでもいいから教えてくれ、それでお互いに気が済むと思うから」
「いいですけど、なんかガーベラさん急に優しくなった気が...」
「うるさい、とことん付き合ってやるって言ってるんだよ」
「わかりました...(?)」
こうして、当初予定していた時間より大幅に遅れたが、泊まる予定をしていたそれなりに良い宿にたどり着いた。そこで夕食時にでもこの男と会って話を聞き出そうとしていたが、人生想像通りにいかないようだ。受付でとんでもない提案をされた。
「では”二名様用のお部屋”の鍵をご用意いたしますので、しばらくお待ちください」
「えっ!ちょ、あの...僕たちは」
「いっちゃったみたいですね。ガーベラさんは気分が乗らないかもしれませんが、さっき俺を助けてくれたお礼として、今回の宿泊代金はあなたの分まで俺に払わせてください。それで我慢してくださいよ、ね?」
「...単純に嬉しいけど、あんたお金あるのか?」
「ええ、なんか10万ほど最初からもらえました」
「ふーん、じゃあお言葉に甘えて。」
見るからに変な奴だが、その口から聞かされる話にだんだんと興味を持ち始めた自分がいた。”あの世界”から来た人間の”この世界”に慣れていない身振りや言動、そして彼の元いた場所は想像できないが、聞く限りは楽しいことをしていなかったようだった。だったら、こことは違う非現実がどのように存在していたのか、知ることができるところまで、全部知りたくなるじゃないか。
部屋に入って夕食も終えた後、僕から聞かずとも彼から”あの世界”を語ってくれた。
「さっきも言ったけど俺、つい最近正式成人になって、高校を卒業してからすぐに働き始めたんだ。それなりに大きい会社に入ったんだぜ、遠田AIグループって言う国の中でも結構有名なIT企業。でも俺の所属先の人がとにかくひどいところでさ、まず下崎って名前の上司。鬼だ鬼!」
「というと?」
「俺が新人だからか知らないけど、『会社の最低限のルールは叩き込んだ』って言ってから時間のある限り道具のようにこき使うんだよ。しかも俺の仕事ぶりのどこかひとつでも気に入らないところがあればすぐに文句言ったり怒鳴りつけたりしてくる。俺と年もそんなに離れていないってのに偉そうにしやがって!」
と、彼もかなり日々に対して鬱憤が溜まっていたようで、途中泣きそうにもなったが、少し前の出来事をただひたすら話し続けてくれた。
(...よくそんな一気に喋って息が切れないな)
「下崎の野郎、俺がパソコンいじってるときはダラダラコーヒー飲んでるしよ!他の先輩は先輩で、俺のミスは摘発するだけして手伝いもせず後は自分のことばっか。逆に俺が気になることを言ったら『上司・先輩である俺・私に逆らうのか!』とか、『同じ部署のクセになんて無能なんだお前は、人生の先輩として悲しいぜぇ?』とか散々馬鹿にしやがって!こんなに人情の無い空間は初めてだ」
「...まだ言いたいことがあるかもしれないけど、一回頭を冷やしたほうがいい」
「...あっ、大声だしてすみませんでした」
「もう敬語はいいよ、前の僕と似てるところもあったから、気持ちわかるかも」
「はあ...じゃあ、ガーベラ?...あんたも同じ環境だったのか?」
少し違うけど、そう言えば似ている。僕は彼に、前はただの住人だったこと、日々が退屈で旅人に職種を変えたこと、家族を騙しガーベラとして世界を巡っていることをすべて話した。その途中で気づいたことだが、ここまで他人に自分の過去の詳細について聞いてもらったのは意外と初めてかもしれない。一人になってから仲間も増やさず、世界が信じようとしない噂ひとつにすがって生きていることに、正直不安があったんだと思う。
「...そんなことが。俺も退屈とは違うけど、前の生き方に納得がいってなかったんだ。俺の家族は気遣ってくれるけど、いつか親もいなくなるんだ。そんな将来が不安で仕方なかったとき、俺は突然”この世界”に転生した。それからは別の意味で不安だったけど、ちょっと嬉しかったんだ...だから、ありがとうな、ガーベラ」
「いいよ、別世界どうこうよりも貴重な話ができた気がする。僕も感謝しないと。ところで君、明日から行く当てないでしょ、だったら...僕と旅しない?」
「...いいのか?さっきあんなに俺が信じられないって言ってたのに...」
「もうそうは考えてない。今僕は、君と旅がしたいって本気で思ってるんだ」
「...あぁ、ああ!俺は上田推利、これからよろしくなガーベラ!」
「もちろん!これからよろしく、ウエダ!」
それぞれの事情を知り、理解を深めた二人。今、新しい友情の証として、お互いの手を強く握った。過去の退屈から逃げ出した旅人と、過去の苦痛から抜け出した冒険者...そんな二人の世界を巡る旅が、ついにスタートした。




