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1.噂好きの旅人


具体的な時期は詳しく書かれていないが、大昔の超古代、世の支配者になろうとする者と、それを倒そうとする勇者とその仲間たちが争った。最終的に勇者が支配者になろうとする者、及びその彼もしくは彼女の中にある邪心を封印する魔法を唱えて、世界を巡った戦いに勝利し終止符を打った…と、歴史を記したと思われる本に書いてある。


本を読んでいる余裕があるということは、今の”この世界”は平和だということだ。そんな中、僕は本名を隠し、「ガーベラ」と名乗って”この世界”を旅している「旅人《トラベラー》」だ。プロフィールの「職種《クラス》」と呼ばれている項目にはそう記している。数年前まではただの一人の「住人《レジデント》」だったが、大人になっても生まれの地であるあの小さい村で納税生活をすることだけは絶対に嫌だった。ただ他にやるべき事も無かった僕は、人として最低限の教育を受け、もうすぐ大人として働くための準備を親の言いつけ通りに進めるだけの退屈した日々を過ごしていた。ところがある日、僕が職種を旅人に変えた理由である、とても興味深い噂を耳にしたのだ。


『大昔に世を支配しようとした者がいたように、今の”この世界”を支配しようとする者が社会の裏で暗躍し始めている』と。


この噂を聞いたとき、もちろん最初は「はぁ?」と疑問を抱いた。しかし、よくよく考えてみれば、当時の退屈だった人生を変えるチャンスかもしれないとも思えた。そう思いついてからの僕は、図書館に行っては様々な旅行記、世界の地理をまとめた本、各国の歴史や社会の仕組みが書かれた参考書などを読み漁った。心配性の親や血のつながっている兄弟姉妹に毎度のごとく心配されたが、その時に限っては全く煩わしくなく、むしろ嬉しかった。そうして、旅人になる準備と大まかな計画を立てた後、ついに来た決心日の夜。僕はひとり、村を勝手に、誰にも言わず、気づかれないように旅立った。もちろんそのことに気づいた親や兄弟姉妹が心配して自分を追いかけてくることはわかっていた。そこで、普通なら絶対にするべきではないのだろうが、見た目以外全て偽物のそっくりなリアル人形を作り出し、森の中でモンスターに襲われて死んだように思わせた...という人生で過去一番の嘘をついた。




「...で、今僕はここにいるというわけです」


「ハハハッ、あなた中々面白い嘘をついたんですね?」


「そんな...人いないからって声あげて笑わないでくださいよマスター、これでも嘘のつき方は反省してるんですよ。家族の心に傷をつけたのは事実なので...」


「旅の途中でその生まれの村に家族にあいさつはせずとも、懐かしい気持ちに浸るためにとか、間接的にでも寄ればいいんじゃないですか?」


「それは無理ですね、仮に家族に会えば殺されますって。この旅でガーベラって名乗っているのも、元の僕を知る人に気づかれないようにするためなんですし」


「好奇心で始めた旅とはいえ、かなり苦労したんですね」


「...まあ、ね」


今は旅の途中、生まれの村のある国とは違う別の王国の城下町にいる。昼食時で多くの人が飲食店に入る中、とある喫茶店でただひとり、中々苦いコーヒーを飲んでいる。そのコーヒーと同じくらい苦い話をしているが、どちらにもミルクやシュガーを混ぜる気にはならなかった。


「...ごちそうさま」


「それは良かったです、ところで...今日はこの町にいるんですか?」


「いや、今日は別の町の宿に泊まるつもりなのでいないですが...今夜この町で何かあるんですか?」


「はい、今日は月に一度の国王が主催するパーティーが開かれるんです。そのパーティーには王妃様、そして王子様と王女様も含めた王家全員が城下町中央広場に集まって、一般住民と共に食事を楽しむんです。」


「へぇ~」


旅をしていて、事があるごとに驚かされている気がする。これまで読んできた本にも国の歴史や仕組みを書いているものがあったが、心身使って体験する以外に実際のことなんて絶対にわからない。今聞いた食事会もそのひとつだ。


「...でもそんなことしたら、王族を狙う輩が表れて、武器や魔法を持ち出されたりとかしないんですか?」


「大量のボディーガードも同伴、一般住民も簡単には近づけないように場所も区分けもされていて、たまに感情をぶつけたりものを投げたりして取り押さえられる人もいるそうですが、基本平和だと聞きますね」


「その言い方だと、マスターは行ったことないんですか?」


「ええ、私は人が多いのは苦手なので」


「それ、喫茶店を開いてる人として矛盾してません?」


「ここではお客様に静かにするようにお願いしていますので大丈夫です」


「なるほど。」


僕は町に入るとき、その町の喫茶店や道具屋さんを訪ねてできるだけ住人に話を聞くことにしている。その国や村の情勢から他地域との交流関係を知るためだ。前にとある村を訪ねた時、その村と中の悪い村があることを知らず、その村の住民を話題に出したらとても鋭い目で睨まれたことがある。その時の誤解を解くのにはとても苦労した。


「マスターの話を聞く限り、僕の心配は余計ですかね?」


「さあ...でもあなたのように心配に思う人がいるうちは、あの王族は幸せ者でいられるでしょう」


「...慕われてるんですね、この国の王族は。...これ、コーヒー代です」


「はい、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」


カランカラン...

話を終えると、喫茶店のドアを開けて外に出た。


(さて、せっかくだし中央広場にでも行ってみるか)


本来はこのまま人目に触れずに城下町を抜けるつもりだったが、マスターの話を聞いて興味が出てきた。彼はどこか他人事のように話していたが、なんだかんだで信頼していそうだ。


(それにしてもにぎわってるなぁ、さすが城下町は人が多い)


「お~い、そこのいい体つきのお兄ちゃん!うちの道具屋、見ていかないかい?」


特に何も考えず少し歩いていると、太い声で自分のことを指しているセリフが聞こえてきた。「ツール・ロウ」と看板に書かれている...どうやら武器屋のお父さんらしい。


「どうして僕なんです?」


「そりゃあ、腰に掛けている剣を見ればただ者じゃないことくらいわかる。それに、中々うまく隠してるが、短剣やナイフも何本か身に着けているな?」


(...!!)

「...よくわかりましたね、お父さん昔、冒険者でした?」


「ハッハッハッ、まあな」


このお店のお父さんもただ者じゃないことはわかった。今まで僕と戦った人以外に短剣の存在を見抜いた人は数え切れるくらいだ。そんな人がやっているなら、珍しい品が売っているかもしれない。


「じゃあ、せっかくなので見てみます」


中に入るとまず店の品揃え具合に驚いた。一つ目の部屋には長剣、短剣、斧、槍、弓、ボウガン、メイス、ナイフ、それぞれの鞘、盾、こんなにもたくさんの種類が一斉に集まっている店はそう無い。


「大きい店ですね、こんなにも品がある店は珍しいですよ」


「そうだろう、そう言ってもらえると仕入れがいがあるってもんだ!」


「奥と上の部屋は?」


「奥は防具、上は魔導書を置いている」


「え、お父さん武器屋じゃなかったの?」


「おやおや、俺は”道具屋”としか名乗ってないぞ?」


魔法使いにも対応してるのかこの店は...世界中に本店や他の支店があるならぜひ行きたい。いろいろ探して気になる品が無かったわけじゃないが、お金を大量消費はしたくない。でもいい店を知った記念に何か買いたいと思った。とりあえず見逃しが無いように見ていると、最後に奥の部屋に入った。ここにも帽子、グローブ、靴...と品揃えに隙がない。その中で、豪華にマネキンにかけられている...隣の防具を手に取った。


(...へぇ~、これ表も裏もどっちも中々いい生地だな、破れにくそうだけど動きやすそう...いいなこれ!...決めた)

「ねえお父さん、このマネキンの隣のフード付き全方位マントってまだある?予備用含めて二着欲しいんだけど」


「ほぉ~、お兄ちゃんお目が高いね!色は何がいい?」


「ん~...濃い茶色がいいかな」


お父さんがマネキンの向かいの箱を探し始めた。こんなにいいものをマネキンの隣に置くだけなんて...僕が店長だったらこれをマネキンにかけたいぐらいだ。それにしてもこのマネキンにかけてあるやつ、パフォーマーでもなければ買わないんじゃないのか?


「すまないお兄ちゃん、濃い茶色が一着しかない。黒だったら二着あるんだが、どうだ?」


(仕方ないか…でも気分によって使い分けるのもありかもしれない)

「なら、濃い茶色と黒を一着ずつ買うよ。気分で使い分けることにする」


「わかった、用意するから待っててくれ」


そうして待っている間、窓の外を確認すると、太陽が思ったより西側にあるのが見えた。腕時計も部屋の置き時計も15時を回っている。


「ありがとな!お兄ちゃん名前は?」


「僕はガーベラ、旅人《トラベラー》だ。こちらこそ、いい買い物ができたよ、ありがとう」


そんなこんなで中央広場と王宮の一部を覗いてから、さっそく買ったマントを着て、宿を目指し城下町を発った。




(宿まではもうちょっとかかるみたいだ...川が近くにあるみたいだし、一度手を洗いたいな)


町と村の道中だから当たり前なのだが、人が誰もいない。さっきと違って本当に静かだ。今こうして手を洗っている川も澄んだ透明色で、見ていて気分がいい。どうやら森も近いようで、ここら辺の草木もとても大きく...


「...あのぉ~」


「...ん?」


横から僕と同じくらいの年と思われる丸腰の男が話しかけてきた。お金が無いから食べ物でももらいに来たのだろうか?とりあえず誰かを知らないといけない。


「...近くに泊まれる宿って、ありますかね?」


「...誰ですあなた?...とりあえずプロフィールを見せてもらえませんか?」


「プロフィールを見せる?...実は俺今”名刺”持ってないんですけど?」


「...”メイシ”って何?僕はあなたのプロフィールを見せろって言ってるの、わかる?」


「いえ、わかんないです。出し方を教えてください」


(なんだこいつ...悪ふざけもいいところだ!)

「あんた...いい加減にしろ、適当な奴に話すことなんてないんだよ!」


「...あっ、出てきた!」


...こんなに面倒くさい人間は久しぶりだ。宿に間に合わなくなっても困るから、このまま適当に場を離れようとしたが嫌なタイミングで話をつなげてくるものだから余計対応に困る。


「...見せてよ」


(どれどれ、「名前《ネーム》」は「上田推利」...なんて読むんだ?次に「年齢《エイジ》」は「19」...僕と同い年なのか)


「...この名前なんて読むの?漢字使う名前なんて初めて見た」


「え?...っとそれで”ウエダ・スイリ”って読むんです」


(そして「職種《クラス》」が...)


「...『冒険者《アドベンチャー》』?...まあ、ありえなくはないか」


「はい...なんでか知らないんですけど、どうやら俺”この世界”に転生したみたいで、この世界に現れる支配者を倒して世界を救う『勇者《ヒーロー》』になるらしいんですよ」


そのセリフの中のただ一つの単語がどうしても引っかかった。もちろん最初は自分が疲れているだけか、いたずらなのだろうと疑った。


「待った...”転生した”ってどういうことよ?『転生』って”世界を転移した”とか、”生まれ変わり”とか、そういう意味のやつ?」


「...そう!俺、転生者なんだよ!」


冷静に考えなくても、そんな嘘をつく人間なんて普通いない、ありえないことだ。だがあっちも一向に引き下がる様子がなく、呆れ以上の何かを感じ始めていた。


「...転生者だの勇者だの、記憶が飛んでるだけだって正直に言ってくれれば、同情してあげられる余地がまだ残ってるんだけど?」


「いいや、信じてくれ...俺は別次元の世界から来た転生者なんだ!」


でも正直、僕はこの男を見た時点で、彼が自分の人生で大きな成長を遂げるきっかけになること、そして”この世界”の細部まで知る存在になる可能性があることを、薄々勘づいていた気がする。

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