6話 余白のない机と、余裕のない二人
〜前回までのあらすじ〜
リシュアが徹夜で作り上げた資料をもとに、双子が帰るための魔道具についての話し合いが始まった
談話室の机は、とうに紙で埋まっていた。
素材一覧。
加工工程。
未来の文字で細かく書き込まれた注釈…
広げられた紙束は机の端から端まで及び、もはや茶器を置く場所さえろくに残っていない。
その中央で、リシュアが一枚の紙を指先で押さえた。
「これは、今の時代でもあります」
彼女の声に、ネオリムが紙へ視線を落とす。
「ただ、産地が違うかもしれません」
「ふむ」
顎に手を当てたまま、ネオリムは紙面の文字を追った。
「未来では北方のフロスト産なのか」
「はい」
「今のフロストは、まだ開発の途中だな」
その言葉に、アルターナが眉をひそめる。
「じゃあ、無理じゃない?」
だがネオリムはすぐに首を振った。
「いや。素材自体はある」
「代用品ってこと?」
「ああ。近い性質のものが南部で採れる」
アルターナは腕を組む。
「なら、それでいいんじゃないの?」
「そう単純でもない」
ネオリムは紙の端を指先で軽く叩いた。
「魔道具は、素材同士の相性がある」
「そこは私も知ってるわ」
「知ってるなら黙ってて」
「喧嘩売ってる?」
「事実を言っただけ」
「へえ」
ぴりり、と空気が張る。
その瞬間だった。
「はい次」
アシュリーが紙を一枚ひょいと持ち上げる。
「喧嘩は後で」
「…はぁ、誰のせいだと思ってるのよ」
「今のはネオリムのせいよ」
「お前だアルターナ」
見事な即答だった。
リシュアは肩をすくめる。
「息ぴったりですね」
「「違う」」今度は声まで揃った。
リシュアが吹き出す。
「やっぱり似てる」
「似てない」
「似てないわ」
また揃った。今度はアシュリーまで笑い出し、アルターナは本気で頭を抱えたくなった。
〜〜〜
作業は昼を回っても終わらなかった。
予想以上に、未来の材料は複雑だったのだ。
まだこの国では流通していない鉱石。
希少すぎて記録の少ない植物。
そもそも今の時代には確立されていない加工技術。
一つ確認しては線を引き、一つ分類しては別の問題が顔を出す。未来では当たり前のように並んでいた名前が、今の時代ではどれもこれも厄介の種だった。
やがて、リシュアがぐったりした様子で紙束から顔を上げた。
「……とりあえず、大体の素材の確認はできました」
その声には、さすがに疲労が滲んでいる。
ネオリムは机上の一覧を指で叩きながら、低く言った。
「すぐにでも調達できる素材はある。問題は——」
視線が、いくつかの名前の上で止まる。
「フロスト地方の山脈にある“星脈水晶”。虚月湖の湖底から採れる“虚月銀”。それから、“幻影樹の樹脂”」
紙面に並んだ三つの名前は、いかにも厄介そうであった
「他の素材は、代用品か取引で何とかなりそうなものが多い。だが、この三つは採取できるかどうか自体が怪しい」
「……そうね」
アルターナも紙を覗き込みながら頷く。
「フロストは未開拓。虚月湖のある辺境伯領にはいい噂を聞かないし……幻影樹に至っては、そもそも他国でしか採れないんでしょう?」
「ああ」
ネオリムは視線を上げ、双子を見る。
「この素材は、お前たちの時代ではどのあたりから流通していたんだ?」
「たしか」
アシュリーが記憶をたぐるように目を細める。
「俺たちが生まれる前には、すでに流通が——」
「……あっ」
小さな声が漏れた。
全員の視線が、一斉にリシュアへ向く。
リシュア自身も、自分で何かに気づいたらしく、目を見開いたまま固まっていた。
「……もしかしたら」
ぽつりと、彼女が言う。
「私たちが見つけてから、素材の流通が盛んになったんじゃ……?」
談話室が、しんと静まり返った。 誰もすぐには口を開けない。
今の一言が意味するところを、それぞれが頭の中で組み立てていたからだ。
「……それ」
最初に声を出したのはアルターナだった。
「あり得るの?」
「理論上は」
答えたのはアシュリーだ。
「未来で普通に流通してるからって、昔からそうだったとは限らない」
「むしろ、開拓や発見の記録なんて、途中で失われててもおかしくないし」
リシュアも小さく頷く。
「教科書にも、発見者の名前までは載ってなかった気がします」
ネオリムは腕を組んだ。
「つまり」
「もし私たちが見つけなかったら」
リシュアが言葉を継ぐ。
「未来で流通していない可能性があります」
再び沈黙が落ちた。
今度の沈黙は、さっきよりずっと重い。
未来へ帰るために必要な素材。
その素材自体が、まだこの時代では十分に見つかっていないかもしれない。
しかも、それを見つけるのが自分たちかもしれない。
つまり——
もし見つけられなければ、未来そのものが変わる可能性がある。
アシュリーが口を開いた。
「それ、わりと困るな」
「困るどころじゃないわよ」
アルターナが即座に返す。
「帰れなくなるじゃない」
「そうなんだよな」
「軽いわね」
「慌てても状況は変わらないし」
アシュリーは相変わらず淡々としていたが、机上の素材名へ落ちる視線だけは鋭い。
「でもまあ」
彼は紙の上の名を順に見た。
「探しに行く理由は増えた」
ネオリムが小さく息を吐く。
「最悪だな」
「同感です」
リシュアも神妙に頷いた。
「未来へ帰るために素材を集めるはずが」
「未来の流通経路まで作るかもしれないってわけね」
アルターナが言う。
「面倒事が増えてるじゃない」
「いつものことだろ」
ネオリムが即答する。
「君が関わると、面倒事は増える」
「喧嘩売ってる?」
「事実を言っただけ」
「へえ」
「はい次」
アシュリーが今度こそ間髪入れずに遮った。
「もうその流れ、見飽きた」
「誰のせいよ」
「父さんと母さん」
「お前もだからな」
「やっぱり息ぴったりじゃないか」
「「違う」」
また綺麗に揃った声に、リシュアがついに笑いをこぼした。
未来へ帰る道は、思っていたよりずっと面倒で、ずっと危うい。
それでも、止まっているわけにはいかなかった。
紙で埋まった談話室の机は、まるで今の四人の状況そのものみたいだった。
問題だらけで、余白は少なく、それでもひとつずつ片づけていくしかない。
すると
「では!素材の話は一旦まとまったので、一旦技術面の課題を整理してきます!」
リシュアが立ち上がって、風のように講話室から去っていった
「…あ、あいつまた……はぁ、リシュアを一人にできないんで、俺も行ってきます」
アシュリーも気怠げに出て行く
〜〜〜
「…まったく、あの子達は……」
なにをするにも騒がしい双子を見送り、アルターナはそう呟いた…が
アルターナはそう呟いてからハッとした
あの双子が出ていった、ということは…
(…え、ちょっと、待って、)
ネオリムと、二人きり。
なんだかんだで、あの双子が来てからは二人きりになったことがなかった。
突然現れた自分たちの子供を名乗る存在に、気を取られすぎていた
アルターナがなんとなくそわそわしていると
ネオリムが沈黙を破った
「………血縁検査をすることにした。…あの双子が本当に…子供なのか、はっきりとした証明が無いからだ」
「…え、あ、そう」
「………」
「………そう」
「…僕、たち…の、子供なのか、はっきりとした証明が無いからだ」
「……」
「…だから、明日鑑定士を呼ぶ。空けておけ」
「………分かったわ」
再び沈黙が落ちた。
先ほどまで騒がしかった談話室が、妙に広く感じる。
紙をめくる音もしない。
リシュアの声も。
アシュリーのため息も。
今はない。
残っているのは、自分とネオリムだけだった。
(……なんなのよ、この空気)
アルターナは紅茶へ手を伸ばしかけて、やめた。
飲み干してしまったことを思い出したからだ。
だからといって何か話すこともない。
…いや、話題ならいくらでもある。
未来のこと。
魔道具のこと。
双子のこと。
血縁検査のこと。
なのに、どれも口に出しづらい。
向かい側ではネオリムが書類を見ていた。
見ているだけだった。
ページはしばらく前から一枚も進んでいない。
(……集中できてないじゃない)
そう思った瞬間。
不意にネオリムが顔を上げた。
視線が合う。
そして。
「……」
「……」
同時に目を逸らした。
数秒後。
「……」
ネオリムが何か言いかけて。
結局、何も言わなかった。
アルターナも何も聞かなかった。
聞けなかった。
談話室には、紙の擦れる音だけが小さく響いていた
次の話は金曜日の23時頃に投稿します




