5話 厄介な双子
翌朝。
アルターナ=メディールは、目覚めた瞬間から機嫌が悪かった。
理由は明白である。
昨夜、ろくに眠れなかったからだ。
未来の子供。
自分とネオリムの娘と息子だと名乗る双子。
しかも見た目が妙にそれらしい。
そんなもの、眠る前に思い出して平然とできるほど、アルターナの神経は太くない。
——いや、別に繊細というわけではないのだけれど。
「お嬢様、今朝はずいぶんお早いですね」
「起きてしまったのよ」
「眠れませんでしたか?」
「……少しね」
侍女に髪を梳かされながら、アルターナは鏡越しに自分の顔を見る。
そこに映るのは、普段通りのアルターナだ。
ほんのり赤みがかった髪は艶やかで、肌の調子も悪くない。
寝不足で目の下に隈ができているわけでもない。外から見れば、昨日と何も変わっていない。
なのに、胸の中だけが妙に落ち着かなかった。
「本日はどうなさいますか?」
「どうもこうもないわ」
「では、エスカディオ公爵家へ?」
「……行くに決まっているでしょう」
「まあっ、珍しいですねぇ…いつもは“行くわけがないでしょ”と仰りますのに」
「ふん。お黙り」
「うふふ」
自分で言っておきながら、アルターナは少しだけ唇を噛んだ。
昨日、エスカディオの屋敷から帰宅後、アルターナは両親に報告するか迷った
まだあの双子について不明な点は多い。
その状態で両親に“よくわからないけど未来から私の娘と息子が来ました”だなんて言っても、混乱に混乱を呼ぶだけ。
だから、ネオリムと双子を調べてから、落ち着いた状態で両親に報告することにしたのだ
…だが、本当にそれだけだろうか。
リシュアとアシュリーの顔が頭をよぎる。
自分たちに似ている双子。
娘のほうは慌て者で、でも真っ直ぐで。
息子のほうは達観していて、腹が立つくらい冷静で。
どうしてか放っておけない。
そして
そんな、自分たちの子かもしれない双子を、他の人に委ねるのは少し違う…なんて気持ちもあって
そう思ってしまった時点で、すでに少し負けている気がして、アルターナはますます不機嫌になった。
「お茶会の続きということでしょうか?昨日はお茶会の途中で犬が乱入してきたそうですね。」
昨日のお茶会が中止になった際、ネオリムは
『今日のお茶会が中止になった理由を聞かれた場合“犬が乱入してきた”と伝えてくれ』
と言って参加者に釘を刺したのだ
「続きなんて断じていらないわ」
「では、ただ単純にお嬢様がネオリム様に会いに行くということで」
「そんなわけ…まあいいわ。そうよ。会いに行くのよあの女顔に」
強めに言い切る。
侍女は「やっと進展いたしましたか」とでも言いたげな微笑みを浮かべた。
まったく、近頃の使用人は主人への遠慮というものが足りない。
〜〜〜
エスカディオ公爵家に到着すると、屋敷の中へ通された。
案内された先は、応接室よりも少し私的な雰囲気のある談話室だった。
明るい窓辺に丸テーブルが置かれ、棚には書物や小さな置物が並んでいる。公的な客をもてなす部屋というより、家族や親しい者が落ち着いて会話をするための空間らしい。
そんな場所に通されたことに、アルターナは少しだけ眉をひそめた。
家族向けの部屋。
今、この状況でそこを使うのは、妙に引っかかる。
「お待たせいたしました」
使用人が恭しく扉を開いた、その先。
「アルターナ様!」
勢いよく立ち上がったのは、リシュアだった。
彼女は昨日とは違い、エスカディオ家の客用と思しき上品なワンピースを着ていた。だが色の選び方が妙に自分好みで、アルターナは一瞬だけ嫌な感覚を覚える。
似合っている。腹立たしいほどに。
リシュアはそのまま駆け寄りかけて——はっと止まった。
「あ」
「……」
「…………」
「来るなら来る、止まるなら止まる、どっちかにしなさい」
アルターナが冷たく言うと、リシュアはしゅんと肩を落とした。
「すみません……」
「別に、謝れと言っているわけじゃないわ」
「いやでも、勢いで行くとまた“ママ”って呼びそうになったので……」
「正解よ」
「うう……」
見事に萎れる。
相変わらず反応が素直すぎる。
この娘、絶対に嘘をつくのに向いていないだろう、とアルターナは思った。
「おはよう、アルターナ」
窓辺に立っていたネオリムが振り返る。
今日も今日とて整った女顔だ。朝から腹立たしい。
「ええ、おはよう。ずいぶん余裕そうじゃない」
「そう見える?」
「見えるわ」
「気のせいだよ。寝不足で頭痛がする」
「奇遇ね、私もよ」
「じゃあ帰れば?」
「あなたが帰れば?」
「ここ僕の家なんだけど」
「知ってるわよ」
いつものように言い合った瞬間、部屋の空気がほんの少しだけ和んだ。
その理由に気づいて、アルターナはすぐさま不機嫌になる。
まるで周囲が「これが通常運転だ」と安心したみたいではないか。冗談じゃない。
窓際の長椅子にはアシュリーも座っていた。
彼は今日も今日とて落ち着き払った顔をしている。膝の上には本が一冊。しかも栞まで挟んである。
「……あなた、何をしているの」
「待ってる間に読書です」
「馴染みすぎでしょう」
「落ち着かないので、読んでないとやってられなくて」
「その理屈で読書に行くの、だいぶ変よ」
「俺もそう思います」
真顔で返されて、アルターナは一瞬言葉に詰まる。
昨日から思っていたが、このアシュリーという少年、変なところで会話の腰を折る天才である。
「朝食は済ませたの?」
アルターナがなんとなく問うと、リシュアがぱっと顔を上げた。
「はい!」
「そう」
「でも、ちょっと緊張してたので、あんまり味はわからなくて」
「……そうなの」
「パパ——じゃなくて、ネオリム様が“残すな”って言うから、ちゃんと食べました」
「当然だろう」
ネオリムが即座に言う。
「環境が変わったからって体調を崩されたら面倒だ」
「でもちょっと優しかったです」
「監視の一環だって昨日言ったよね?」
「はい、言ってました。でも優しかったです」
「人の話を聞け」
ネオリムがこめかみを押さえる。
アルターナはつい、その様子を見た。
どうにも妙だった。ネオリムはたしかに面倒くさがっているし、警戒もしている。だが追い払う気配はない。口では冷たく言いながら、双子がきちんと食べたかだの、眠れたかだのを把握している。
普段の彼なら、もっと突き放してもおかしくないのに。
——いや、非常時だから慎重なだけかもしれない。
そう自分に言い聞かせ、アルターナは席に着いた。
テーブルの上には新しい茶器と菓子が並べられている。
今日は昨日よりずっとまともそうだ。少なくとも見た目は。
「…あ、このクッキー、昨日お兄ちゃんが盗んだやつ」
リシュアが小声でアシュリーに囁く。
「…覚えてないな。誰が盗んだって?俺はクッキーを一枚貰おうとしただけだ」
アシュリーは堂々と背筋を伸ばしている
ネオリムもリシュアもアシュリーをジトっとした目で睨んだ
なぜ睨んでいるのかは知らないが、昨日のうちに何かろくでもないことでもあったのだろう。
「…昨日、なにかあったの?」
アルターナが問う
「…いや、この双子を単体で放置できないと分かっただけだ」
ネオリムがアシュリーを睨みながら答えた
リシュアが「私もですか!?」と叫んだ後アシュリーを睨み、アシュリーが目を逸らす
ネオリムとリシュアの睨む表情が似ていたので、また少し落ち着かなくなった
「それで」
アルターナは紅茶に手を伸ばしながら言った。
「今日は何をするつもりなの」
「まずはこの二人が必要だと言っている魔道具の材料の整理」
ネオリムが答える。
「それから、未来について聞ける範囲で聞く」
「聞ける範囲?」
「全部を鵜呑みにする気はないけど、役に立つ情報があるかもしれないだろう」
「まあ、それはそうね」
そこでリシュアが、きらきらした目で身を乗り出した。
「私、材料の一覧もう作りました!」
「え」
「昨日のうちに、思い出せる範囲で!」
「昨日のうちに?」
「はい! 紙も借りました!」
「寝不足の原因それじゃないの?」
「ちょっとだけ」
「ちょっとじゃないだろうね」
ネオリムが低い声を出すと、リシュアはすっと目を逸らした。
わかりやすすぎる。
アルターナは思わず額に手を当てた。
なんというか、この娘は魔道具に関することになると一気に前のめりになるらしい。そこだけ妙に危なっかしい。
「見せなさい」
アルターナが手を差し出すと、リシュアは「はい!」と元気よく紙束を渡してきた。
びっしりだった。
素材名。魔力伝導率。代替可能な鉱石。加工工程。簡単な図。
字も綺麗で見やすい。おそらく頭がいいのだろう。少なくとも雑ではない。
そして腹立たしいことに、字の癖が少しネオリムに似ていた。
「……これ、あなたが書いたの?」
「はい」
「十七歳で?」
「はい」
「未来って怖いわね」
「なんでそうなるんですか!?」
リシュアが目を丸くする。
アルターナは紙束をめくりながら、ちらりとネオリムを見た。
「で、あなたはどこまで読んだの」
「最初の二枚」
「全部じゃないの?」
「朝からそんな集中力あると思う?」
「ないわね」
「そりゃね」
「そこは揃うんだ……」
アシュリーがぼそりと呟く。
「あなたは?」
アルターナが問う。
「俺は一覧の最後に“注意事項:リシュアを一人にしない”って書き足しました」
「お兄ちゃん!?」
「実際そうだろ」
「そ、それはそうだけど!」
「…アシュリー。お前も人のことを言える立場ではないぞ」
ネオリムが淡々と言う。
「昨日一回時空を飛ばした人間を単独行動させる気はない」
「ぐぬぬ……」
「ぐぬ…」
悔しそうにしながらも否定できないリシュアとアシュリーを見て、アルターナは少しだけ唇を緩めそうになった。
その時だった。
リシュアがぽつりと言う。
「未来だと、私が徹夜で研究してると、ママとパパがだいたい二人で様子を見に来るんですよね」
「…………」
「…………」
「お茶を持ってきてくれて、“もう寝なさい”って言うんですけど、二人とも結局その場に座って、私が区切りつくまで付き合ってくれて」
「………………」
「たまに隣で二人でもう一杯お茶飲み始めたりして」
「………………」
「……あれ?」
リシュアがきょとんとする。
「なんか空気重い?」
重いに決まっている。
アルターナはカップを置く手を間違えかけた。
ネオリムに至っては、今まさに口に運ぼうとしていた紅茶を危うくこぼしかけている。
「ねえ、お兄ちゃん」
リシュアがひそひそ声になる。
「今の、言っちゃ駄目だった?」
「駄目だろうな」
アシュリーが即答した。
「今の父さん母さんに、“夜更けに二人でお茶飲みながら娘の研究に付き合う”なんて情報、刺激が強すぎる」
「ええっ、そこ!?」
「そこだよ」
アルターナは無言でこめかみを押さえた。
夜更け。
二人で。
お茶を飲みながら。
意味がわからない。
いや、わからなくはないのが余計に腹立たしい。未来の自分は何をやっているのだ。
「……そんなこと、あるわけないでしょう」
どうにか絞り出す。
「あります」
リシュアが素直に答える。
「ない」
「あります」
「ないって言ってるの」
「でも本当に——」
「リシュア」
アシュリーが横から止めた。
「そこは押すな。母さんの顔が限界だ」
「え、でも」
「そのうち、夫婦生活について聞きたくなっても意地で聞かない段階に入るだろうからな。それまで我慢だ」
「入らないわよ!!」
アルターナが机を叩く。
「誰が聞きたがるものですか!!」
「うわ、図星っぽい」
「うるさい!!」
怒鳴った直後、視線の端でネオリムが顔を背けたのが見えた。
なんなのだ。
どうしてそこで顔を背ける。
どうして耳が少し赤い。
まるで自分まで気まずいみたいではないか。
「……やっぱり今の父さん母さん、まだだいぶ距離あるな」
アシュリーが小さく呟く。
「未来だと、もっと自然なんだけど」
「自然!?」
アルターナが即座に反応する。
「何がどう自然なのよ!」
「え」
アシュリーがほんの少しだけ目を逸らした。
「いや、その、二人でいるのが、というか」
「具体的に言いなさい」
「いや、そこは」
「言いなさい」
「……母さん、たまにこういうところあるよね」
「あるな」
ネオリムがなぜか同意した。
「知りたくないって顔してるくせに、妙に具体を求める」
「ネオリム。あなたは黙って」
「ひどい」
アシュリーは本を閉じ、少しだけ天井を仰いだ。
そして、観念したように口を開く。
「未来の父さん母さんは、普段も仲いいですけど」
「聞いてないわ」
「聞いてますよ、顔が」
「聞いてない」
「で、夜はもっと仲いい」
「——ぶっ」
ネオリムが紅茶を吹きかけた。
アルターナも危うく椅子から立ち上がりかける。
リシュアは「?」と兄を見る。
アシュリーは「あ」と口元を押さえた。
「お兄ちゃん?」
「……」
「今、なに」
アルターナの声が低い。
「いや、その」
「今なんて言ったのかしら」
「父さん母さんが」
「その先よ」
「……夜は」
「アシュリー」
今度はネオリムの声が落ちた。
「そこから先はやめろ」
「え、でも」
「やめろ」
「……はい」
ぴしゃりと遮られ、アシュリーは口を閉じた。
だが、もう遅い。
リシュアが目をぱちぱちさせる。
「夜?」
「リシュア、お前は知らなくていい」
「なんで?」
「知らなくていいんだよ」
「でも夜も一緒にいるのは普通じゃない?」
「普通だけど、そういう意味じゃなくて」
「どういう意味?」
「だから、お前はそのままでいてくれ」
「???」
頭を抱える兄。
困惑する妹。
沈黙するネオリム。
そしてアルターナは、耳まで熱くなるのを自覚していた。
なんなの。
なんなのよ、それは。
夜はもっと仲がいい、って。
匂わせ方が最悪である。
何も言っていないくせに、何かを言ったも同然だ。
しかもアシュリーの反応からすると、確実に本人は何か知っている。知っていて、今、口を滑らせた。
最悪だ。
「……あの」
リシュアが、おそるおそる言う。
「今の、私が知らない話?」
「そうだ」
アシュリーが断言する。
「“あ、これ以上は察したほうがいいやつだな”ってなる種類のやつ」
「うん??」
リシュアはますます混乱した顔になる。
「え、何それ。なんで私だけわからないの」
「お前が純粋だから」
「純粋だとわからないの?」
「まあ、うん」
「なにそれ??」
アルターナはもう、どこを見ればいいのかわからなかった。
ネオリムも同様らしく、珍しく露骨に視線を彷徨わせている。
やがて彼はひとつ咳払いをし、無理やり話を戻した。
「……材料の話をしよう」
「明らかに逃げたわね」
アルターナが即座に刺す。
「君もだろう」
「私は逃げてないわ」
「じゃあ今の話題を掘り下げる?」
「やめなさい」
「ほら」
「今すぐ窓を開けて飛び降りてくれる?」
「死ねって?」
「自力でどうにかしなさいよ」
「無茶を言うなあ」
そのやり取りを見て、双子がまた顔を見合わせる。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ」
「こうやってすぐ喧嘩になるのに」
「ああ」
「未来だとなんでああなるの?」
「俺が知るか」
「そこは知っててよ!」
「知ってたら今ごろもっと楽してる」
アシュリーが深々とため息をつく。
「……うーん、ともかく!」
リシュアが場を立て直そうと声を張る。
「今日は材料の確認です! ねっ!」
「そうだね」
ネオリムが即座に乗る。
「その話に戻ろう」
「賛成よ」
アルターナも食い気味で同意した。
「今すぐ戻りなさい」
「わ、わかりました!」
リシュアは慌てて紙束を広げた。
だが慌てているせいで、何枚か床に落とす。
「あっ」
「ほら見ろ」
アシュリーが立ち上がる。
「だから落ち着けって」
「だ、だってお兄ちゃんが私の好奇心を掻き立てること言うから!」
「俺だけのせい?」
「半分はそうでしょ!」
「残り半分は父さん母さんの反応だろ」
「「………」」
双子がかがみ込んで紙を拾う。
その時、リシュアの袖口から、小さな金具のようなものがころりと転がった。
「なに、それ」
アルターナが尋ねる。
「あ、これですか?」
リシュアが拾い上げたのは、細工の細かな銀色の小物だった。
円い土台に、小さな透明石が埋め込まれている。装飾品にも見えるが、どこか機械的な印象もある。
「魔力測定の補助具です」
「補助具?」
「はい。未来で、私がいつも使ってるやつで」
「いつも?」
「研究するときに便利なんです。マ——アルターナ様が、“細かい部品を散らかさないように紐をつけなさい”って言って、作業する時は腕に、作業しない時は、首から提げる形に改良してくれて」
「…………」
「パパ——ネオリム様は、石の留め具が緩いと危ないからって直してくれました」
「…………」
まただ。
またしても、妙に生活感のある話。
アルターナはじっとその補助具を見る。
ネオリムも黙っていた。
豪華な贈り物でも、劇的な思い出でもない。
ただ、家の中で交わされた、ごく当たり前みたいなやり取り。
そういう細部ばかりが、なぜこんなに刺さるのか。
「……やっぱり」
リシュアが小さく笑う。
「今の二人、まだ全然違う」
その声は、寂しそうでもあり、でもどこか楽しそうでもあった。
「未来のママとパパって、私たちが何か壊しても、最初は怒るけど」
「壊すの前提なのね」
「研究してるとたまに……」
「たまにじゃないだろ」
アシュリーが口を挟む。
「週に一回は何か爆発してる」
「してないよ! 三週に一回くらいだよ!」
「十分多い」
「でも、最後には二人で直し方考えてくれるんです」
「…………」
「今の二人は、たぶんまだ、二人で何かをするのに慣れてないんです」
「そんなこと」
アルターナは言いかけて、止まった。
否定したい。
けれど、昨日からの自分たちを振り返ると、完全には否定しきれない。
喧嘩はする。
反発もする。
でも、では一緒に何かを解決しようとした時、素直に並べるかと言われると。
……少し、言葉に詰まる。
「慣れる必要なんてないわ」
最終的に、アルターナはそう言った。
「この件が片づけば、あなたたちは未来へ帰る。そうしたら終わりよ」
「はい」
リシュアが頷く。
「たぶん、そうなんだけど」
その頷き方が、妙に静かだった。
「でも私」
リシュアは補助具を握りしめたまま、少しだけ笑う。
「今のママとパパのことも、ちゃんと知りたいなって思ってる」
部屋が静かになる。
昨日まで、未来から来た厄介ごとでしかなかったはずの双子が。
今は少しだけ、違う形を取り始めている。
アルターナは息を吐いた。
「……勝手にしなさい」
「え?」
「調べることがあるなら調べる。作るものがあるなら作る。ただし、勝手なことはしない。それだけよ」
「それって」
リシュアの顔が明るくなる。
「ちょっと認めてくれたってことですか?」
「違うわ」
「でもちょっと優しい」
「違うって言ってるでしょう」
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ」
「やっぱりマ——アルターナ様、優しい」
「知ってる」
「あなたまで何を言ってるの!?」
アシュリーはアルターナの抗議をさらりと流し、机上の紙を揃えた。
「んじゃ、まず材料を三つに分けよう」
「三つ?」
ネオリムが問う。
「今すぐ手に入るもの、代用品を探せばどうにかなりそうなもの、今の時代だと無理そうなもの」
「……なるほど」
「この時代の技術水準は俺たちも完全にはわからないですし。全部一気にやるより、そのほうが早い」
「案外ちゃんとしてるのね」
アルターナが言うと、アシュリーは少しだけ肩をすくめた。
「父さんに似て、無駄が嫌いなんで」
「誰が父さんだ」
「言うと思った」
さらりと返して、アシュリーは笑った。
その笑い方が、やっぱり少しネオリムに似ていて。
そのことが今度は、不思議とそこまで嫌ではなかった。
——ほんの少しだけ。
〜〜〜
そうして、未来の双子と、犬猿の仲の婚約者たちの、妙な共同作業が始まった。
材料を分類し、読めない単語に突っ込みを入れ、リシュアが説明し、アシュリーが補足し、ネオリムが問題点を洗い出し、アルターナが現実的かどうかを片っ端から判定していく。
驚くべきことに、その作業は意外なほど噛み合った。
腹は立つ。
いちいち腹は立つのだが、進むのだ。
そのことに気づいてしまった時、アルターナはなんとも言えない敗北感を覚えた。
先は長い。
ものすごく長い。
アルターナはそう確信しながら、目の前の紙束を睨みつけた。
未来へ帰すための魔道具作り。
双子の正体の確認。
そして、知りたくもない未来の自分たちの情報。
厄介ごとは山積みだ。
それでも。
同時に。
少しだけ——本当に少しだけ——悪くないと思ってしまったことも、また事実だった。




