4話 先が思いやられる
エスカディオ公爵家の厨房。
夜勤の料理人が明日の仕込みをしていた。
「ん?」
一人が首を傾げる。
棚に置いてあったはずの焼き菓子の箱が消えていた。
「おかしいな」
その時だった。
ぱっ。
小さな光が弾ける。
そして。
クッキーの缶が消えた。
「……は?」
料理人が固まる。
次の瞬間。
別の棚からマドレーヌが消えた。
焼き菓子が消えた。
砂糖菓子が消えた。
保存用のビスケットが消えた。
「な」
「な」
「なんだぁぁぁぁぁ!?」
悲鳴が響いた。
〜〜〜
客室。
アシュリーの目の前には大量のお菓子が積み上がっていた。
「……あれ?」
クッキー。
クッキー。
クッキー。
焼き菓子。
マドレーヌ。
パウンドケーキ。
飴。
砂糖菓子。
果物のタルト。
クッキー。
さらにクッキー。
「え」
アシュリーが固まる。
「え?」
ぱっ。
また光る。
追加でクッキーが現れた。
「待って」
ぱっ。
「待て」
ぱっ。
「待ってくれ」
ぱっ。
「おい」
ぱっ。
「止まれ!!」
止まらなかった。
〜〜〜
隣室。
リシュアは飛び起きた。
「なにこの光!?」
リシュアが眠ろうとしていたそのとき。
“ぱっ”“ぱっ”“ぱっ”と、消えてはまた輝く、実にやかましい光が窓から覗き込み、暗い部屋を照らしていた
扉を叩き、兵士に異変の説明をし、部屋の扉を開けてもらい
そして。
兄の部屋を見た。
「……」
「……」
部屋の半分がお菓子で埋まっていた。
ぱっ。
クッキーが出てきた
「お兄ちゃん」
「はい」
「なにしたの」
「クッキー一枚取ろうと思った」
「なんでこうなるの!?」
〜〜〜
二分後。
エスカディオ公爵家は大騒ぎになっていた。
厨房からお菓子が消えた。
保管庫からも消えた。
来客用も消えた。
使用人用も消えた。
一部の高級菓子まで消えた。
侵入者か。
盗賊か。
魔法か。
屋敷中が慌ただしく動き回る。
そして。
その全員が、ある客室の前で足を止めた。
扉が開く。
中には。
山。
お菓子の山。
そしてその頂上付近に座るアシュリー。
「……」
「……」
「……」
誰も言葉を失った。
「説明して」
当然騒ぎを聞きつけたネオリムが来て、言った。
ものすごく静かな声だった。
それが逆に怖い。
アシュリーは正座していた。
リシュアも正座していた。
なぜか。
ネオリムの圧力である。
「だから、一枚だけ取ろうと思って」
「うん」
「魔法を使ったら」
「うん」
「こうなりました」
「なるほど」
全然なるほどではなかった。
ネオリムは額を押さえる。
「君たち」
「はい」
「僕、昼間に何と言った」
「勝手な行動は禁止」
「その通り」
「……」
「その通りだね」
「はい」
リシュアが縮こまる。
完全にとばっちりだった。
しかし兄を止められなかったので強くは出られない。
「なぜ魔法を使った」
「お腹が減って」
「そう」
「はい」
「それで屋敷中のお菓子を盗んだ」
「盗むつもりはなかったです」
「結果的には盗んでるんだよ」
「はい」
正論だった。
反論できない。
〜〜〜
事情を聞いた結果。
原因はある程度判明した。
リシュアが山のような菓子を見ながら説明する。
「たぶん、未来の生活補助術式です」
「生活補助?」
ネオリムが眉をひそめる。
「未来だと子供でも使う魔法なんです」
「子供?」
「はい。だから安全装置が前提なんです」
リシュアはうーんと唸りながら話を続けた
未来のことを何も知らないネオリムに、分かりやすく説明しようとしている努力が伺える
「未来では、こういう簡単な転移魔法には補助術式が起動する魔道具が屋敷内に設置されているんです」
「補助術式?」
「一個だけ取る、とか。所有者確認とか。数量制限とか」
「…なるほど」
「でも過去にはその術式も魔道具も存在しないので……」
リシュアは山を見た。
「魔法が“お菓子を持ってくる”だけを実行したんだと思います」
沈黙。
「つまり」
ネオリムが言う。
「アシュリーはクッキー一枚取ろうとして」
「はい」
「屋敷中のお菓子を回収した」
「たぶん」
「馬鹿じゃないの」
「それは否定できません」
アシュリーは素直に認めた。
再び沈黙。
やがてネオリムが大きく息を吐く。
「アシュリー」
「はい」
「今後、僕の許可なく魔法を使うな」
「はい」
「特に未来の術式は禁止」
「はい」
「分かった?」
「はい」
素直だった。
素直すぎる。
ネオリムは少しだけ拍子抜けした。
怒鳴るつもりだったのだ。
しかし。
目の前の少年は反抗しない。
言い訳もしない。
ただ申し訳なさそうにしている。
未来の自分ならどうするだろう。
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。
その時だった。
「ごめんなさい、父さん」
アシュリーが言った。
部屋が静まり返る。
本人も固まった。
「あ」
リシュアも固まる。
ネオリムも固まる。
数秒。
沈黙。
「……」
「……」
「……」
「……今のは」
アシュリーが目を逸らした。
「その」
「うん」
「癖で」
「うん」
「…えっと、ごめんなさい、ネオリム様」
「……」
ネオリムは何も言わなかった。
怒る気が少し失せていた。
それがなぜなのか、自分でもよく分からなかった。
〜〜〜
その後。
屋敷中のお菓子を元に戻す作業が始まった。
夜中にもかかわらず使用人たちは総出で働くことになる。
そして。
その中心で。
「これは厨房!」
「こっちは保管庫!」
「それ来客用!」
と叫びながら走り回る双子。
監視役として付き合わされるネオリム。
深夜の公爵家は、妙な賑やかさに包まれていた。
そして使用人たちは思った。
――この双子が来てから、一日も経っていないのだが。
先が思いやられる。
ネオリムは、心の底からそう思った。




