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26話 言葉足らずで不器用で


ネオリムは俯きながら、ぎゅっと膝の上にある拳を握りしめた。


(…きっと、同居は拒否されるな)


(…いや、アシュリーに言われた通りならば、同居の提案自体には特に問題は無かったはずだ。なら、一体アルターナはなにを言おうとして…?)


(……とはいえ、拒否された時はその時だ。その場合、社交界の連中に疑問視されないよう立ち回る方法を、今から…)



「…ちょっと、俯きながら話を聞くのがあんたの礼儀なの?」



アルターナに指摘され、ネオリムは姿勢を正し、目線を上げた。

アルターナと目を合わせる。

なぜか目を逸らしたくなったが、逸らすと絶対面倒くさい口論が始まるので我慢する。



「言っておくけど私、まだムカついてるんだから。

 …あの手紙のこと。」


「…そうか」


「本当に信じられない。読んだ瞬間に思わず手紙を落としたわよ!

なに?あの他人行儀なお手紙は?本当に婚約者に宛ての手紙?王宮かどこかに提出する書類でも渡してきたわけ?」


「…僕はそんなミスはしない。たとえそれが起きたとしても迅速に…」


「…あんた、それ本気で言ってるの?冗談が通じない男って嫌よ、私」


「……冗談で言った」


「そう。それは良かったわ。あと私、嘘をつく男も嫌なのよね」


「……嘘をついた、すまない」


「あの手紙といい、言動といい…あんたって本当に

不器用で無神経で愚直よね」


「…手紙が、他人行儀だったのは、申し訳なかった。君に対する配慮が無かったと反省している」


「……」


ネオリムが反論してくると予想し、反論の反論をいつものように用意していたアルターナは、やけに素直なネオリムを少し睨んだ後、ぷいっとそっぽを向いた。


「……反省したなら次からしないって約束して」


「……分かった」


「本当に?」


「…ああ。二度としないようにする」


「なによ、“二度としません”とは言えないの?」


「……また、間違えるかもしれないから」


アルターナはまた小言を言ってやろうと口を開きかけた


だが



(…今日、ちょっと素直すぎじゃない?)



いつものネオリムなら、ここまでの会話の中で何度も


“それは君の自己中な性格が引き起こした勘違いだ”


とか


“口約束ほど信用できないものはない。特に、君との”


とかいう、悪意があるのか無いのかわからない言葉を並べているはず。


少し心配になりチラリと隣を見ると、ネオリムは目元に影を落としながら俯いていた。


(…なによ俯いちゃって。……体調でも悪いのかしら?最近“資格の勉強に集中する”とか言っていたし、きっと寝不足で発熱中なのね。仕方のないやつ)


アルターナはやれやれとため息を吐きながらネオリムの額に手を当ててみた。


さらさらした紺色の髪の感触と、じんわりと額の温かさが手に伝わる。


特に熱は無さそうだ。



ネオリムの額から手を離してアルターナは考えた。



(ネオリムがこんなに素直だなんておかしいわ。熱でもあるのかと思ったけれど、無いし…)


(…あ、そうだわ。なんだか俯いているし、ただ不機嫌なだけね。…いいえ、それだと素直なのがおかしくなるわ…)



アルターナはネオリムの顔を少しだけ覗き込んだ


ネオリムはチラッとこちらに視線を向けたが、すぐにふいと目線を逸らす。


そこでアルターナは一つの可能性に気づいた



(…もしかして、ネオリム、今、反省…しているの…?)



幼い頃からネオリムと喧嘩をしてきたアルターナは、ネオリムが“反省”した瞬間をほとんど見たことがない。


はっきりとネオリムが反省した場面を思い出すとなると、ネオリムがアルターナの髪を誤って引っ張ってしまった時くらいしか思い浮かばない。

思えば、このしおらしい姿はあの時のネオリムに似ている気がする。


それほど、ネオリムが反省する姿は珍しい。…というか、ネオリムが反省する必要が無い場合の方が多いということが、少々癪であるが。



(……ムカつくけど、この男なりには反省したのよね)



…これ以上続けたら、まるでいじめているような気分になりそうだったので


アルターナは息を吐いて、言った



「……分かったなら良いわ。もうこの話はおしまい」



ネオリムは驚いたように目を見開いた



「許してくれるのか」


「あら、許すもなにも、私は怒ってないの。

 淑女は怒らないものよ?失礼しちゃうわ」


「…………」



“絶対怒ってただろ”という目を向けてくるネオリムを無視し、アルターナは言った



「それと」


「まだあるのか」


「うるさい。こっちが本題よ?黙って聞きなさい」



ネオリムは口を閉じた



「……行き来するの、正直面倒だったのよ。毎回馬車の準備して、着替えて、来て。……あんたたちだけでどんどん話が進んでいくのも、気に入らなかったし」


「……」


「私だけ蚊帳の外にされてる気がして、それも腹立たしかったわ。私が居ない間に随分と打ち解けてたみたいだし」


「…っそんなつもりは」


「最後まで聞きなさい、ネオリム」


「…」


「……結局は結婚するんでしょ。だったら早めにあんたの屋敷に馴染みたいの」



風が、アルターナの髪をふわりと持ち上げた。

そして、努めてなんでもないことのように、言った。



「……私も、あんたたちと一緒に住みたいわ」












「…ちょっと」


アルターナは、怪訝そうに眉を寄せた。


「聞いてるの?」


「…聞いている」


「じゃあ何か言いなさいよ」


「……分かった」


「分かったって、なにが」


「………同居の件だ」


「それは分かってるわよ、話の流れ的に」


ネオリムは、視線を庭のどこか一点に固定したまま、微動だにしなかった。



「…なによ、その顔。どういう感情よ」


「……」


「…ふぅん?無視?いい度胸ね。なら、この件は取り消…」


「細かいことを決めよう」


アルターナの言葉に覆い被さるようにしてネオリムが言った。


「…なに、急に」


「君がエスカディオの屋敷に住まうにあたって、大抵の必要なものは、こちらが用意する」


「…ああ、そう。そうして頂戴。

         …で、私の質問に答え…」


「君に仕えている使用人…確か、フローラだったか。他にも側仕えの使用人がいれば連れて行く人数を伝えてくれ。使用人用の部屋も用意する」


「…ふぅん。どうも、ありがとう。

          ……で、私の質問に…」


「それから、後ほど君のご両親にも同居の許可取りをするからついて来てくれ」


「…っ〜〜ちょっと!!ちゃんと答えなさ…」




「嬉しい」





アルターナは絶句した

今、この男は何を言ったのか




「…は?」




「…だから、提案を受け入れてくれて嬉しいと言っている」




「………あ、そう」




それしか言えなかった


また、風が吹いた


涼しくは、ならなかった


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