21話 侯爵令嬢の暇つぶし
「暇」
「もうすぐお紅茶が用意できますよ、お嬢様」
「私は暇なのよ」
「はい、用意ができましたのでお注ぎいたしますね」
アルターナのお付きの使用人であるフローラが、アルターナの目の前のカップに紅茶を注いだ
部屋に紅茶の良い香りが漂った
アルターナは紅茶をじっと見つめてからカップを摘み、優雅な所作で一口飲んだ
紅茶を少し睨んでから、茶菓子を一口。
そして再び紅茶を飲んでから…口を開いた
「…………この茶葉はダメね。渋いわ」
後ろに控えていたフローラがすぐに頭を下げた
「申し訳ございませんお嬢様、私の淹れ方が悪かったのかもしれません…」
「ふん。私は“この茶葉は”って言ったの。あなたの淹れ方には文句を言って無いの、わからない?」
「いえいえ、この茶葉を試すのは今日が初めてですので、私のいつもの淹れ方がこの茶葉に合わなかったのかもしれませんよ?」
「あなたが普段淹れる紅茶はどれも完璧。なのに茶葉を変えた瞬間に不味くなった。意味、分かるわよね?」
「はい。お嬢様が私のことを認めてくださっている…ということですよね」
「……フローラ、あなた、本当に生意気よね」
「光栄です」
フローラはにこにこしながらお辞儀をした
アルターナはため息を吐き、今日も綺麗な自慢の髪をくるくると指先に絡めた。
エスカディオ家であの大茶番のようなお茶会が開かれてから、今日でちょうど七日だ。
未来の子供たち。魔道具作り。血縁鑑定。公爵夫妻の帰還。浮気疑惑からの結婚話。
——怒涛の日々だったはずなのに、この七日間、エスカディオ家からは何の音沙汰も無い。というか、ネオリムはこちらに報告をする気が無い…もしくは忘れているのだろう、そう思うと余計に腹が立つ。
別に、連絡が欲しいと言っているわけではない。ただ、なんというか——
「…私だけ蚊帳の外じゃないの」
「まあっ、一体全体誰がお嬢様を蚊帳の外に…っ!?」
「やかましい。あなたは部屋の掃除でもしておいて頂戴」
「了解いたしました、お嬢様」
フローラは今度はあっさりと頭を下げ、掃除道具を取りに部屋から出ていった。
やっと静かになった部屋の中。
アルターナは渋い紅茶の味を甘い菓子で誤魔化しつつ飲み干し…立ち上がった
「…外に出ようかしら」
暇な時は外に出て、好きな服、アクセサリー、お菓子をひたすらに買う。
それが侯爵令嬢アルターナの、いつもの暇つぶし方法である
〜〜〜
ミフティス王国の中心である王都は常に賑わっている
王宮がよく見える大通りでは、屋台の客寄せやなんてことはない世間話、子供達のはしゃぐ声で満ち溢れており、その先の噴水広場ではベンチに座った老夫婦や恋人達が穏やかに過ごしている
アルターナは馬車に揺られながらその光景を見ていた
今見ている風景は確かに平和で心が休まる。しかし、だからといって“あの大通りの屋台を見て回ってみたい!”だとか、“噴水を見ながらベンチでゆっくり過ごしたい!”だとかは、侯爵令嬢であるアルターナにとって、特に縁も無く、興味も無い。
アルターナの目的地は、平民達の生活圏より先にあるーーより王宮に近い、貴族向けの店が立ち並ぶ通りである
ようやく目的の通りに入ると、馬車は止まり、扉が開かれる
護衛の男の手を取って馬車から降りると、使用人用の馬車から降りてきたフローラがアルターナに日傘を差した
「お嬢様、本日はどちらのお店に向かいましょうか?」
アルターナはじっと考えた
暇を潰すとなれば、普段は食事から済ませるのだが…別に、お腹が空いたから出てきたわけでは無いし、軽食は部屋で食べてきたし…
「…ドレス。ドレスを見に行くわ。もうしばらくしたらお城で舞踏会もあるでしょ?」
そう言ってアルターナはスタスタと歩き始めた
横にはフローラ、護衛を控えに置きながら。
〜〜〜
アルターナは行きつけのブティックに入った
「お越しくださりありがとうございますアルターナ様。本日はどのようなご用件でございましょう?」
「新しいドレスが欲しいの。カタログを持ってきて下さる?そこからデザインを選ぶわ」
「かしこまりました。そちらの椅子にお掛けになってお待ち下さい」
店内には、開いた窓から柔らかな風が通り抜けていた。表通りを行き交う馬車の音、遠くの屋台の呼び込みの声が、レースのカーテン越しに小さく届く。
ほんの少し経って、店員がカタログを持ってきた
「お待たせいたしました。こちらのデザインはつい最近、かの有名なファッションデザイナーのミュザンヌが手がけた一点ものでして…」
店員がおすすめのデザインや最近の流行の形を語り始めたのを聞き流しつつ、アルターナはカタログをめくっていく
(これは…流行りすぎて同じ形のものを着てる人が多すぎる。却下ね)
(こっちはフリルの形は良いけど華やかさが足りない。却下。)
完全に店員を無視してカタログをペラペラとめくっていく
すると、一つのドレスが目に入った
(…あ…これ、かわいい……)
一見すると華やかさに欠けるものの、品のある細かい意匠にふんわりとしたフリルのドレス。
(こっちはデザインは可愛いけど私には似合わない。却下。)
ペラペラとページをめくっていく…が、また先ほど見たドレスのページに戻る
(…かわいい。でも私に似合わないタイプのドレス。似合うとしたら、可愛い顔をしていて、穏やかな雰囲気の……)
優しい色合い
柔らかなレース
主張しすぎない飾り
華やかなドレスを好む自分には少し物足りないが、デザインは好み。
似合う少女が思い浮かぶ
「……リシュア」
思わず名前が漏れた
店員が首を傾げる
「何かございましたか?」
「いいえ」
アルターナは静かに首を振る
(あの子なら、絶対似合う)
淡く微笑む姿まで容易に想像できた。
窓の外で、誰かの笑い声がした。母親らしき女性が、幼い娘に何か色違いのリボンを見せて選ばせている。ふと視線をやったアルターナは、すぐにカタログへ目を戻した。
「これ」
アルターナがカタログのドレスを指差したことで店員が目を輝かせる
「ありがとうございます!」
「……ただし私のではないわ」
「え?」
「贈り物用に包んでちょうだい」
「かしこまりました」
店員が慌てて控えていく
その間にアルターナはページをぱらぱらとめくる
「……これでいいわ」
自分のドレスを選び終えたのは数分
「…これとこれ…色を変えたらこっちも似合いそうね…」
リシュアの服を選ぶ方が何倍も時間が掛かっていた
仕方が無い。自分の服を探すのも楽しいが、他の人の服を選ぶのは、倍楽しいのである。
〜〜〜
屋敷へ戻ると、アルターナはすぐに机へ向かった。
便箋を広げ、ペンを持つ。
『ネオリムへ』
……いや、それでは味気ない。
『ネオリム様』
……違う。
「…………」
フローラが後ろから覗き込む。
「お嬢様、お手紙ですか?」
「見れば分かるでしょ」
「エスカディオ家宛です?」
「ええ」
「会いたくなったんですね」
「違うわ。ただ、渡したいものがあるだけ」
「…うふふ」
「うふふ、じゃないの」
アルターナが書き始めようとした、その時。
“コンコン”と、部屋の扉が叩かれた
「お嬢様」
執事の声だった
「エスカディオ公爵家より、お手紙が届いております」
「…………え?」
アルターナの手が止まる。
フローラが嬉しそうに笑った。
「通じ合っておりますね…♡」
「うるさい。…持ってきて」
封筒を受け取り、裏返す。
間違いない。
エスカディオ家の封蝋。
(……何かしら)
招待状。
だが、目的は表に書かれていない。
アルターナは首を傾げながら、静かに封を切った——
しんと静まる部屋の中。
フローラは首を傾げた
「……お嬢様?どうされましたか?」
手紙が、アルターナの震える手からひらりと落ちた




