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18話 王子の勘違いを利用したら、厄介な協力者が増えました


「おかえりネオリム! それにリシュア嬢も!」


「……お、おかえりなさい……ネオリム、様……」



エスカディオ公爵家の玄関前にて、帰宅したネオリム=エスカディオは、一瞬だけ本気で踵を返したくなった。



正面には、満面の笑みを浮かべたジルニア王子。

その隣には、どこか疲れ切った顔をしたアシュリー。

しかも二人は、仲良く(?)並んで立っている。



どう考えても、ろくでもないことが起きているに違いない



ネオリムは馬車から降りながら、深い、深い、今日だけで何度目かも分からないため息を吐いた。


「……ジル。今度は何をしに来たんだ」


「大事な友人に会いに来るのに、理由なんているかな?」


「いる」


「冷たいなぁ」


にこにこと答えるジルニアの隣で、アシュリーが目を逸らした。

その反応だけで、ネオリムはだいたいの察しを得る。



――ああ、もう面倒なことになったな。



その確信だけは、驚くほど鮮明だった。


横では、リシュアがネオリムの袖をそっと引く。


「ど、どういう状況ですか……?」


「僕が知りたい」


「ええっ」


「僕の留守中に、誰かさんの兄がうまくやってくれた結果だろう」


「お兄ちゃん……?」



リシュアが不安げにアシュリーを見る。

アシュリーは小さく片手を上げた。



「一応、頑張った」


「その結果がこれ?」


「これ」



まるで他人事みたいに言うな、とネオリムは思ったが、口に出す気力がなかった。


「中へ入るぞ」


短く言い捨て、ネオリムはそのまま屋敷の中へ歩き出した。

ジルニアが楽しげに横へ並び、リシュアが慌ててその後を追う。アシュリーも続くしかない。






~~~






応接室に通される頃には、ネオリムの頭痛は確実に一段階悪化していた。


ソファに腰を下ろしたネオリムの隣にはリシュア。

向かいにはジルニアとアシュリー。

アシュリーはすでに「もう好きにしてくれ」と言いたげな顔をしている。


ネオリムはこめかみを押さえた。


「……で?」


静かな声だった。


「なぜここにいるのか、説明しろ」


「僕が?」


「お前以外に誰がいる」


「アシュリーでもいいんじゃないかな」


「お前から聞く」


「うーん」


ジルニアは少し考える素振りを見せ、それから朗らかに言った。


「面白そうだったから」


「帰れ」


「まだ何も説明してないのに」


「今ので十分だ」


ぴしゃりと返すと、ジルニアは肩をすくめた。

チラリとアシュリーとリシュアを見て、コホンと咳払いを一つ。

今度は真面目な顔をして言った


「…冗談は置いておいて……ネオリム。確認したいことがあるから、一旦二人には退室してもらってもいいかな?すぐに済ませる」


ネオリムは頷き、アシュリーとリシュアは首を傾げながら部屋から出ていった。

ジルニアは一息吐いた後、まっすぐネオリムを見据えた



アシュリーとリシュアは扉の外へ出てすぐに耳を澄ませていた



「じゃあ、もう少し詳しく説明しようか。僕は今日、たまたま君の屋敷を訪ねたんだ。すると、たまたま厨房付近で、君によく似た少年に会った」


「……」


「しかも、その少年は君の執務室を出入りし、ロガートや使用人たちから自然に扱われていた」


「……」


「さらに、その少年の妹は、この前君の婚約者とのお茶会に同行していた」


ジルニアはぐっと拳を握りしめた



「ネオリム。君は何を隠しているんだい?」




「ジル」


ネオリムはゆっくりと顔を上げた。



「お前、どこまで考えている」


「うん?」


「勝手な推理を披露してみろと言っているんだ」



その言葉に、ジルニアは気まずそうに目を逸らした

嫌な予感しかしない。



「じゃあ遠慮なく言ってしまうけれど…」




そして王子は、心底まじめな顔で言った




「あの二人、エルヴィン公爵の隠し子だろう?」




応接室に沈黙が落ちた




(………何を言っているんだこいつは)




外で聞き耳を立てていたアシュリーとリシュアは盛大にずっこけた



だが——



次の瞬間、ネオリムの頭の中で、何かがかちりと噛み合った。


公爵家に突然住み着いた双子

ネオリムと似すぎた顔

屋敷での厚遇

そして、誤魔化し切れない数々の不自然さ



……未来人だと悟らせるよりは、はるかにましだ。



父には悪いが、未来人だと悟られるよりは遥かにましだろう



ネオリムは数秒だけ黙り、それから深く息を吐いた。




「……お前の想像力には、心底呆れる」


「…でも、違わないんだろう?」


「……完全に違うとも言えない」




ジルニアはぐっと唇を噛みながら俯いた



「やっぱりか…」


「声を抑えろ」


「ああ。すまない、こんなことを聞いてしまって」



王子の瞳は揺らいでいた

ネオリムの父・エルヴィンとはそこそこ顔を合わせたことがあるから、隠し子がいたことに少しショックを受けているのだろう。…まあ、真っ赤な嘘だが


ネオリムとて昔からの友人に嘘は吐きたくなかったが、状況が状況である。リシュアとアシュリーが未来人だとバレてしまえば、好奇心で動くジルニアはこの屋敷にさらに頻繁に通い詰めるようになるだろう。そうなれば、“エスカディオ家に何かあったのか?”と貴族たちからも好奇の目で見られ、調査され、結果的に双子の存在がバレる。……それは避けたい



…だから——父には犠牲になってもらおう



「……父上が若い頃に、外で生まれた子供がいた」



ネオリムはできるだけ平板な声で言った。



「最近になって、その存在と事情が判明した。だから保護している。それだけだ」



「なるほど……」



ジルニアは両手を組んだ。



「だから二人ともこの屋敷に……」


「ああ。事情が事情だから、外には漏らしたくない」


「……ネオリムは、そのことを昔から知っていたのか?」


「……………つい最近知った」


「公爵夫人は……大丈夫なのか?」


「……………………泣いていた」


ジルニアが傷ましそうな顔をしている

ネオリムは目を逸らした


「…誰にも言わないでくれ。屋敷内でも…まだ一部の使用人にしか真実を告げていないんだ」


「もちろんだとも! そんな重大な話、軽々しく口外したりしないよ!」


「…………はぁ…」



話が一区切りついたところで、ネオリムは扉の外へ声をかけた。



「二人とも、入ってこい」



ほどなくして、リシュアとアシュリーが応接室へ戻ってくる



リシュアは恐る恐るネオリムを見る。

アシュリーも同じだった。

だがネオリムは、二人に今は黙っていろとでも言うように、ごく小さく視線だけを送る。


気づいたのはアシュリーだけだったらしい。

彼は小さくため息を吐き、口を閉ざした。


リシュアは半分ほどしか状況を呑み込めていない顔をしている。



「……でも」


ジルニアがふと首を傾げた。


「それなら、あの面白そうな魔道具の図面はなんだったんだい?」



来た

できれば触れてほしくなかった話題に、ネオリムは眉を寄せる



「見たのか」


「少しだけ。リシュア嬢が持っていたからね」



ジルニアは悪びれもせず言った



「見たことのない理論だった。王宮研究所でも知られていないようなものだ」


「……」


「それにアシュリーも、ただ保護しているだけの相手にしては、ずいぶん執務へ深く関わっている」


「………」


「そしてつい最近。エスカディオ公爵家から『王国認定魔導技師資格試験』の過去問題の取り寄せがあった。

…ふふ、王宮の研究所で話題になってたよ?“エスカディオの誰が試験を受けるんだろう”って」



ジルニアはそこで紅茶を一口飲み、にこりと笑った



「だから、もうひとつ推理したんだ」



嫌な予感しかしない



「君たちは何かを進めている。しかも、かなり面白いことを」




リシュアの肩がびくりと跳ねた

アシュリーは完全に無表情になった

これは諦めた時の顔だ、とネオリムは知っている。だっておそらく、自分も同じ顔をしている




「……ジル」


「うん?」


「どこまで首を突っ込む気だ」


「許される限り、かな?」


「許されない」


「じゃあ、許されるよう努力するよ。君の力になりたいんだ」



会話にならない

ネオリムが眉間を押さえた、その時だった

隣のリシュアが、そっと袖を引いた



「……ネオリム様」


「なんだ」


「ちょっとだけ……」



ひそひそ声だった。

ネオリムがわずかに耳を寄せると、リシュアはさらに小声で囁いた。



「……ジルニア様、研究好きなんですよね」


「今はそういう問題じゃない」


「でも、王族ですし、資格とか、許可とか、その……色々、早くなるかもで……」


「……」


「それに、もう見られてますし……ちょっと巻き込んだ方が、逆に安全かも……」



ネオリムは黙った。


それは、考えていなかったわけではない

王子を遠ざけるのは難しい

しかもこの男は、ただの厄介者ではない。王宮にも研究所にも出入りできる立場で、好奇心と行動力がある



面倒だ。だが、使えない駒では決してない。


問題は——信用していいかどうか。


そこで、ネオリムはジルニアを見た。



ジルニアは相変わらず、こちらを期待に満ちた目で見ている。

好奇心に満ちているくせに、そこに悪意は薄い。

むしろ、どこか「力になりたい」と本気で思っている顔だ。



昔からそうだった。

面倒で、騒がしくて、空気を読まないことも多い

けれど、根っこのところで、情のない人間ではない



厄介で、面倒くさい、弟のような存在。


厄介だが——



「ジル」


「うん」


「返事が早い」


「良い返事しかしないつもりだからね」


「それが一番信用ならない」


「ひどいなぁ」



ネオリムは一度息を整えた



「お前の推理のすべてを肯定するつもりはない」


「うんうん」


「だが、事情が込み入っているのは事実だ」


「そうだろうね」


「そして、一部には……魔道具の研究も関わっている」



その言葉に、ジルニアの目がぱっと輝いた


まるで今にも立ち上がりそうな勢いだったので、ネオリムは先に釘を刺す



「ただし、勝手な行動は許さない」


「はい」


「口外もしない」


「はい」


「面白そうだからと余計なことをしない」


「善処するよ」


「なら今すぐ帰ってくれ」


「ごめんごめん、待って、そこは努力すると言わせて」



ネオリムは本気で迷った

今からこの王子を窓の外へ放り出せないものかと、わりと真剣に考えた



だがジルニアは懲りずに身を乗り出してくる



「つまり、少しは混ぜてくれるってこと?」


「条件付きだ」


「条件?」


「僕の指示に従うこと。勝手な憶測で動かないこと。二人に余計な詮索をしないこと」


「えっ、それ全部?」


「当然だ」


「厳しいなぁ」


「嫌なら帰れ」


「帰らない」



即答だった



「…だろうな」



そう言いながらネオリムは、呆れたようにため息を吐いた



「…あの、ネオリム様」



アシュリーがぼそりと口を開いた



「……なんだ」


「殿下は…たぶん、魔道具の図面を見せない限り帰らないと思います」



ジルニアがにっこりした。



「話が早いね」


「ありがとうございます」

アシュリーは死んだ目で言った。



リシュアが、おずおずと手を上げる。



「えっと……じゃあ、本当にちょっとだけなら……」


「リシュア」



ネオリムが低く名を呼ぶ

だがリシュアは怯まず、むしろ真剣な顔をした



「ネオリム様、こういう方は中途半端に隠すと余計見たがると思います」

「……」

「だったら、見せてもいいところだけ見せた方が、管理しやすいです」



リシュア自身、好奇心を抑えられない研究者気質だからこそ、その言葉には説得力があった



ネオリムはこめかみを押さえた



「……本当に、僕の周りはどうしてこう面倒な人間ばかりなんだ」


「ネオリム様も十分面倒だと…」

「アシュリー。黙れ」

「はい」


素直だった。

腹が立つくらいに。



ジルニアはそんなやり取りを見て、少し安心したように微笑む



「決まりかな?」


「まだ決まってない」


「でも半分くらい決まってる顔だよ」


「気のせいだ」


「ネオリム、昔からそういう時は大体もう諦めてるよね」


「……昔を持ち出すな」


「じゃあ今を見る。君、かなり諦めてる顔してる。つまりもう僕に協力を頼みかけてるってこと」



図星だったので、ネオリムは返せなかった。


それからほんの少しの沈黙ののち



「……分かった」



ネオリムが言うと、ジルニアはぱっと顔を輝かせた。



「本当!?」


「ただし、本当に一部だけだ。研究の核心や、余計な背景までは話さない」


「うん!」


「そして、僕が危険だと判断したら即座に手を引かせる」


「うんうん!」


「返事だけは良いな」


「嬉しいからね!」



その笑顔は、腹立たしいほどまっすぐだった


ネオリムはもう一度ため息を吐く

今日だけで寿命が縮んでいる気がした



「ロガート」



扉の外へ声をかけると、すぐに老執事が姿を現した



「はい、坊ちゃま」


「坊ちゃまと呼ぶな。それと、筆記具と、研究資料のうち簡易なものをいくつか持ってこい」


「かしこまりました」



ロガートは一礼して出ていく


…未来でも僕のことを坊ちゃまと呼ぶのだろうか



「ねえ、ネオリム」



ジルニアが嬉しそうに身を乗り出す。



「僕、役に立つと思うよ」


「そうだといいな」


「王宮の工房や研究所にも多少は顔が利くし、技師資格関係の話も聞ける」



ネオリムの視線が、すっと細くなる



「……最初からそれを言え」


「いや、まだ混ぜてもらえるか分からなかったし」


「そういう有益な情報は先に出せ」


「次から気をつける」


「“気をつける”ではなく“そうする”だろう。お前は昔からそう言って結局は——」


「うんうん。分かった分かったってば!

全く…そうやって説教風に絡むからアルターナさんに…」



「ジルニア」



ネオリムの低い声に肩をすくめ、「ごめんごめん」と言いながらジルニアはにこりと笑った



本当に面倒くさい。王子とはいえ、変に懐かれた年下の面倒を見るのは苦手である



隣ではリシュアがほっとしたように息を吐いている

向かいではアシュリーが「なんでこうなったんだろうな……」という顔で焼き菓子を口に運んでいた



その様子を見ながら、ネオリムは思った


メディール家で未来の娘を紹介した日くらい、穏やかに一日が終わってくれてもよかったのではないか、と


だが現実は、帰宅早々王子に秘密の半分を握られ、しかもそのまま協力者候補にまでなっている



最悪だ



そう思うのに——



「…少しだけ、前に進んだかも……?」


とリシュアがおずおず言うのを聞いていると、完全には否定しきれなかった。



たしかに、事態はまたひとつややこしくなった。

だが同時に、使える手札も増えたのかもしれない。



厄介だが

とても厄介だが



ネオリムは紅茶を一口飲み、それから低く言った



「先に言っておくが、面白半分で壊したら許さないからな」


「壊さないよ」



ジルニアは胸に手を当て、どこか芝居がかった仕草で笑う



「ネオリムの大事な秘密なんだろう? だったら、ちゃんと大事にするさ」


 

その言葉に、ネオリムは一瞬だけ黙った



軽い調子のくせに、一線は越えない

……真面目なのだ

たまに出てくる彼のそういうところに、王子としての、人としての在り方が垣間見えて嫌いになれない。昔からずるいと思っている



やがてロガートが魔道具の資料を運んでくる


「あ!来た!」と子供のように言いながらジルニアが勢いのまま立ち上がった



琥珀色の瞳が輝き、整った白銀の髪が小さく流れる

…そこだけ見れば、ただの綺麗な王子様にしか見えないというのに


ジルニアは運ばれてきた図面を宝物を見るような目で眺めた



「……すごい」



その小さな呟きを聞きながら、ネオリムはもう一度だけ深いため息をついた



(……今日は、本当に疲れた)



ネオリムはため息を吐きながら窓の向こうを見た



とっくに外は暗くなり始めている



新しい協力者――と呼んでいいのかは怪しいが――を交えた、厄介な夜が始まろうとしていた。


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