17話 王子の推理
「…………」
「…………」
厨房と廊下の境目で
アシュリーの思考はぐるぐると巡っていた
(…なんでこの王子がここに…!?ていうか、俺の顔見過ぎだろこの人!!…いやいや、そんなことよりもこの状況から早く脱しないと…っ…!!)
ひとまずアシュリーは、絞り出すように声を出した
「…し、失礼いたしました殿下。お怪我はございませんか…?」
「……あ、ああ。うん。僕は平気だよ。」
とジルニアは言いながらも、抱きしめているような体勢のまま。アシュリーの顔から目を逸らさない。
厨房の料理人たちも、ロガートも、なんとも言えない空気で黙っている
やめてほしい。男同士でどうこうする趣味は無いというのに
そこでふとアシュリーは思い出した
…そういえばこの王子、未来では公爵位を授かっていたのにも関わらず独身で、ちょっとした後継者問題に発展していた気がする
………そういうこと、なのか?
アシュリーは悪寒が背筋を這い回るのを感じた
「…殿下、離していただけますか」
アシュリーが声をかけるまで、ジルニアはアシュリーの顔面に釘付けだった
「…おっと、すまない。…あまりにも似ていたから」
「…」
ジルニアはニコニコしながら離れ、アシュリーの頭のてっぺんから爪先まで見つめる
アシュリーは心の中で深い深いため息を吐いた。
逃げたい。
だが、ここで背を向けたら余計に怪しい。
アシュリーはチラリとロガートを見た
助けてくれという視線である
だがロガートは、ごく自然に目を逸らした
完全に裏切られた
…その上、料理人たちはいそいそと調理場に戻っていった
「ええと」
ジルニアは、わざとらしく考える素振りを見せる。
「君も“遠い親戚”かな?」
アシュリーは数秒考えた。ここで否定する意味はない。
リシュアが遭遇した時点で、リシュアがその設定を押し通している。
ならば乗るしかない。
「……そういうことに、なっています」
「へえ。“なっています”」
「…細かいところを気にすると疲れますよ」
「僕は気になるところを気にするのが趣味なんだ」
「知ってます」
言ってから、しまったと思った。
ジルニアの眉が、ぴくりと動く。
「おや。僕のこと、知ってるの?」
「……ネオリム様から、少し」
嘘ではない。嘘ではないが、かなり危なかった。
ジルニアはじっとアシュリーの顔を見た。
柔らかく笑っているくせに、中身はまったく笑っていない。
観察しているような、値踏みしているような…
「名前は?」
「アシュリーです」
「姓は?」
…姓。
リシュアが名乗ったのは…確か……
「…ロンフォードです」
(危なっ、聞いておいて良かった……)
ジルニアは面白そうに言った
「この前ここの庭園で会ったレディも、確かロンフォードだったね。兄妹?」
「そうです」
「なるほどねえ」
全然“なるほど”と思っていない顔だった。むしろ、ますます楽しんでいる。
「立ち話もなんだし」
ジルニアがにっこり笑う。
「少しお茶に付き合ってくれる?」
……断れるわけがなかった。
〜〜
客室に通されるまでのあいだ、アシュリーは終始無言だった。
逃げ出したい気持ちは山ほどあったが、前にはロガート、横には上機嫌な王子
逃げ場がない
通された客室では、すでに茶器が整えられていた。仕事が早い。たぶんロガートの差し金だ。あとで恨む。
「座って」
「失礼します」
向かい合って腰を下ろす。
ジルニアは頬杖をついて、じっとアシュリーを眺めた。
「あの」
「なに?」
「そんなに見られると落ち着かないんですけど」
「うん。見てるからね」
「…否定なさらないのですね」
「だって、すごく似てる」
ジルニアは、楽しそうにカップを持ち上げた。
「この前のリシュア嬢もネオリムに似ていたけど、君はもっとだ。顔立ちもそうだし、今の面倒くさそうな顔なんてネオリムにそっくりだよ」
「褒め言葉として受け取っていいですか」
「好きにしていいよ」
全然褒められた気がしない。
アシュリーは使用人達が運んできた菓子を見た。
焼き菓子
小さなタルト
砂糖菓子…
アシュリーが手を伸ばす間も無く、ジルニアが話しかけてきた
「ねえ、アシュリー」
「はい」
「君、何を隠してるの?」
……直球すぎる
アシュリーは一瞬だけ目を伏せる。ここで慌てたら終わりだ
リシュアなら青ざめて墓穴を掘るだろうが、自分は違うのである
「隠し事のひとつやふたつ、誰にでもありますよ」
「そうだね。でも君のは、なかなか大きそうだ」
「殿下の好奇心を満たせるほどではないかと」
「いや、満たせそうだよ。昨日のレディといい、君といい、面白いものが続いてる」
ジルニアは紅茶をひと口飲んだ。流石は王族。年下とは思えない優雅な所作に、ほんの少しだけ見入ってしまう
それからジルニアは何気ない口調で続けた
「遠縁の兄妹にしては、公爵家に馴染みすぎてるよね」
「……」
「厨房に勝手に入って、料理人たちと普通に話して…」
(…この王子………思ってた以上に……)
「ロガートにも自然に接していただろ?僕は昔からよくこの屋敷に遊びに来ていてね。ネオリムと遊ぶときはいつもロガートが見守り役で…厳しい人だったよ。
“主人の言うことは絶対”…みたいな。」
(…リシュア、この王子相手によく切り抜けたな)
「だというのに…そんなロガートが、ネオリムに接する時くらい丁寧に君と接していた」
「……はい。遠縁の者だからといってご丁寧にしてもらって…」
ジルニアはニコリと笑った
…もうそろそろこの人の笑みが嫌いになりそうだ
「…さっきぶつかった時に触ったんだけど…指、平気かい?」
「…?、はい。怪我はないですけど…?」
アシュリーは自分の指を見た
そして、ジルニアの質問の意図を察し、血の気が引いた
「…君、指にはペンだこ。インクもついてる」
まずい。かなり、まずい。
「遠くの家族に手紙でも書いていたのかい?」
「……いえ…その………」
下手に嘘は吐けない。この王子はすぐにでも“じゃあその手紙見せてよ”とか言い出しそうだ。だからといって、執務を行なっていただなんて言えない
「じゃあ書類仕事でもしていたのかい?」
「…ま、まあ、はい。少し手伝いを……」
「ふむふむ。ちなみにどういった系統の書類仕事を手伝っていたのかな?君がお手伝いをしていた場所は?……ネオリムの執務室とか?」
「………はい」
「へえ……面白いね。ネオリムは僕でさえ“機密事項もある”とか言って執務室に入れてくれなかったし、部屋に入室可能な使用人も管理されてる。自由に出入りできるのはネオリムとネオリムのご両親のみ!…だというのに、そこまで信頼されているだなんて!」
「……そ、そう…なのですか…」
「君はネオリム不在、公爵夫妻不在の中、執務室を自由に行き来できているようだし…だとしたら、まるで……」
ジルニアの唇が、ゆっくりと弧を描く。
「この家の人間みたいじゃないか?」
アシュリーは、しばらく黙っていた
誤魔化せるか。誤魔化せないか。
いや、たぶん、正面からは無理だ
……なら、賭けるしかない
「……殿下」
「うん?」
「ひとつ、提案があるんですけど」
ジルニアの目が細くなる。興味を持った顔だ。
「提案?」
「はい」
アシュリーは、できるだけ落ち着いた声で言った。
「今ここで無理に暴かない方が、面白いと思いませんか」
ジルニアが瞬きをする
「殿下は、面白いことが好きなんでしょう」
「…まあ、そうだね」
「なら、今問い詰めて全部終わらせるより、しばらく黙って見ていた方が得です」
「…なるほど?」
「今ここで俺かリシュアを追い詰めたら、ネオリム様は確実に警戒します。そうなったら、殿下が知りたいことも全部遠ざかる」
「……」
「でも、知らないふりをしていれば、もっと色々見られるかもしれない」
客室の空気が、静かに張りつめる
ジルニアは楽しそうに笑いながら、小さく唸った
アシュリーは自分でも、かなり危ない賭けをしていると思った
相手は王子だ。
気まぐれひとつで全部壊せる立場の人間。
だが、目の前の男は権威で押し潰すより、面白い方を選ぶタイプでもある。
…たぶん。きっと。そうであって欲しい。
数秒後
ジルニアはふっと笑った。
「君、いい性格してるね」
「よく言われます」
「ネオリムに似てる」
「不本意です」
「そこも含めて」
ジルニアはくすくす笑ったあと、肘掛けに頬を預けた。
「なるほど。黙っていた方が面白い、か」
「はい」
「たしかに、一理ある」
(……ひとまず、延命完了だな。後は父さんに全部任せよう………)
「じゃあ」
ジルニアが明るい声で言う。
「しばらく黙っててあげる」
「……ありがとうございます」
「ただし条件つきで」
やっぱりきた
この王子が黙って要求を呑むはずがない
アシュリーは真顔のまま続きを待つ。
「条件?」
「うん」
ジルニアは楽しそうに指を一本立てた。
「僕も混ぜて」
アシュリーは黙った。
予想通りすぎて、逆に何も言えなかった。
「具体的には……この前とっても楽しそうな魔道具の図面を見せてもらったんだ。だから、それも見せて欲しいし、君たちが裏で進めていることにも協力したい。
…面白いことを君たちだけで進めるなんて、ずるいだろう?」
「いや、ずるいと言われても」
「それに、秘密を共有した方が仲良くなれる」
「共有してないんですけど」
「これからするかもしれない」
「しないかもしれません」
「でもするかもしれない」
会話が進まない。なるほど、とアシュリーは思った。父が嫌がるわけだ。これはたしかに、面倒くさい。
「返事は急がなくていいよ」
ジルニアはにこやかに言った。
「だって、ネオリムが帰ってきたら、本人にも聞くから」
「……」
「それまで、君とお茶でもして待っていようかな」
それを聞いた瞬間、アシュリーは本気で顔をしかめた。
(……父さん、書類仕事サボってごめん。
………早く帰ってきてくれ……)
そんなアシュリーの目の前にいるジルニアは、窓の外を遠い目をしながら眺めていた
(……ネオリム………)
ジルニアは幼い頃からずっと、ネオリムとまるで兄弟のように過ごしていた
一緒に遊ぶのも好きだし、勉強を教えてもらうのも好き。なにかをやらかしたときに叱ってくれるのも、大切に思ってくれているように思えて嬉しい。
……僕が何をしようとも無関心な兄達とは、なにもかもが違う
だからこそ、ジルニアはネオリムのことを兄のように慕っている
(……リシュアとアシュリー…この二人と話していると、思わず楽しくなってしまうけれど…そんなことよりも…っ…)
ジルニアは、ぎゅっと膝の上の拳を握った
(…エルヴィン=エスカディオ公爵に隠し子がいたなんて…!!)
(しかも、二人も…っ…!!!)
信じ難い。だが、リシュアとアシュリーを見ていると、そう考えるしか説明がつかなかった。
リシュアは当たり前のように公爵家を歩き、ネオリムの婚約者とのお茶会にまで同席している。
アシュリーは執務を任され、使用人たちも自然に接している。
……ただの遠縁が、そこまで許されるだろうか
いや、あのネオリムだ。公爵が不在の中、そんなことをただの親戚に許すはずがない。
そして何より――二人とも、あまりにもネオリムに似ていた。
(……ネオリムも、最近まで知らなかったんだろうな)
あのネオリムが、そんな重大なことを長年隠していたとは思えない。
きっと突然現れた兄妹に、戸惑いながらも受け入れようとしているのだ
ジルニアはちらりと向かいを見た。
アシュリーは疲れ切った顔で焼き菓子を口へ運んでいる。
礼儀正しく、頭の回転も速い。
少し面倒な性格ではあるものの、悪い人間ではない。
(……今度は僕が、ネオリムを支えよう)
(…今まで僕の世話を焼いてくれたネオリムを、僕が手伝うんだ…!!)
…ただ
リシュアが持っていた魔道具の図案書。
部品、素材、式……その全てが、見たことのない理論だった
あれを見てから、少々好奇心に身を任せすぎていたのは自負している。
しかし、兄弟が増えたネオリムのサポートもしてやりたいのは本当だ。
…でもでも、見たことのない魔道具の図案も気になる………
(…ネオリムに直接聞く勇気が無い僕も僕だけど)
そんな決意と、隠しきれていない好奇心を抱えながら、ジルニアはぬるくなってきた紅茶を飲んだ。
……完全に見当違いだった。
もっとも、未来人などという発想に至るはずもないのだから、仕方のないことではある。
すると
「…おや?」
「…どうかなさいましたか」
気がつけば、門の前に馬車が止まっていた
ネオリムとリシュアが馬車から降りているのが見えた
「ネオリムが帰ってきたようだね。一緒に迎えに行こうか」
「………はい」
アシュリーは立ち上がった
(…俺はもう十分頑張った。…父さん、あとは頼んだ)
二人は客室を後にした




