16話 俺もお茶会行きたかった
メディール家のお茶会に参加する前日
「えー、本当に俺、行かなくていいのか」
執務机の向こうで、アシュリーは露骨に嫌そうな顔をしていた。
その目の前には、書類の山脈が連なっている
自ら「自分が引き受ける」と言い出した仕事である。
「あなた、自分で引き受けたんでしょう?」
アルターナが呆れたように言う。
「そうなんだけどさ……」
アシュリーは万年筆をくるりと回した。
「父さんと母さんと、メディール侯爵夫妻と、リシュア。どう考えても不安しかない」
「お前がいても不安は減らないだろう」
ネオリムが即座に言うと、アシュリーはすぐに肩をすくめた。
「まあ、さすがに書類放置はまずいし。俺は留守番でいい」
「そうしなさい。あなたまで来たら、余計ややこしくなる気しかしないもの」
「否定できない」
アシュリーはあっさり頷き、次に妹のほうを見た。
リシュアは満開の笑みで「おじい様、おばあ様……早く会いたいなぁ…楽しみ〜!」と言いながら執務室をくるくる回っている
アシュリーは呆れたため息を吐いた
確かに自分も、可愛がってくれているおじい様とおばあ様が好きだ。でもあの二人は少々愛が重いというか、過保護なところがある。
一気に未来の孫が二人も会いに来たら……
………きっと、とんでもなく浮かれるだろう。
(…まぁ、今日じゃなくても会えるだろうし、お茶会も会話メインのお菓子の分け合いだから興味無いんだよな)
みんながお茶会で優雅に過ごす間、自分はお菓子を独り占めしようと計画を立てつつ
アシュリーは今日も明日も書類仕事に打ち込むことにした
〜〜〜
「…行ってくる。何かあればロガートに頼れ」
「はい」
「お兄ちゃん、いってきます!」
「お〜」
メディール侯爵家に向かう馬車に乗り込む父と妹を見送った後、アシュリーは執務室に戻った
しばらくは書類の山を片付けていたが…
「……飽きた」
アシュリーは立ち上がり、執務室から出た
「…おや?アシュリー様。どうかなさいましたか?」
「ああ。書類仕事に飽きたから菓子でも貰おうかと思って」
アシュリーに話しかけて来たのは、老執事のロガートだ。
「言ってくだされば執務室まで持って行きますのに」
「あそこで食べると父さんが怒るんだよ。“書類が汚れたらどうする”〜って」
「…なるほど」
血縁鑑定が済んでから、アシュリーとリシュアは正式に“エスカディオ家の者”として認められ、一部の使用人にのみ“未来の子”として伝えられ、それ以外の使用人たちは、“エスカディオの遠縁”として認識されている
ロガートは、アシュリーたちが未来の子だと知る使用人の一人である
「アシュリー様、紅茶の準備等はどういたしますか?」
「…んー……いや、いい。昼寝できなくなる」
「……承知いたしました」
今、“本当にネオリム坊ちゃまの息子か…?”という目で見られた気がするが、アシュリーは気にしない
厨房に入ると、最近仲良くなった料理人たちが迎えてくれた
「おお!アシュリー様!今日もお菓子の試食ですかな?」
「おー…いい匂い…試食!試食させてくれ!」
アシュリーが適当な椅子に座ると、その近くのテーブルに菓子が置かれた
素朴だが味わい深いクッキーに、ちょこんと乗った木の実が可愛らしいカップケーキ。さらに、果物のスムージーまで!
アシュリーはキラキラした目で「食べていいか!?いいよな!?」と言いながらお菓子を頬張る
料理人たちは、本当に美味しそうに食べるアシュリーを見ながら誇らしそうに、嬉しそうにしていた
しばらくすると、扉を叩く丁寧なノックの音がした
「アシュリー様。試食中失礼いたします」
厨房にロガートがやって来た
「ん?どうした?」
「…主人が不在だと断りはしたのですが……」
ロガートは一息吐いてから、言った
「……ジルニア王子殿下が、ご来訪されました。現在、客室にて待機していただいております。
……もっとも、殿下のお人柄を考えると、今も客室にいらっしゃる保証はございませんが」
アシュリーはお菓子の最後の一口を食べた
美味い。もっと味わいたかった
「……ちょっと不敬じゃないか?」
「……単なる私の経験上の推察でございます」
「…ちなみに、王子、なんて言ってたんだ?」
「………“ネオリムが婚約者とのお茶会に向かったことは分かっている。しかし、まさか遠縁のものが婚約者とのお茶会に同伴するはずがないだろう?”…と、おっしゃっておりました」
「…“遠縁”って、リシュアのことだよな」
「…おそらく」
「…リシュア、今いないけど」
「…ジルニア殿下を客室に案内した際の様子を見るに……探しておりました」
「…リシュアを?」
「……断定は出来ませんが」
アシュリーはため息を吐いた
「…とりあえず、父さ………ネオリム様たちが帰ってくるまで俺は隠れるから。
ネオリム様に書類仕事進んでないこと咎められた時は味方してくれ」
そう言い残してアシュリーが厨房の扉を開こうとしたその瞬間
“ぼふっ”
「いてっ」
「いたっ」
……なにかに、ぶつかった
反射で痛いとは言ったものの、ほとんど痛みはない。
「失礼!大丈夫かい?…………ん…?君……」
人の良さそうな声だった
その声で抱き止められていることに気づいた。
ぶつかってしまって申し訳ないと思った。
…同時に、ノックぐらいしてから入室しろとも思った。
「…ああ、大丈夫……」と言いながらアシュリーは顔を上げる
銀食器のような色の髪、熟れたオレンジのような瞳。
…王家の勲章
アシュリーの顔が引き攣った
………王子様が迎えに来たようだ




