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15話 未来の娘を紹介します



「……と、とりあえず、皆さんお座りになってくださいな」



最初にどうにか声を絞り出したのは、ミルシアだった。


引きつった笑顔。けれど侯爵夫人として客人を立たせたままにしておくわけにもいかない、という理性だけでどうにか立っているような顔だ。



ガロードもまた、こほん、とひとつ咳払いをした。



「そ、そうだな。立ち話もなんだ。ネオリム君、後ろの…あー……貴女も、どうぞ」



「ありがとうございます」ネオリムが一礼し、その後ろでリシュアも慌てて頭を下げる。

アルターナは当然のようにネオリムの隣へ。

そのさらに隣に、少し緊張した面持ちのリシュア。



向かい側にはガロードとミルシア、そしてその隣にターテルが座った。


紅茶が注がれ、小菓子が運ばれる。見た目だけなら、どこまでも穏やかで上品なお茶会の光景だった。



——見た目だけなら。だ。



「……アルちゃん」


「なに?お母様」


「……本当に、それでいいのね?」


「……………なにが???」



ガロードはネオリムを見つめている。

まるで、信じていたのに裏切られたかのような目線で



「………ネオリム君。君は……

…女性に対して、こんなにも丁寧に接することができたのだな」


「………?、僕はいつでも丁寧にしているつもりですが…?」


「……いや、いいんだ。その様子だと……君たちの間では既に解決したことなんだろう。…君たちの人生だ。我々が口を出す権利などないが、親としては……」



ネオリムは一瞬だけ「…?」と理解できなかったが、ガロードやミルシアの様子を見てすぐに察した


「…………あぁ、分かりました。

   ……最悪な勘違いをなさっているようですね」



ネオリムはリシュアの方を見やる

リシュアはもじもじしながら


「…わ、私、来ない方が良かったんじゃ…」…と呟いた。

未来の祖父母とは違う様子に、少し怖気付いているようだ


「…いいや、おそらく大丈夫だ。説明を聞いた後は大喜びに……」

ネオリムがリシュアを安心させるように声をかけると…



「…っ……ネオリム君。先ほどから思っていたが、隣にアルターナがいるのにも関わらずっ、そちらの女性と…!!」


急な怒声に、ネオリムとリシュアはビクッとした。

そんな二人を見てアルターナがクスクス笑ったものだから、ガロードまでビクッとした



ミルシアは、リシュアをちらちら見ている。


その視線には、警戒と困惑、そして、言い表しがたい悲壮感まで混ざっていた。



対してアルターナの兄・ターテルだけは、黙ったままリシュアを見て、わずかに目を細めていた



(……この子………ネオリムに似てる…?親戚か?)



(……気づいたか)ネオリムはそう思った。ターテルの視線は、他の二人とは違った。


疑うというより、観察している目だ。さすがに、聡い。


庭園に、薄暗い雰囲気が流れ始める


ネオリムは息を吐いた


その原因は、ほんの数分前まで遡る――




〜〜〜




リシュアは、朝からそわそわしていた。


昨日までは「私もおじい様とおばあ様に会いに行きたいです!!」と大騒ぎだったのに、今日は落ち着かないらしい。


髪を整えては直し、袖を気にしてはまた座り直し、何度も小さく深呼吸している。


メディールの屋敷に向かう馬車の中で、ネオリムは問うた

「…緊張しているのか」

「し、してないです」

「してるな」

「…うぅ……」


リシュアがしゅんと肩を落とした。


その声音には、緊張だけではない響きがあった。


未来で会っている

知っている

大好きな祖父母


けれど今から会うのは、“まだ自分を知らない頃”の二人なのだ。


メディール侯爵家の門前で、迎えに出てきたアルターナが、そんなリシュアの顔を見て、ふっと眉を上げた。


「なによ、その顔」


「え?」


「そんなに緊張するなら……」


アルターナは、わざとらしくネオリムをちらりと見てから、口元に少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。


「大好きなパパの袖でも握っておけば?」

「えっ」

リシュアが固まる。


「っ、アルターナ」


「冗談よ」




「……でも、どうしても怖いなら、それくらいしたっていいんじゃない?」



さらりとした声音だった。

からかっているようでいて、けれど突き放してはいない。


リシュアはぱちぱちと瞬きをして、それからほんの少しだけ笑った。


「……ありがとうございます」

「別に」


アルターナはそっぽを向いた。


「泣かれたら面倒なだけよ」


そう言って先に歩き出す背中を見ながら、リシュアはおずおずとネオリムのほうを見た。


「えっと……」


「……本当に握るのか?」


「だ、だめですか」


「だめとは言ってない」


「じゃあ……少しだけ」


結局、庭に入った直後。

緊張で強張ったリシュアの指が、そっとネオリムの袖を掴んだのだ




〜〜〜




そして今、その結果がこれである。



将来の義父と義母から不貞を疑われるのは、ネオリムとしても心外である。



これ以上引き延ばしても混乱が増すだけだ。説明するしかない。



ネオリムは静かに息を吐いた。



「……まず、誤解があるようなので訂正します」



その一言に、ガロードとミルシアがぴしりと固まった。アルターナはちらりとネオリムを見る。


ターテルは黙って続きを待った。

リシュアは膝の上で手を握りしめている。


「彼女は、僕がどこかから連れてきた女性というわけではありません」


「…………」

「…………」

「…………」


誰も喋らない。ネオリムは続ける。


「この子の名前はリシュアです。事情があって、現在エスカディオ公爵家で保護しています」


「保護……」

ミルシアが呟く。


「ええ」

アルターナが口を開いた。


「それで、その事情を今日は話しに来たのよ」


ガロードがごくりと唾をのむ音がした。



「……話、とは」



「信じがたい話です」

今度はネオリムが引き取る。



「ですが、事実です」



それからネオリムは、できるだけ簡潔に、けれど誤魔化さずに、双子が現れたお茶会の日から血縁鑑定の結果までを、できるだけ簡潔に説明した。



説明が進むにつれ、ガロードとミルシアの表情はめまぐるしく変わっていった。




最初は困惑。

次に驚愕。

そして——




「…っ」


ガロードが声を漏らす。



「えっ、えっ、えっ……?」


ミルシアも壊れたように繰り返す。



「つまり」


ターテルだけが比較的冷静に確認した。



「この子と、今日は来ていないもう一人の子が、未来のアルとネオリムの子供?」



「…そういうことになるわね」



「……」


ターテルはしばらく黙り、それから


「…それは驚く」


と、実にもっともな感想を述べた



一方



「……アルちゃんの」

ミルシアが両手で口元を押さえる。



「子供……?」


「ネオリム君との……?」



ガロードまで目を見開いた。その次の瞬間だった。



「きゃああああああっ!!」

「お、おおおおおっ!?」



二人が同時に立ち上がった。リシュアがびくっと肩を跳ねさせる。



アルターナが「ちょっと!?」と声を上げる。


ターテルが片手で額を押さえた。



「よかったぁぁぁ……!!」

ミルシアは本気で涙目だった。



「浮気じゃなかったのね!!」



「はぁ!?」

アルターナは呆れた声を出す



「いやだってそうだろう!?!?」



ガロードまで声を張る。



「昨日からずっと、もしかしたらネオリム君が知らない娘を連れてきて、婚約解消の話をしに来るのではと……!」


「そんなわけないでしょうが!!」


「本当に!?」


「本当よ!!」


「よかったぁ……」



ミルシアが椅子にへなへなと座り直す。



「本当によかったわ……」



そして次の瞬間には、きらきらした目でリシュアを見つめていた。



「まあ……まあまあまあ……」

「えっ」

「可愛い……!」

「は、はい!?」


「よく見てみたらアルちゃんに似た髪……!でもお顔立ちはネオリム君寄りで……」



「目元も少しアルだな」

ガロードまで真顔で頷く。


「これは可愛い」



「お父様!?お母様!?」

アルターナが抗議する。



「話の飲み込みが極端すぎるのよ!!」



だが二人は止まらなかった。


「リシュアちゃん、だったわよね?」


ミルシアが身を乗り出す


「は、はい……」


「緊張しなくていいのよ。そんなに怯えなくても大丈夫。ああもう、本当に可愛い……」



「母上、落ち着いて」

ターテルが一応止めに入る。


「気持ちは分かるけど」


「ターテルお兄様まで!?」


アルターナが目を剥いた。だがターテルは、リシュアを見ながら少しだけ口元を緩めていた。



「……いや、だって本当に似てるし」



「うぅ……」

リシュアは完全におろおろしていた。

ほんの少し頬を赤らめている。突然可愛がられて照れているのだろう



「えっと、その、ありがとうございます……?」



「言葉遣いまで素直……!」

ミルシアがますます目を潤ませる。



(……一気に騒がしくなったな)ネオリムは、さっきまでの重苦しい空気が嘘のように吹き飛んだことに、少しだけ安堵した。


少なくとも、最悪の誤解は解けたらしい。



だが今日の本題は、それだけでは終わらない。ネオリムは改めて居住まいを正した。



「……それと、もうひとつお願いがあります」



その声に、ガロードとミルシアもどうにか落ち着いて席へ戻る。



「お願い?」

ガロードが問う。


「ええ」

ネオリムは頷いた。



「双子を未来へ帰す方法についてです」



そうして、今度は魔道具の研究について説明した。


帰還のための魔道具が必要であること。

そのために、今の時代では流通していない素材や、手に入りにくい物資が必要になること。

また、研究を進めるためには公的な資格や、周囲の協力も必要になるかもしれないこと。



ガロードは侯爵としての顔に戻り、真剣に耳を傾けた。

ミルシアも今度は茶化さず、黙って話を聞いている。

ターテルは途中から紙とペンを取り出し、必要そうな単語をメモし始めていた。



「……なるほど」

ガロードが顎に手を当てる。



「つまり、物資の調達や、表向きの理由づけが必要になるわけだな」



「そうです」

ネオリムが答える。



「エスカディオ家だけでも動けますが、メディール家のお力をお借りできれば、かなり助かります」



「私も関わる以上、メディール家に黙って進めるわけにはいかないもの」

アルターナも口を挟む



「それはそうね……」

ミルシアがしみじみ頷く。



「だって、未来のアルちゃんの子なんですもの……」

「…お母様、いちいちそう言うのやめてちょうだい」

「だって嬉しいんだもの!」



「協力しよう」

ガロードがきっぱりと言った。



「必要な物資があるなら、できる限り手を回す」



「あなた」

ミルシアが夫を見る。



「当然だろう」

ガロードは真面目な顔で続けた。



「娘と、娘の未来の子供に関わる話だ。手を貸さない理由がない」



その言葉に、リシュアの目が大きく見開かれる。



「……ありがとうございます」


小さく、けれどはっきりと彼女は言った。

「本当に……ありがとうございます」



ミルシアはまた目元を押さえた。



「礼儀正しい……可愛い……」



「母上」



「分かってるわ、分かってるけど言いたいのよ……!」



ターテルが今度こそ笑った。

「まあ、でも良かったね」



「何がよ」

アルターナがむっとして問う。



「浮気じゃなくて」

「だからそこ!?」

「いや、父上と母上、昨日から本気で落ち込んでたし」

「落ち込まないでよ!」



「だって!」

ミルシアが涙目で言う。



「知らない娘さんを連れてきたネオリム君を、アルちゃんが普通に隣に置いているんですもの!あれは誰だって誤解するわよ!」



「そうだぞ」

ガロードまで真面目に頷いた。



「しかも裾を掴まれていた」



「…あれは」

アルターナは一瞬、言葉に詰まった。



「君が勧めたんだろう」

ネオリムが静かに言う。



「っ……」

アルターナの耳が少し赤くなる。



「そ、それは、この子が緊張してたからで……!」



「へえ」

ターテルが妙に面白そうな顔をした。



「アルが気を遣ったんだ」

「違うわよ!!」


「違わないです」

リシュアが素直に言った。


「すごく助かりました」


「リシュア!」

アルターナが真っ赤になる。




その時だった。




今まで静かにしていたネオリムが、ぽつりと呟いた




「……浮気なんてしません」





その場が、しんと静まった。





ミルシアが瞬きをする

ガロードが固まる

ターテルがゆっくりとネオリムを見る

リシュアは特に気にする様子も無い。未来の両親を知る彼女にとっては、ごく当たり前の言葉だった



そしてアルターナは「…………は?」と、低い声を漏らした



ネオリムはそこでようやく、自分が口にした内容と、今の沈黙の意味に気づいたらしい。



「……」

「……」

「……」



数秒ののち。



「ネオリムくん……!」



ミルシアが感動したように両手を組む。



「まあ、まあまあまあ……!」



「君……」

ガロードも何か言いたげに口を開く。



「いや、違っ、これは……」



珍しくネオリムが言葉に詰まった。



「違わないわよね?」

ミルシアがきらきらした目で迫る。



「今、ちゃんと言ったもの」



「言ったな」



「違う、そういう意味ではなく」



ネオリムが眉間を押さえる。




「そもそも、そんな誤解をされるのは不本意だという話で——」




「へえ」




今度はアルターナが言った。

その声に、ネオリムの動きが止まる。

アルターナは涼しい顔をしていた。

…していたのだが、耳の先だけは少し赤い。



「ずいぶんきっぱりしてるのね」

「……事実だから」

「ふぅん」

「なんだその反応は」

「別に?」

「絶対別にじゃないだろう」

「気のせいよ」



ミルシアとガロードは、そんな二人を見つめていた。

それからそっと顔を見合わせる。



「……あなた」


「ああ」


「やっぱり」


「………ああ」



そして二人は、今度こそ心の底から安堵したように微笑んだ



——たしかに色々と常識外れな話ではある


未来から来た孫

帰還のための魔道具

必要になる協力…


いまだに理解しきれていない部分はある。けれど。少なくともひとつ、はっきりしたことがある




ネオリムは、娘を泣かせるつもりなど、ない。




そう思えたからだ



「お茶、冷めてしまうわ」

ミルシアがやわらかく言った



「せっかくのお茶会ですもの。今度こそ、ちゃんといただきましょう」



その言葉に、場の空気が少しだけ緩んだ



アルターナの耳はまだ少し赤く、ネオリムは少し気まずそうで、リシュアはほっとしたように小さく笑った

ターテルはそんな全員を見て、肩をすくめた





こうして


最悪の誤解から始まったメディール侯爵家でのお茶会は、どうにか無事に——いや、無事とは言いがたいが—— 想定していたよりはずっと、穏やかな方向へ進み始めたのだった

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