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2話 未来の娘と息子を尋問したら、胃が痛くなりました


エスカディオ公爵家の応接室は、普段ならば客人に「さすが公爵家」と感嘆させるような、優雅な部屋である。


深い青を基調とした絨毯。重厚な調度品。壁に飾られた絵画…

磨き込まれたガラス戸の向こうには、先ほどまで騒動の舞台となっていた庭園が見える



今その部屋に満ちている空気は、優雅さとはほど遠かった。



「で」



長椅子に腰掛けたアルターナは、組んだ足先をぴたりと揃えたまま、真正面に座る侵入者たちを睨みつけた。



「もう一度最初から、わかりやすく話しなさい」



向かいに並んで座るのは、未来から来たと名乗る少年と少女である。



自称娘のリシュアは背筋を伸ばし、ひざの上に両手を置いている。



見た目だけなら、今すぐ社交界に放り込んでも通用しそうなくらいには整っていた。


髪色はアルターナによく似ていて、けれど顔立ちは腹立たしいほどネオリム寄り。おまけに、よく見ると笑った時の目元の柔らかさはアルターナにも似ている気がして、なおさら質が悪い。 



一方、その隣で紙袋を抱えたまま座っている自称息子のアシュリーは、実に気の抜けた顔をしていた。



兵に取り押さえられた状態で応接室まで連れて来られたにもかかわらず、彼は妙に落ち着いている。落ち着きすぎている。まるで「まあ、こうなるよね」とでも言いたげな諦めが顔に滲んでいた。



腹が立つくらいに、どことなくネオリムに似ている。外見はもちろんだが、なによりその、面倒ごとを一歩引いて眺めるような目つきが。



そして自称娘と息子の正面——アルターナの隣には、同じく不機嫌極まりない顔をしたネオリムが座っていた。



「話す前に確認するけど」



ネオリムは細い指を組み、冷えた声音で言った。



「君たちは今、自分たちがどういう立場にいるかわかっているんだろうね」


「かなり怪しまれてる立場」


「相当まずい立場ですね……」


「そう。よくわかってるじゃないか」



リシュアがしゅんと肩を落とし、アシュリーは「でしょうね」とでも言いたげに肩をすくめた。



部屋の隅では、公爵家の兵が数名控えている。扉の外にも人の気配がある。万が一に備えた配置なのだろうが、アルターナからすればこの状況そのものが万が一だった。



お茶会の最中、光の中から現れた見知らぬ少女。



その少女が未来の娘だと名乗り、さらにその兄だという少年まで現れた。



この騒動のせいで、お茶会の客人たちには今日見たこと、聞いたことを、侵入者の詳細が分かるまで、誰にも言わないで欲しいと頼み込んで解散してもらうことになってしまった。


もしもこの侵入者たちが、本当に未来人ならば…噂を聞きつけて利用しようとする輩が出てくる。そんな面倒ごとが起きる可能性は、極力回避すべきだ。



未来から来たと訴える男女の侵入者



意味がわからない。 

意味がわからないが、だからといって放り出せる話でもない。



「……で?」



アルターナは肘掛けに指先を軽く打ちつけた。


「『未来から来た』というのはどういうこと?」


「そのままの意味です」


「曖昧すぎる」


「えっと、私とお兄ちゃんは庭で魔道具の研究をしていて」


「待って」 



アルターナは眉をひそめた。



「庭で?」

「はい」

「庭で魔道具の研究?」

「はい」

「屋外で?」

「はい」


「……そんな危ないことを庭で?」


「いや、それは、ちゃんと安全確認はしてたんですけど……」


「していてこの有様?」


「うっ」


リシュアが目に見えて縮こまる。



通常、魔道具の研究は特別な資格を持った専門家が行うものだ。その上、研究を行う際は専門の研究所、管理の行き届いた広い場所などで行われるはずだ


だというのに、公爵家の庭で魔道具の研究?


この娘が?


リシュアはしおしおと「うぅ…やっぱりちゃんとしたところでやるべきだった…」と言いながら、髪の毛を握りしめて顔を隠した



「だから父さんからも注意されてたし、母さんからも危ないって言われてたろ?研究所は遠いからって俺まで巻き込んで…」


アシュリーが、侵入者とは思えないほど堂々と脚を組みながら、リシュアに苦言を漏らす



その反応を見て、アルターナはなんとも言えない気持ちになった。



責めているのはたしかだ。たしかなのだが、真正面からしょげられると少し勢いが鈍る。



いや、騙されてはいけない。



見た目が自分たちに似ているからといって、油断は禁物だ。



「続けて」



代わりに促したのはネオリムだった。


「どんな魔道具を作っていた」


「空間座標と魔力波長の固定を利用した転移補助具です。でも、魔力を流す場所を間違えて…」


「…………」

「…………」

「……え?」


アルターナが思わず聞き返す。


リシュアは「しまった、説明を端折りすぎた」という顔をした。


「あ、えっと、難しく言いすぎました」


「難しい以前にわからない」


「私も今の一言目からわからなかった」


「父さんと母さんが揃ってそんな即答することある?」


ネオリムが即座に


「…あいにく、魔道具の知識は一般的なものしか持ち合わせていない。将来的に学ぶこともあるだろうがな」


と言い返す。


アシュリーは「そういう返し方が父さんの性格出るよなぁ…」と小さく呟いたが、全員に聞こえていた。


アルターナはぎろりと彼を睨む。


「あなた、さっきから随分余裕ね」


「余裕というか、現実逃避です」


「堂々と言わないでくれる?」


「だって実際、妹がやらかして過去に飛んで、気づいたら俺まで巻き込まれて、挙句に若い頃の父さん母さんに詰められてるんですよ? 余裕持てるわけないでしょう」


「若い頃ってなによ」


「お兄ちゃん、ママたちは未来でも若かったよ?ほら、肌がいつもすべすべで…」


「そこですぐ食いつくあたりがもう——」



アシュリーが言葉を切り、片手で顔を覆った。



「……いや、もういいです。自分で地雷を増やしたくない」



その態度に、アルターナはますます眉間の皺を深くする。


ネオリムはネオリムで、露骨に嫌そうな顔をした。 



なんなのだ、この少年。



どこか達観していて、変に空気を読むくせに、肝心なところで鼻につくことを言う。



しかも絶妙に腹が立つのは、彼の表情の作り方がいちいちネオリムに似ているせいだ。



「とにかく!」 



リシュアが慌てて声を張った。



「未来では、魔道具の研究が今よりずっと進んでるんです。もちろん誰でも時を越えられるわけじゃないし、禁忌に近い分野でもあるんですけど、座標の誤差を調整して、魔力の位相を合わせれば——」


「だからわからないって言ってるでしょう」


「う、うん。ですよね……」


リシュアはしゅんとしたあと、気を取り直すように胸の前で拳を握った。



「つまり、未来で私たちが作ってた魔道具が、たまたま事故を起こして、過去に繋がっちゃったんです」



「たまたま」

「はい」

「とても嫌な響きね」

「私もそう思います……」



アルターナは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。



横ではネオリムが、先ほどから指を組み、解き、組み、解き…と、ほとんど同じ仕草をしている。



視界の端にそれが入ってきて腹が立つので、アルターナはわざとそちらを見ないようにした。



「で、あなたたちが本当にその魔道具のせいでここにやってきたって言うのなら、どうやったら未来に戻れるわけ?」


「えっと……理論上は、その魔道具をもう一度作れば戻れます」


「理論上」


「理論上、です」



今度はアルターナが黙る番だった。


理論上。


実に信用ならない言葉である。



「要するに」



ネオリムが端的に言う。



「帰れる保証はない」


「今のところは、はい」


「最悪だね」


「本当にそう思います」


アシュリーが心底疲れた声で同意した。

彼は紙袋をひざに置き直し、中を覗き込む。

そこからふわりと甘い香りが漏れた。



アルターナはじろりとそれを見る。



「……あなた、それ何」


「菓子です」


「見ればわかるわよ」


「じゃあ答えは出てるじゃないですか」


「その減らず口、誰に似たのかしら」


「たぶん父さん」


「心外だな」


「えっ」


アシュリーが素で驚いた顔をする。

ネオリムの眉がぴくりと動いた。


「今の反応、どういう意味?」


「いや、だって自覚ないんですか」


「ないけど」


「母さんに張り合う時だけ、父さんすごく子供っぽくなるじゃないですか」


「…………」

「…………」


「……あ」 

リシュアが横で口元を押さえた。


「お兄ちゃん、それ、今言っちゃ駄目なやつ」

「いやでも事実だし」

「正論がいつでも正義なわけじゃないんだよ!」

「うわ、そこでその教訓を学んでるの?」 


侵入者たちがこそこそ言い合う。


アルターナはそれを見ていた。

見ていたのだが、ふとそこで動きが止まる。

今、リシュアはなんと言った。


——正論がいつでも正義なわけじゃない。


それはつい先ほど、お茶会にて自分がネオリムに向かって叫んだ言葉。

いつも、ネオリムに言う言葉。


偶然の聞き覚え、ではない。

言い回しそのものを覚えている響きだった。

隣を見ると、ネオリムも同じことに気づいたらしい。

ほんの一瞬だけ、目が合う。



最悪だ、と思った。



この手の「説得力のある一致」が一番困る。



アルターナはすぐに視線を逸らした。



「……話を戻すわ」



「はい」

リシュアがぴんと姿勢を正す。



「あなたたちが未来から来たという仮定の上で聞くけれど」


「仮定なんだ」


「あなたは黙って」


アシュリーがむっと口を閉じた。



「どうして、この時間、この場所に来たの?」


「えっと、それはたぶん、魔力的に強く繋がってる場所だったからです」


「なんの?」


「パパとママに」



さらりと言われて、部屋の空気が固まった。


アルターナは一拍遅れて口を開く。


「……は?」


「だから、その、血縁とか、持ち物とか、魔力の相性とか、そういうので座標が引っ張られることがあるんです」


「待って、それだとおかしいでしょう」


「なにが」


「どうしてその理屈で、私とこいつがお茶会してる時に現れるのよ!」


「え?」


「え? じゃないわよ!」


「え、だって二人の子ですし、私も丁度お茶飲みながら…」


「は?お前、またお茶飲みながら作業してたのか?」


「えっ、あっ、…ごめんねお兄ちゃん、糖分が欲しかったの…」



「二人の子供って、当たり前みたいに言わないで!!」



アルターナの声が応接室に響いた。


兵たちが一斉に視線を伏せる。

扉の外にいる使用人が「また始まった」とでも言いたげな気配を出しているのがわかる。とても腹立たしい。

少しの沈黙の後、ネオリムが咳払いをひとつした。



「……たとえそうだとしても、証明にはまだ足りない」


「まだ疑うんですか?」


「当然だろう。君たちが僕らしか知らないはずの情報を知っている、それだけで完全に信用するほど僕は甘くない」


「そりゃそうですけど」


「なら追加で聞く」


ネオリムの目が、すっと細められる。



「未来の僕は、どんな人間だ」



その問いに、リシュアはぱちりと瞬いた。


アシュリーは「ああ」と小さく納得した顔をする。 たしかに、いい質問だった。


自分に関する話をさせれば、嘘かどうかは見抜きやすい。


少なくともネオリムはそう考えたのだろう。



リシュアは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。



「パパは、すごくかっこいいです」



「…………は?」



「仕事ができて、頭が良くて、難しい顔してることが多いのに、家ではちょっと意地悪で、でも甘いものが好きで、ママと私たちのことをすごく大事にしてくれます」


「待て」


「はい?」


「情報量が多い」


「すみません」


「あと今、“かっこいい”って最初に言ったか?」


「言いました」


「……そうか」



ネオリムが妙に静かになる。


アルターナは一瞬だけ横目で彼を見た。


頬までは赤くなっていない。

だが、耳の先がほんの少しだけ色づいている。



「あら、良かったわね。未来から来た娘に“パパは女の子みたいで可愛いです”って言われなくって」


「は」



思わず吹き出しそうになって、アルターナは咳払いで誤魔化し、睨みつけながら今にも口論に持っていこうとしているネオリムを無視して話を戻す



「随分と都合の良い評価ね」


「都合よくないです! 本当にそうなんです!」


「へえ」


「母さんは?」

 アシュリーがぽつりと言った。


アルターナが彼を見る。


「なによ。私は誰の母親でも無…」


「母さんのことは聞かないんですか」


「……別に」

「聞きたいんだ」

「聞きたくないわよ」

「顔に出てます」

「出てない」

「出てる」

「出てない」

「出てる」

「あんたも喧嘩売ってるの!?」

「なんでそうなるんだろう……」


アシュリーはげんなりとした顔で天井を仰いだ。



その仕草のいちいちがネオリムに似ていて、アルターナはとても嫌だった。



「母さんは」

しかし、そう言ってアシュリーが続けた声は、先ほどまでより少しだけ柔らかかった。



「綺麗です」



「…………」



「派手なドレスも似合うし、髪がすごく綺麗で、怒ると怖いけど、家族にはちゃんと甘いです。あと使用人に無茶を言わない。むしろ自分でできることは自分でやろうとして止められる」


「…………」


「菓子にはうるさい」


「余計な一言が多いわね」


「だって本当だし」


「あなたたち、どうしてそう、最後に余計なことをつけるの」


「それはもう、家系なんじゃないですか」


「あら、ネオリムの子供っていう信憑性が上がったわね」


「お前が言うな。お前の方が余計な一言が多いだろ。というかアルターナ。さっき僕のこと女顔って馬鹿に…」


「はいはいしつこいしつこい」



「…二人とも余計な一言が多いと思います」

リシュアが小さく呟いた。



アルターナは黙った。


腹が立つ。

信じる気などない。ないはずだ。

なのに、この侵入者たちの言葉には妙なぬくもりがあった。作り話にしては、細部が妙に生活臭い。



“綺麗”とか“かっこいい”とか、社交界で交わされるような上辺の賛辞ではない。



ちゃんと家の中で見ていなければ出てこない評価ばかりだ。


そしてそれが、どうにもこそばゆい。



「……仮に」

 アルターナは努めて冷たく言った。



「仮に、百歩譲って、あなたたちが未来の私たちの子供だったとして」

「はい」

「どうしてそんなに平然としていられるの」

「全然平然としてないです」

「俺もです」

「そう見えないわ」

「見えないようにしてるだけ」

「……」



今度はアシュリーの答えだった。

彼は紙袋を抱えたまま、少し視線を落とした。



「母さんも父さんも、未来だとわりと何があっても平然としてるから」


リシュアが小さく頷く。

「なんだかんだで、最後にはちゃんと解決しますし」


「だから俺たちも、取り乱しても仕方ないって思ってる」


「……そう」 



アルターナは短く返した。 



なんだ、それは。

まるで、本当に。



本当に、彼らが自分たちを——未来の自分たちを——親として見て育ったみたいじゃないか。



その時、リシュアが遠慮がちに口を開いた。


「えっと」

「なによ」

「お茶会、めちゃくちゃにしてごめんなさい」

「…………」

「本当は、こんなつもりじゃなかったんです。気づいたら飛ばされてて、パパとママが喧嘩してて、えっ、なんで!? ってなって、それで」

「そこで“パパとママ”って呼ぶのをやめなさい」

「あっ、はい。すみません……」



しゅん、とまた肩を落とす。


リシュアはたぶん、怒られること自体には慣れていない。


けれど、叱られた時にふてくされるのではなく、ちゃんと落ち込む。妙なところで素直だ。


アルターナは息を吐き、視線を逸らした。


横からネオリムの声が落ちてくる。



「少し確認する」


「はい」


「君たちは、いくつだ」


「十七です」


「俺もです」


「……僕らと同い年?」


「はい」



ネオリムの表情が微妙に引きつる。 アルターナも同じ気分だった。



目の前にいる“自分たちの子供”を名乗る侵入者が、自分たちと同い年。字面だけで頭が痛い。




…待て




四人とも、同い年?



アルターナはゆっくりと呟いた



「…あなたたち、もしかして…双子、なの?」



リシュアとアシュリーはきょとんとした。



「「はい」」



アルターナは顔を覆った

ネオリムは深いため息をついた



「……あなたたち」


「はい?」


「仲、いいのね」


「はい!」


「普通だな」

「え?」

「普通だよ」

「なっ、なんでよ、仲良いでしょ!」

「普通」

「仲良い!」

「普通だって」

「仲良いって!」



「そう」アルターナは小さく呟いた



お互いに仲が良いか普通かで言い争っている。

たったそれだけの様子なのに、なぜだか胸の奥がくすぐったくなった。


もし本当に未来の子供だとしたら。

もし本当に、こんなふうに兄妹で言い合って、でもちゃんと息が合っていて、家族として育ってきたのだとしたら。



 ——そんな未来が、自分とネオリムにある?



ない。

ありえない。

あってたまるか。



そう思うのに、頭のどこかが静かになっていた



「結論を出そう」



ネオリムが立ち上がった。

応接室の空気が引き締まる。

双子も姿勢を正した。



「君たちの話を全面的に信用したわけじゃない」


「はい」


「けれど、無視できない情報が多いのも事実だ」


「はい」


「ゆえに——身元がはっきりし、危険性がないと判断できるまで、君たちはエスカディオ公爵家で保護兼監視下に置く。僕の両親にも手紙を送る。両親からの指示があるまでは僕が管理する。」



「保護と監視ってだいぶ温度差あるな」


「文句ある?」


「ありません」

アシュリーが即答した。



「リシュア」


「はい」


「アシュリー」


「はい」


「勝手な行動は認めない。敷地外への外出は禁止。魔道具の製作も、僕の許可なしには一切禁止」



「えっ」

 リシュアの顔が曇る。



「でも、帰るためには材料とか、研究とか…」


「危険物を好きに触らせるわけないだろう」


「う……」


「必要なものがあるなら申請しろ。内容を確認した上で、用意できるものだけ用意する」


「……それって」

リシュアがぱっと顔を上げた。



「手伝ってくれるんですか?」


「監視の一環だよ」


「でも、完全に禁止じゃない」


「言葉を都合よく解釈するな」


「わ、ありがとうございます!」


「まだなにも承諾してない」


「でもちょっと優しいです!」


その言葉に、ネオリムが露骨に顔をしかめた。



耳の先がまた少し赤い。

アルターナは見なかったことにする代わりに、涼しい顔で口を開く。


「私は?」


「君?」


「この件、私も当事者でしょう」


「残念ながらそうだね」


「残念とはなによ」


「事実確認だけど?」


「今殴られたいの?」



「…母さんは昔から母さんなんだな……」

 アシュリーがぼそりと言った。



アルターナは彼を睨んだあと、ネオリムへ向き直る。



「なら、私も関わるわ」

「断る」

「は?」

「君がいると話がややこしくなる」

「私がいなくても十分ややこしいでしょうが!!」

「少なくとも君がいると騒音は増える」

「言ったわね!」

「図星?」

「っ、この女顔……!」

「君、またそれ言う?」

 


部屋の空気が一瞬で剣呑になる。



その瞬間だった。



「ぱ、パパっ! ママっ!」 


リシュアが立ち上がる。

「お願いだから喧嘩しないでくださいっ!今そこ揉めるところじゃないし、というかさっきから大事な話になるたび脱線してます!!」



しかし


「だからしつこいって言ってるじゃない。あなたっていつも女顔って言うと必ず反応するわよね。本当は嬉しいんじゃない?」


「…は?君がいつもいつも馬鹿にしてくるから僕も反応せざるを得ないんだろ?まあ、少なくとも僕は人の外観を見て馬鹿にするような馬鹿な人間ではないから良いけど」


「…あんた、今、私のこと馬鹿だって言った?」


「うん。馬鹿だろ」



「パパ!!!ママ!!!くだらないことで喧嘩しないで!!!」



悲痛な叫びが応接室に響き、アルターナははっと我に返った。


ネオリムも同じだったらしい。


互いに視線をそらし、気まずそうに咳払いをする。


その様子を見ていたアシュリーが、小さくため息をついた。



「……やっぱり、今の父さん母さんって、だいぶひどいな」


「今のってなによ、今のって」


「未来だともうちょっと隠すし」


「隠す?」


「外では取り繕うって意味です」


「家では隠してないみたいな言い方ね」


「いや、家ではまあ……」


「言わなくていい」



ネオリムが即座に遮った。

アルターナも即座に頷いた。

今この場で、未来の自分たちの夫婦生活について聞かされるのだけは、断固として御免だった。 



「……ともかく」

アルターナは仕切り直すように膝の上で手を重ねた。



「あなたたちはしばらくここで預かる。けれど、私はまだ信用していない。いいわね?」

「はい」

「わかってます」

「それから」



アルターナはリシュアを見た。

「その“ママ”って呼び方も、“母さん”って呼び方も、当面は禁止」



「えっ」


「人前で混乱を招くでしょう」


「それは、そうですけど……」


「“アルターナ様”と呼びなさい」


「……はい」


「ネオリムのこともよ」


「僕も?」


「当然でしょう。“パパ”だなんて呼ばれて平然としているつもり?」


「してないけど」


「じゃあ“ネオリム様”」


「好きにすれば」



「…………」

「…………」



「ねえお兄ちゃん」

リシュアが小声で囁く。


「今のちょっと寂しそうだった?」


「やめろリシュア、余計なこと言うな」


「聞こえてるんだけど」

ネオリムの声が低く落ちた。


だが、その低さのわりに怒気が薄い。


それを聞いて、アルターナはなんとも言えない違和感を覚えた。


まるで本気では叱れないみたいな声音だったからだ。



「部屋を用意させる」

ネオリムが兵に指示を出す。

それに応じて数人が頭を下げ、静かに部屋を出ていく



「双子とはいえ男女だ。部屋は分ける」

「別に同じでもいいのに」

「よくない」

「そういうところだけ過保護だよね、父さん」

「だからその呼び方をやめろって言ってるだろう」

「うん、ごめん」


「素直ね……」

アルターナは思わず呟いた。

本当に、この双子は妙なところで素直だ。


もっと取り繕ったり、逆に反発したりしてもよさそうなのに、叱られるとちゃんと引く。そのくせ、言うべきことはそれなりに言う。


どこかで見たような性質だと思って、すぐにやめた。

そんなことを考え出すとろくなことにならない。


「あと」

アシュリーが紙袋を持ち上げた。


「これ、食べます?」

「は?」

「さっき買った菓子なんですけど」

「今その話をする?」

「だってせっかく買ったし」

「あなた、すごいわね」

「妹が行方不明で、しかも自分も変なところに飛ばされて、よく菓子を買う余裕があったわね」

「そこに店があったので」


「答えになってるようでなってないな……」

ネオリムが呆れた声を出す。


アシュリーは「俺もそう思います」と返し、それから紙袋の中を覗き込んだ。


「……あ」

「なによ」

「ナッツの刻みが粗い」

「買う前に見なさいよ」

「いや、母さんがそう言うと思って確認したら本当に粗かった」

「なんで私がそう言う前提なのよ」

「だって言うでしょ」

「言うけど」

「認めるんだ……」


リシュアが小さく呟き、アルターナははっとして口をつぐんだ。


その一瞬の隙を突いて、アシュリーが紙袋からひとつ焼き菓子を取り出し、ひょいとネオリムのほうへ差し出す。


「父さん、食べます?」

「いらない」

「歯に挟まるもんね」

「……」

「え、図星?」


「お兄ちゃん!」

 リシュアが慌てる。


「…それ、今言わなくてよかったと思う」


「いやでも、さっきの証言の補強にはなるかなって」


「ならないわよ!!」

アルターナが即座に叫んだ。


「なんでそんな生活感のある証拠ばっかり増えていくの!?」


「俺たちの家族情報ってたぶんそういうのが多いから……」


「やめてちょうだい本当に!」



気づけば、応接室の空気は最初よりずっと緩んでいた。



もちろん、問題が解決したわけではない。



双子の正体は依然として不明だし、未来から来たという話も信じ切れない。



けれど



警戒と困惑のあいだに、ほんの少しだけ奇妙な親しさが混ざり始めている。



それを認めるのは癪だった。



「本日はもう解散だ」

ネオリムが疲れたように言った。



「アルターナ、君も今日は帰ったほうがいい」

「は?」

「これ以上ここにいたら、余計な混乱が増える」

「私が混乱の原因みたいに言わないで」

「半分くらいはそうだろう」

「残り半分はあんたじゃない!」

「へえ、ちゃんと半分は自覚あるんだ」

「今すぐ窓から放り出してあげましょうか」

「やってみれば?」


「やめてください…」

リシュアが半泣きの声を上げた。


「もう喧嘩しないでって言ってるのにーっ!」


「母さん、父さん、頼むから初日くらいは我慢してくれ……」

アシュリーまで額を押さえる。



「俺、明日から先が思いやられるんだけど」

「それはこっちの台詞よ」

「奇遇だね、僕もだ」

「そんなところで同意しないでくださる?」

アルターナが言い返すと、ネオリムはふっと皮肉げに笑った。


いつもの癪に障る笑みだ。

——なのに。


その瞬間、リシュアがぱっと顔を輝かせた。「今の!」

「なによ」

「今のパパの笑い方、未来と同じでした!」

「やめなさいって言ってるでしょうが!」

「ご、ごめんなさい!」



慌てて口を押さえるリシュア。

アシュリーは「ほら怒られた」と言いたげに肩をすくめる。


ネオリムはというと、なぜか妙に気まずそうに視線を逸らしていた。



アルターナは深く息を吐いた。



未来の子供。

事故で飛んできた双子。

 


どう考えても厄介だ。

厄介なのに、追い出すのも違う気がする。

そして何より、このまま放っておけば、本当にどこかで妙な魔道具を作り始めそうで、それはそれで頭が痛い。



「……明日、また来るわ」


「は?」

ネオリムが顔を上げる。


「なんで」

「当事者だからよ」

「断るって言ったよね」

「却下するわ」

「人の家なんだけど」

「この件には私も関係あるでしょう」

「認めたくないけどあるね」

「だったら決まりよ」

「君って本当に図太い」

「褒め言葉として受け取っておくわ」


言い切ると、ネオリムは呆れたように眉を寄せた。

けれど最終的には、諦めたように長く息を吐くだけだった。



「……好きにすれば」

「ええ、そうする」


そのやり取りを見て、双子が同時に顔を見合わせる。「……ねえ、お兄ちゃん」


「今の、ちょっと嬉しそうじゃなかった?」

「どっちが」

「両方」

「やめろ、また聞こえる」



「聞こえてるわよ!!」アルターナの怒声が飛び、リシュアが「ひゃっ」と肩を跳ねさせる。



その隣で、アシュリーはわずかに笑った。 

その笑い方まで、やっぱりどこかネオリムに似ていた。


応接室を出る前、アルターナはもう一度だけ双子を振り返った。


未来から来たという兄妹は、並んで座ってこちらを見ている。


娘のほうは不安げで、それでもどこか期待するような目。

息子のほうは呆れながらも、少しだけほっとしたような顔。



なんなのだろう、とアルターナは思う。



目の前の二人を見ていると、どうしてか落ち着かないのに、放っておけない。


「……変なの」

誰にも聞こえないように呟いて、アルターナは踵を返した。


扉の向こうでは、使用人たちが慌ただしく行き来している。


めちゃくちゃになったお茶会の後始末に、双子の部屋の準備。


今日一日で、エスカディオ公爵家の平穏はすっかり失われたことだろう。


でもそれは、たぶんメディール侯爵家も同じだ。 帰宅したところで、父や母へどう説明すればいいのか。



“婚約者とのお茶会で未来の子供が現れました”などと言って、正気を疑われずに済むだろうか。



無理だ。絶対に無理だ。



ならいっそ、明日またここに来て、もう少しはっきりさせるしかない。


あの双子が何者なのか。

本当に自分たちの未来に繋がる存在なのか。

そして——なぜ犬猿の仲の自分とネオリムの間に、あんなに家族らしい兄妹が育つのか。



答えはまだ、何一つわからない。



けれどひとつだけ、確かなことがあった。




——明日もきっと、ろくでもない一日になる。 




アルターナはそう確信しながら、重たい扉の向こうへと歩き出した。


その背後で、応接室の中からリシュアの慌てた声が聞こえてくる。


「えっ、待って、お兄ちゃん、それ私の分のお菓子じゃない!?」


「違う、これは保管用」


「どこが!? 今食べようとしてるよね!?」


「味見」


「そんな言い訳ある!?」


そしてそれに重なるように、ネオリムの低い声。


「……おい、走るな」

「だってお兄ちゃんが!」

「だから部屋で騒ぐなと言ってるだろう」

「父さん、言いながら自分も歩くの速い」

「誰が父さんだ」



その声を聞きながら、アルターナは一度だけ立ち止まった。


ほんの少しだけ、口元が緩みそうになる。



——気のせいよ。



そう自分に言い聞かせて、今度こそ歩き出した。


明日を思うと胃が痛い。

 


なのに、なぜだか少しだけ——



本当に少しだけ、続きが気になってしまう自分がいた。


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