表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/19

1話 犬猿の仲の婚約者と、最悪なお茶会 

昔から仲の悪い婚約者と喧嘩していたら、突然自分たちの娘を自称する侵入者が登場。


犬猿の仲の婚約者同士であるアルターナとネオリムは当然信じずに混乱する


だというのに、侵入者は実は一人だけではないようで…?


侯爵家の次女、アルターナ=メディールは、美しい。 

——と、社交界ではよく言われる。


けれど本人としては、そんな評価は別にどうでもよかった。



アルターナは自分の顔よりも、髪が好きだ。


サラサラで、細くて、手触りが良くて…


…あいつより、綺麗な自信があるから


だからこそ、今日も鏡の前でお気に入りの自分の髪をひと房つまみ、ほんのり赤みがかった柔らかな色合いに満足してから、鏡台の前を立ったのである。



「お嬢様、本日はエスカディオ公爵家からお迎えの馬車が」



「ええ、聞いているわ」



さらりと答えたアルターナは、侍女が手渡してくる手袋を受け取った。



エスカディオ公爵家。



その名を聞くだけで機嫌が悪くなるのは、もはや持病のようなものだった。 



いや、正確に言うなら。



エスカディオ公爵家の長男、ネオリム=エスカディオ。



その男の名を聞くだけで、アルターナのこめかみはぴくりと跳ねる。



「……お嬢様、また怖いお顔になっております」


「誰のせいだと思っているの」


「ネオリム様でございますね」


「わかっているなら余計なことは言わないでちょうだい」 



ぴしゃりと言ってやると、侍女は慣れた様子で微笑んだ。 



腹立たしいことに、使用人たちは皆、アルターナとネオリムの関係を「またいつもの」とでも思っている節がある。


こちらはいつだって本気なのに。今日こそ本気で。毎回本気で。





…十歳のとき、勝手に結ばれた婚約。



親同士が幼馴染だの、家同士の結びつきだの、政治的に望ましいだの


そんな事情はアルターナには一切関係なかった




初めての顔合わせの日を、アルターナは今でも鮮明に覚えている



よく手入れされた公爵家の庭園。白い石畳。咲き誇る薔薇。


…そして、女の子みたいに整った顔をした婚約者候補の少年


その時点で、少し気に入らなかった。



同い年のくせに、妙に落ち着いていて


しかも“かわいい”なんて形容が似合ってしまいそうな顔立ちで




アルターナは昔から、自分の容姿に自信があった



美しいと言われるのも、可愛らしいと言われるのも、別に嫌ではない。むしろ好きだ。けれど、だからこそ腹が立ったのだ。



どうして婚約者になるかもしれない男が、自分よりも“綺麗”な雰囲気をまとっているのか。



気に入らない。なんとなく、ものすごく。



そのうえ、親たちに促され、庭園で手を繋いで歩いていた時。



『薔薇! すっごく綺麗ね!』



そう言ってアルターナが少し足を速めた直後、ネオリムが転び、つられて転んだアルターナの腕には浅い傷ができた。



たいした怪我ではない。血もすぐ止まった。



だが十歳のアルターナにとっては一大事だった。

新しいドレスは汚れ、腕はひりひり痛み…



なにより、気に入らない婚約者候補のせいで傷ができた、という事実が許せなかった。




当然、アルターナは泣いた。怒った。喚いた。




するとネオリムは謝った。最初は。

『ご、ごめん……』



けれど、アルターナが泣きながら怒鳴り返し、責めて責めて責め立てた結果…




『でも急に走り出したのは君だよね?』


『はぁ!?』


『僕はきちんと歩いていたし、危ないって言おうとした』


『あんたが転ぶからでしょ!』


『それは君が薔薇を見て前も見ずに——』


『うるさい!』


『理不尽だ!』




そこで始まったのが、最初の大喧嘩である。





〜〜〜





以来七年



互いに一歩も譲らぬまま、アルターナとネオリムは婚約者という名の天敵であり続けていた。



会えば喧嘩

顔を合わせれば皮肉の応酬

周囲が「お似合いですね」と笑えば、二人同時に「冗談じゃない」と吐き捨てる



それなのに婚約は解消されない



大人たちが決めたことだから



そして、そんな大人たちは喧嘩している二人を見て

「仲が良い証拠だ」などとふざけたことを言う。


どこをどう見たらそうなるのか。




「本当に最悪……」 



アルターナは馬車に乗り込む前から、すでにうんざりしていた



今日開かれるのは、エスカディオ公爵家での小規模なお茶会。



名目上は婚約者同士の親睦。実際は、家同士の結びつきを周囲にさりげなく示すための場だ。



招かれるのはごく近しい貴族だけで、規模そのものは大きくない。



だがアルターナにとっては規模など関係なかった。



ネオリムがいるというだけで、そこは戦場になる。 





〜〜〜





エスカディオ公爵家の温室付き庭園は、今日も腹立たしいほど完璧だった。


白いテーブルクロス。銀食器。磨き上げられたティーセット…


色とりどりの小菓子に、花弁を浮かべた紅茶。空は晴れ渡り、風は穏やか。社交界の見本のような午後である。




そして、その完璧な光景の中央に、ネオリム=エスカディオはいた。



白磁のように滑らかな肌。


長い睫毛。淡い色素の整った顔立ち。


社交界で“美少年”と囁かれるのも頷ける見た目だ。腹立たしいほどに。




大人しくしていれば。

本当に、大人しくしていれば、だ。




「遅かったね、アルターナ。まさかこの屋敷までの道順も忘れたわけじゃないだろう?」



「相変わらず嫌味なご挨拶だこと。待たせた覚えはないわ。予定時刻ぴったりですもの」



「へえ。君が時間通りに来られるなんて奇跡だ」



「奇跡を拝めて良かったわね。今日の運はもう使い果たしたんじゃない?」



「それは困るな。これから君の相手をしないといけないのに」



「奇遇ね、私も同じことを考えていたところよ」



にこやかに言い合いながら、双方の目はまったく笑っていない。


周囲の使用人たちは、遠巻きにしながらも慣れた空気を醸し出していた。その慣れがまた腹立たしい。



アルターナは席に着き、出された紅茶を一口飲む。



香りは悪くない。温度も適切。そこまでは良い。 



問題は、その横に並べられた菓子である。



焼き色の甘いタルト。表面の艶が足りないゼリー。


見た目は整っているが、ひと目でわかる。今日の出来は、いつものエスカディオ公爵家の基準に届いていない。



アルターナはひとつ摘まみ、口に運んだ。

さく、と音が鳴る。

そして次の瞬間、眉をひそめた。



「……なにこれ」

「どうかした?」

「どうかした、ですって?」



アルターナはゆっくりと皿に菓子を戻した。


笑顔のまま。けれどその笑顔の端が引きつっているのを、ネオリムは見逃さない。



「お茶会なのに、お菓子の質が悪いわ」



「は?」



「生地の焼き加減が甘いし、バターの香りも立っていない。砂糖の配分も中途半端。これをエスカディオ公爵家が客に出すの?」



「……君、相変わらず口を開けば文句だね」



「文句じゃないわ。事実よ」



「客として来ておいて、開口一番それ?」



「客だから言っているの。おもてなしの品質が落ちているなら指摘すべきでしょう」



「君は菓子職人か何か?」



「少なくとも味のわからない舌はしていないわ」

 



 ぴしり、と空気が張った。




離れた位置で控えていた使用人たちが、内心で頭を抱え始める気配がする。



だがアルターナは引かない。なにしろ本当に、今日の菓子の出来はよくなかった。



ネオリムはひとつ息を吐いて、同じ菓子をひとつ口にする。



そして平然とした顔で飲み込んだ。



「別に、そこまで悪くはない」


「……は?」


「多少の誤差はあるだろう。味にうるさいのは結構だけど、いちいち大袈裟なんだよ、君は」


「大袈裟!?」


「そう。だいたいね、アルターナ。君は少しでも自分の基準から外れると、すぐ“失格”の烙印を押す癖がある」


「失格ですって?」


「今回の菓子が完璧じゃないとしても、客の前で真っ先にそれを口に出すほうがよほど品性を疑うけど」



その言葉に、アルターナのこめかみがひくりと跳ねた。



「あんたねぇ!いつもいつも私に正論ばっかりぶつけて満足しているんでしょ!! 正論が正義なわけじゃないんだから!!」



「……はぁ?…今、自分で認めたよね。僕の言ってることが正論だって」



「そういう揚げ足取りが心底うっとうしいって言ってるのよ!」



「揚げ足取りじゃなくて事実確認だけど?」



「ああもう、最悪!」



「こっちの台詞だよ。だいたいアルターナってさ、いつもいつも僕にばっかり理不尽な文句言ってくるけど、結局は自分の思い通りに物事を押し通したいただの自己中じゃないか」


「なっ……!」



「やーい、自己中女」


「……」


「自己中女」


「…………………」




アルターナの、ギリギリ淑女として保っていた笑顔が消えた。 




ネオリムの表情も、途中から子供じみた意地の悪さを隠そうとしなくなっている。



十七歳にもなってなにをやっているのか、と周囲が思ったとしても仕方がない。だが二人にはそんな理性は残っていなかった。




「言ったわね」

「言ったけど?」

「撤回しなさい」

「事実だから無理」

「今すぐ撤回しなさい」

「嫌だね」

「今ここで叩きのめしてでも言わせてあげる」

「貴族令嬢の発言とは思えないな」

「誰のせいだと思ってるのよ!!」

「君、自分の感情の制御くらい覚えたら?」





「そっくりそのまま返すわよ、この女顔!!」


「は」





ぴたりと、ネオリムの笑みが凍った。




女顔。 




その一言は、彼にとって最も触れられたくない地雷だった。



社交界では「美しい」「繊細」「まるで絵画のよう」と褒めそやされる。



だがネオリム本人にとってそれは、必ずしも嬉しい言葉ばかりではない



“凛々しい”“頼もしい”“男らしい”とは違うからだ。 




それを、よりにもよってアルターナは、喧嘩の最中に毎度のように踏み抜く。

今日も。



「……訂正してもらえる?」

「嫌よ」

「今すぐ」

「嫌だって言ってるでしょ」

「アルターナ」

「何よ、ネオリム」

「君、本当に性格が悪いね」

「あんたにだけは言われたくないわ!!」



もはやお茶会とは名ばかりである。



近くで様子を窺っていた若い令嬢が、青ざめた顔で自分の母親に「帰りたい」と囁いているのが見えた。遅い。もっと早く察して逃げるべきだったのだ。




テーブルの上のティーカップが小さく鳴る。

アルターナが勢いよく立ち上がったせいで、カップの中の紅茶が波打っていた。



「いい加減にしなさいよ、あんたはいつもいつも! 人の言葉尻ばかり捉えて! そうやって正しいことを言っていれば勝った気になれるとでも思ってるんでしょう!?」



「君こそ、感情で騒げば相手が黙ると思ってるんじゃないのか」



「私のどこが感情的だっていうの!」



「今まさに目の前で証明してるけど?」



「っ、この……!!」




アルターナが扇を握りしめた、その時だった。




 庭園の中央——ちょうどテーブルとテーブルの間、花壇の前あたりで、不意に空気が震えた。



びり、と。



耳の奥を引っかくような、妙な音。 


次いで、白い光が炸裂する。

「なっ……!?」

誰かの悲鳴が上がった。



使用人たちが一斉にざわめく。

ネオリムは反射的にアルターナの腕を掴んで自分の側へ引いた。



「きゃ——」

「下がって!」 



光は一瞬で収束し、そこに、ひとりの少女が突っ立っていた



年の頃は十代後半。おそらく十七、八。



ふわりと揺れる髪は、アルターナとよく似た、ほんのり赤みを帯びた色合い。



着ているドレスは見慣れない意匠だが、色使いと装飾の好みには妙な既視感があった。


少なくともアルターナは「そのリボンの配置、ちょっと素敵」と一瞬思ってしまった。



そして何より。



その顔立ちが、妙に見覚えのある整い方をしていた。



繊細な輪郭。長い睫毛。整った鼻筋。



…どことなく、ネオリムに似ている。




その少女は周囲をきょろきょろ見回し、ぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、アルターナとネオリムを見て首を傾げた。


「……え?」


間の抜けた声だった。




「パパ? ママ? ……あれ?」 




その一言に、庭園中の空気が凍りついた。



アルターナは、今なんと言われたのか理解するまでに数秒かかった。



隣ではネオリムもまた、完全に表情を失っている。 少女は二人を交互に見比べた。



それから困惑したように眉を下げる。

「なんか、いつもと違う……?」





——誰が、誰の、なんだって? 





そう問いただす前に、ネオリムが最初に我に返った。




「警備兵を呼べ!!」 




鋭い声が響く。


さすがに公爵家の長男だけあって、非常時の判断は早い。


周囲に控えていた兵が即座に駆け寄り、少女を取り囲んだ。



「えっ、ちょっ、待って待って待って!」



「身元を名乗れ。どこの手の者だ」



「どこのって、どこ……!? え、いや、その、ええと……」



「魔術師か?」



「違う違う! 違わないけど違う!」



「意味がわからない」



「私だって今の状況わかってないの!!」 



兵に腕を取られ、少女はあたふたと目を回した。


アルターナは呆気に取られたまま、その様子を見つめる。 


近くで見るほど、奇妙だった。



髪はアルターナに似ている。

目元も、表情の動きも、少し似ている気がする。

だが、顔の骨格や睫毛の長さ、口元の整い方は、腹立たしいことにネオリムによく似ていた。




まるで—— 




まるで、二人の特徴を混ぜ合わせたみたいに。




そんな馬鹿なことがあるはずもない。あるはずがないのに。




「離しなさい、その子を」 




アルターナがそう言ったのは、自分でも半ば反射だった。 

兵たちが戸惑って動きを止める。



ネオリムがすぐに振り向いた。

「アルターナ?」



「少なくとも、いきなり斬りかかったりするつもりはなさそうだわ」



「だからといって安全だとは限らない」



「それはそうだけど」



言い返しながらも、アルターナの目は少女から離れない。

少女は拘束されたまま、おろおろと二人を見ていた。



その瞳に宿っているのは、敵意ではない。

怯えと、困惑と、少しの焦り。そして——妙に親しげな、ちょっとした好奇心の色。 



知らないはずなのに。

知らない顔なのに。



「ねえ」 

アルターナが声をかけると、少女ははっとしたようにこちらを見た。



「あなた、誰?」



「えっと、もしかしたら…あなたたちにとって、意味不明な答えになるかもしれないんですけど、いいですか?」



「質問に質問で返さないで」



「うっ……すみません」 



妙に素直だった




ネオリムが額を押さえ、低い声で問い直す。



「名前は」


「えっと……リシュア」


「姓は」




「……エスカディオ」




その場にいた全員が息を呑んだ。 

ネオリムの目つきが一気に険しくなる。

アルターナもさすがに、ぞくりと背筋が冷えた。



「ふざけるな」


「ふざけてないです!」


「公爵家の姓を騙るつもりか」


「違うの、騙ってないの!」


「じゃあどういうこと」


「それは……その……」 



リシュアと名乗った少女は、言いづらそうに視線を泳がせた。



だが数秒後、なにかを決めたように小さく息を吸う。



そして、兵に取り押さえられたまま、それでも必死に背筋を伸ばして言った。





「……えっと、私」





「未来から来た、ママ…アルターナと、ネオリムの娘です」 





沈黙が落ちた。 

誰も、ぴくりとも動かない。



風が吹いた。

花壇の薔薇が揺れた。

遠くで小鳥が鳴いた。



そんな穏やかな午後の音だけが、やけに鮮明に耳へ届く。




アルターナは数秒、自分の思考が完全に止まっているのを感じた。



未来

ママ

ネオリム



その単語がひとつずつ頭の中で回り、繋がった瞬間、顔が熱くなる。



「…………は?」



絞り出した声は、驚くほど低かった。 



ネオリムのほうは青ざめるべきか怒るべきか決めかねているような顔で固まっている。



普段ならどんな時でもすぐ皮肉のひとつやふたつ返してくる男が、今は口を開いたまま黙っていた。



リシュアはそんな二人を見て、“あ、やっぱりそうなるよね、”というように困った笑みを浮かべた。



「えっと……信じてもらえないのはわかってるんですけど…」



「当たり前でしょうが!!」



真っ先に叫んだのはアルターナだった。



「だ、だっていきなり現れて! 未来から来たとか、娘だとか、なにをどう信じろっていうのよ!!」



「うん、ごめん、それは本当にそう」



ネオリムが深く、かなり深くため息を吐きながら珍しくアルターナの意見に同意した。



「しかもママってなに! 誰があなたの母親なのよ!」


「アルターナ…あ、アルターナ様です」


「っ、誰が!!」


「え、いや、未来ではそうで……」


「知るか!!」


「ちょ、ちょっと落ち着いて、マ——アルターナ様!」



危うくまた“ママ”と呼びかけようとしたリシュアは、自分で口を押さえた。



その仕草が自然で、余計に腹が立つ。

隣でようやく再起動したネオリムが、こめかみを押さえながら唸るように言った。



「……ありえない」

「そうよ、ありえないわ」

「僕とアルターナの子供?」

「ありえない」

「絶対にありえない」

「天地がひっくり返ってもない」

「世界が滅んでもない」



「そこまで言う?」リシュアがしょんぼりした声で呟いた。



その表情すら、なんだか少し見覚えがある。

アルターナが不満げに唇を尖らせる時と、少し似ていた。 



いや、気のせいだ。断じて。



「証拠は」



ネオリムの声が低くなる。


いつもの皮肉や子供じみた煽りは消え、公爵家の嫡男としての厳しさが前面に出ていた。



「君が本当に未来人だとしても、僕たちの娘である証明にはならない」



「それは……」



「それに、未来から来たなんて話をそう簡単に信じるわけがない。魔術的な詐術、変装、情報操作——いくらでも可能性はある」



「う、うん。それもそう」



「随分素直ね」



「だってパパ、こういう時は絶対そう言うし……」


「……誰がパパだ」


「えっ、あ、すみません……」



ぺこりと頭を下げるリシュア。 



アルターナは頭が痛くなってきた。

ネオリムもたぶん同じ顔をしている。 



だがその時だった。 




リシュアが、おずおずと顔を上げて言ったのである。



「えっと……じゃあ、その。証拠になるかわからないけど……」



「言ってみなさい」



「パ——ネオリム様は、甘いものは好きだけど、ナッツの刻みが粗い焼き菓子はあんまり好きじゃないです。歯に挟まるから」



「……」



「あとアルターナ様は、自分の髪がすごくお気に入りで、機嫌が悪い日でも寝る前に必ず髪を梳かします。あ、えっと…確か、十五歳の時にパパ…あっ、ネオリム様から貰ったって言ってた櫛で!」



「…………」



「あと、二人とも喧嘩するときは大体、最初にアルターナ様が怒って、途中でネオリム様が正論を言って、最後にちょっと子供っぽい言い争いになって余計こじれます」



「………………」



沈黙。 



ネオリムがゆっくりとアルターナを見る。

アルターナもまた、ぎこちなくネオリムを見返した。



今の話、家族でもかなり近い位置にいなければ知り得ないことが混ざっていた。



ナッツの刻みが粗い菓子をネオリムが嫌うことは、一部の料理人しか知らない。


アルターナが毎晩、自分で髪を丁寧に梳かす習慣も、メディール家のごく近しい使用人しか知らない。



そして何より、喧嘩の流れの分析がやけに的確で腹立たしかった。



「……偶然よ」

 アルターナが言う。


「偶然かな」

 ネオリムが返す。


「偶然でしょ」


「君、今のを全部偶然で片づける気?」


「じゃあ認めるの? こんな子が私たちの娘だって?」


「認めてない」


「なら同じじゃない」


「でも——」




ネオリムが言いかけた、その時。 

リシュアがはっとしたように空を見上げた。




「…あっ」


「今度はなによ」


「いや、あの……ちょっと、嫌な予感が」

 



嫌な予感。 




その言葉に、アルターナとネオリムが同時に身構える。




次の瞬間




庭園の外——正門のあたりから、何やら騒がしい声が聞こえてきた。




「離せって! 俺は怪しくない! 怪しくないって言ってるだろ!」



「騒ぐな! 大人しくしろ!」



「だから違うって! 菓子を買ってただけだってば!」



近づいてくる声

若い男の声だ



兵たちがざわめく。



リシュアがぱあっと顔色を変えた。

「……お兄ちゃん?」 




………お兄ちゃん。




今、この子はお兄ちゃんと言ったか


アルターナは、今度こそ本気で頭を抱えたくなった。


まさかと思う。


だが、嫌な予感しかしない。




ほどなくして、数人の兵に囲まれたひとりの少年が庭園へ連れてこられた。




年の頃はやはり十七前後。手には場違いなほど呑気に紙袋を抱えており、その袋からは甘い焼き菓子の香りがしている。



そしてその顔は。



——ネオリムに似ていた。



ただし、リシュアより少し男っぽく、どこか達観したような、面倒くさそうな目つきで。



少年はアルターナとネオリムを見て、次にリシュアを見て、盛大に顔をしかめた。




「あー……最悪」



「お兄ちゃん!」



「やっぱりお前か、リシュア。絶対なんかやらかしたと思った」



「違うの! ちょっと魔力を流す場所を間違えただけで!」



「それをやらかしたって言うんだよ」



そこで彼は兵に掴まれている自分の腕を見下ろし、唖然とし、口を開いたままのアルターナとネオリムの表情、そして、先ほどから急展開についていけてない茶会の客たちを見回し、深々とため息をついた。




「……父さん、母さん。みっともないからその顔やめてくれないか。俺まで恥ずかしい」


「は?」


「は??」


「いや、わかるよ。突然未来の子供が現れたらそうなるのも。でもさ」




少年——おそらくアシュリーと呼ばれた彼は、ぐるりと周囲を見回し、心底うんざりした顔で言った。




「ここ、城下町に面した公爵家の庭園だよ?茶会の最中っぽいし…もうちょっと体面を気にしてくれない?」 




その場にいた全員が、完全に沈黙した。

 



アルターナは思った。

今日はもう、ろくな日ではない。




ネオリムは思った。

できるなら今すぐ部屋に戻って寝たい。




そしてリシュアは、そんな二人を見ておろおろしながらも、少しだけほっとしたように笑った。



「よかった……お兄ちゃんも来てた……」



「よくない」

「全然よくない」



「ええっ!?」



リシュアの声に、アルターナとネオリムの否定が重なる。 

その瞬間、兄妹はぴたりと動きを止め、そろって目を見開いた。



次いで、非常によく似た表情で、互いを見た。


「……今の」


「……そっくりだったね」


やめてほしい。

本気で。



アルターナはこめかみを押さえた。

ネオリムも同じ仕草をしていることに気づき、余計に腹が立った。



午後の陽射しは相変わらず穏やかで、紅茶はぬるくなり、最悪なお茶会は完全に壊れた。


けれどアルターナには、妙な確信があった。




——今日この日から、自分の日常は確実におかしくなる。




犬猿の仲の婚約者。


ありえないはずの未来の娘と息子。


そして、どう考えても平穏では終わらないこれから。




アルターナ=メディール。十七歳。

人生最悪のお茶会は、まだ始まったばかりだった。


最後までお読みいただきありがとうございます!


※幕間ではアルターナとネオリムの過去や未来を書いています。二人の関係性が分かる話なので、よければぜひ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ