9話 書類仕事は進まない
エスカディオ公爵家の執務室。そこは、屋敷の中でひときわ静かな場所だ。
聞こえる音は、紙が擦れる音と、万年筆が紙をなぞる音のみ。
家紋の色でもある深い青でまとめられた室内には、大きな机と整然と積まれた書類、封蝋の施された文書、重厚な本棚が並んでいる。
ネオリム=エスカディオは、外交のため他国に赴いている両親の代わりとして、書類仕事をしていた。
双子の件に気を取られ、じわじわと溜まりに溜まった書類の山を見るだけで気が遠くなりそうだ。
すると、扉がノックされた。ネオリムは「入れ」と言うと、入ってきたのは老執事のロガートであった
「坊ちゃま。執務中失礼いたします。公爵様よりお手紙が届きました。」
「…ああ、ありがとう。それと坊ちゃまと呼ぶのはやめろ」
双子たちが茶会に現れたあの日、すぐにネオリムは両親に手紙を送っていた。
双子が自分たちの子供だと主張していること。
茶会に来ていた招待客には、口止めをしたこと。
血縁検査を実施し、自分たちの子供という主張が真実であるかを確かめようとしていること…
ネオリムは双子に関することは逐一手紙にしたためて送り続けていた。
その返事が、来たのだ。
ネオリムは手紙を受け取り、封を開けた。
『ネオリムへ
お前からの報告は受け取った。
いずれも常識では測れぬ出来事だが、お前がそのような虚報を寄越すとは思っていない。故に、まずは事実として受け止める。
その二人が何者であるにせよ、現時点では公爵家に関わる極めて重大な案件である。
決して軽々しく外へ漏らすな。使用人にも必要最小限の事情しか明かすべきではない。
社交界は些細な綻びを喜んで噛み広げる。
まして“未来”だの“公爵家の双子”だのという話は、好奇心と打算の格好の餌になる。
外部の目と手から守り、軽々しく利用されぬようにし、同時に公爵家の名に恥じぬ待遇を与えることだ。
未来から来た存在というのは、あまりに異質であるがゆえに、利用価値を見出す者は必ず現れる。
行動には必ず制限を設け、特に無断外出、魔術・魔道具に関わる単独行動は禁じよ。
お前はあの双子を“客人”であると同時に、“守るべき存在”として扱え。
また、この件にアルターナ嬢が深く関わるのは避けられまい。
双子が真にお前たち二人の子であるならば、彼女を無関係として扱うことはできぬ。メディール家にも誠実に対応せよ。
この手紙が届いてから、およそ二日後に帰還する。その際、すべての報告を直接聞く。
それまでの間、家のことは任せる。
——父より』
ネオリムは手紙を机上に置き、背もたれに寄りかかった
(……守るべき、存在か)
未来からやってきた、仲の悪い婚約者との間に生まれた子供たち。
(……双子がもっと幼ければ、少しは違ったのだろうか)
親になるという実感、というものも、もう少し分かりやすかったのかもしれない。
だが現れた二人は、自分たちと同じ年頃。こちらに頼りきっているように見えて、個々は自立している。
…事故で未来に飛んできた人間とは思えない冷静さだと思う。
(…アルターナとも相談して、メディール侯爵夫妻に説明する機会を設けなければ)
噂が広まったりしないように、アルターナと共に、父からの返事が来てからアルターナの両親に報告するか否かを決めようと話していたのだが…
正直億劫である。
ネオリムはアルターナの両親が幼い頃から苦手だ
アルターナの両親は、末娘であるアルターナのことを過保護なほど気にかけている。
幼い頃、アルターナと喧嘩した際に、アルターナが親に告げ口したことがあった。
するとアルターナの父が、仕事を放って説教の時間を作り、告げ口した当人であるアルターナまで巻き込み、平等に三時間。婚約者とはなんたるかを説いてきたのだ。
しかも、途中からアルターナの母まで参戦し、そこからさらに一時間の説教となった。
その日以来、ネオリムはどうしてもアルターナの両親が苦手になってしまったのだ。
“コンコンコン!”
急に扉が軽やかにノックされ、ネオリムは少しビクッとしたが、即座に姿勢を正し「入れ」と言う。
「…失礼します!」
ネオリムはため息を吐いた。厄介ごとの根源が二人セットでやってきたのだ
「…アシュリー、リシュア。…何の用だ?」
アシュリーとリシュアは、非常によく似た微笑みを浮かべている。
リシュアは「これ、見てください!」と言ってネオリムに書類を渡す。
「…なんだこれは。…『王国認定魔導技師資格試験規定』…?」
「はい。とっても大事な話です。」
ネオリムは嫌な予感しかしなかった
この双子が、ろくでもない話以外を持ってくることは稀だ。
そして、その予感は的中した
「父さん、この試験、受けてください」
ネオリムは深い深いため息を吐いた
書類仕事は、今日も進みそうにない




