どこかの刺客①
「何者かが嗅ぎまわっている感じがします」
ある日、カナミは決心したようにそう告げた。
「感じ?また歯切れの悪い言い方だね」
「は。本当は確認してからご報告を考えていたのですが……」
カナミは心苦しそうに言う。
「この頃、いたるところで怪しい気配を感じます。……感じるのですが、振り向いてもそこには誰もいなくて、ですね……」
何それ怖い。
安直に考えると幽霊、
(……いや)
ディムルは一つ心当たりがあった。
カナミの肢体に目を落とす。
現在カナミが着ているのはエスパーラ女性の普段着だ。
あの日以来、彼女は敵国の衣服に身を包んでいる。
またチャイナドレスを着るくらいならこちらで過ごすとのことだ。
髪も美しく結い上げている。
「ふむふむ」
「な、なんですか」
カナミの身体、この半年で女性っぽくなったなあ。
カナミは容姿も整っているし、14歳にしてはなかなか艶がある。
自分にはまったくもって分からないが、この年頃が趣味の男もいるようだし。
「こないだのチャイナでカナミのナイスバディがばれて性欲を持て余した醜い雄どもが物影から……」
つまり、ストーカーだ。
「ええ……」
カナミの顔がさっと青ざめる。
全く想定していなかったようだ。
「性犯罪は、女性の防犯意識によって対策できるんだ。できる範囲で良いからさ。一人にならない、暗い夜道を歩かない。目のやり場に困る刺激的な服装も控えようね?」
「き、着せたのディー様です!あ、いえ。私のわがままから始まったのでしたね……。ご心配下さっていることについては身に余る栄誉なのですが……」
そこまで言いカナミはこほんと喉を鳴らす。
「普通に考えれば、心配すべきは身分尊き御身なのではございませんか?」
カナミは眼を鋭くさせる。
俺たちは奇価。
これはエスパーラの上の理屈である。
末端の兵士たちにとっては敵国エメラルドの王族貴族である自分たちは身内の敵に過ぎない。
この国にきた当初はイラリオとファガレス・その後もたびたび刺客による襲撃を受けている。
「カナミの感じた怪しい気配。それが新たな刺客のものだと考えるのは確かに正道だね」
そして、カナミに尻尾を掴ませないというのは、相当な手練れと言える。
あの時、ゲイル将軍は言った。助けはしない、と。
自分たちの身は自分たちで守る。
それができる者だけがこの世界を生き残る。
ディムルはしばらく思案した。
「罠を張ってみようか」
*
雲の多い夜だった。
大地へと伸びてくるはずの月明りは、多くの雲に遮られ、その切れ目からしか光は届かない。
そんな夜、ディムルは一人で庭園を歩いていた。
腰に剣はない。
服も寝間着である。
上手く寝付けず散歩に出たといったところか。
男たちはそう判断した。
「っッ!?」
瞬間、ディムルは後ろから腕を組みとられ、口を布でふさがれた。
「んん……」
ふさがれた口から悲鳴が漏れる。
しかし、もう遅い。
所詮は子供。
大人の力に叶うはずもない。
ディムルを拘束せんとする、ごろつき風の男は並びの悪い歯をむき出しにして嗤った。
『エルブースト』
そして、漏れるはずのない声が聞こえた。
「あちょおおおっ!」
ばちこーーっん!
猫のように柔軟な体捌き。
男の身体を支点に、コマのようにくるんと回ったディムルの蹴りが中腰の男の首を蹴り飛ばした。
「が……あ、かっ……」
男は苦しそうに悶える。
「こんばんは、刺客の皆さん。私はエメラルド国王子。ディムル・エメラルドと申します。そしてマイブームは……アチョーッ、フアチャーッ!!」
ディムルは雄たけびを上げながら空を攻撃する。
「エスパーラ拳法の鍛錬でっす!!」
ニッと笑う。
ジャッキーチェンが好きなんだ、と呟いて。
眼前を見据える。敵は3人。
今悶えているごろつき風の男。
やや遠巻きで呆然としている男は小男。子供の予想外の反撃に困ったのか、見るからに動揺している。
(そしてもう一人は……)
身なりのいい紳士風の男。
エスパーラの貴人を現すように長い髪を高く結い上げているが、どこか慣れていないようにも見える。
「私の自己紹介は終わりました、さて、あなた方は?」
ディムルは冷静に視る。
「あなた方は私を殺そうとせず、拘束しようとしました。ならば私の死に用があるとは考えづらい。目当ては誘拐?いつもと違い、義憤が動機ではない?あなた方は私がエスパーラ拳法にはまっていると知りませんでした。この城都在住ならいくらでも知ることができたはずだ。あなた方はどこから来たのでしょうか?」
紳士風の男は光のない瞳をこちらに向ける。
次々と分析するディムルが面白いらしい。
「調子こいてんじゃねえぞクソガキっ!!」
ガラの悪いごろつき風の男だ。
ダメージが回復してきたらしい。
憎々しそうにディムルを睨む。
「さっきは油断したけどな、武器持った大人に丸腰のガキが叶うとでも……」
さくっ!
怒鳴りながら近づくその男の背中に、何かが刺さった。
それはディムルの愛剣であった。
ディムルはフットワークを駆使して柄に手を伸ばし、
「ぎゃああああああああああ!」
男の背中を大きく斬り裂いた。
ごろつき風の男はうつ向けに倒れ、這い這いの体制で後ろを振り向く。
見えるのは仲間二人に剣を向けるカナミの姿である。
男に向かってディムルの剣を投げつけたのは当然カナミ、草陰から飛び出した彼女は残る二人の男に剣を向ける。
「さ、これで逃げ場はない。あなた方は何を狙ってどこから来たのか、答えてもらいますよ」
ディムルの言葉に少し間を置き、紳士然とした男は顎に手を置き漏らす。
「ふむ、罠だったということですね」
紳士然とした男は、冷静に場を呼んで、冷静に対策を考え、最後に獰猛な笑みを浮かべた。




