エスパーラの日常②
「ははっ。それはそれは災難でしたねっ」
一部始終を話すと、カノンノの兄であるフォールは、彼にしては非常に珍しくも吹き出した。
「愚妹が失礼しました。あの子は少し潔癖すぎるきらいがありますからね」
「まったくですよ、妹さん。なにも殴らなくてもいいのに」
まあカナミにも殴られたのだが。
「自業自得もあるとは思いますが。あなたは嫌われていますからね」
「うーん。なんとか仲良くなりたいんですけどね。なにか案はありませんか?」
「その方法は存じません。私が知りたいくらいです」
「フォールも嫌われているんですか……」
場所は変わって自由研究室。
レッドフィール城の地下にあるそこはよろずの事を研究している。
現在はディムルの案で輸血について調べている。
フォールと雑談をしながらも作業の手は止めない。
現在、怪しげな液体を煮込んでいる途中だ。
「今日は血液の型について調べないんですか?」
「実験が全てあなたの思惑通りに進むのもしゃくなのでね。今日はうちのアリシアが考えた案でいきます」
フォールの部下、文官のアリシアは照れ臭げに台車で大きめな箱を運んできた。
中では大量のネズミたちがちゅうちゅう言っている。今回の実験のモルモットだ。
「今まで試し、失敗してきた液体も。ひと手間加えれば輸血に使えるのではないかと言う実験です。思いついたものをとにかくぶち込んでみましょう」
そこで俺たちが今煮込んでいるのは硫酸だ。山の方から採ってきたらしい。
こんなものが輸血に使えるわけはないと思うが、なんでも試す前から否定するのは良くないことなので静観しておく。
そこでフォールは人体には欠かせない塩分を加えよう、と言って塩を硫酸に混ぜていった。
さらに文官のアリシアは、お気に入りの入浴剤をにこにこしながら入れていく。
身体にいいものをどんどん入れていったら硫酸も中和されるだろうという考えだ。
他にも砂糖や野草、硫黄磁石牛乳酒にんにく、はては防腐剤まで。
文官たちは悪ノリして次々と入れていった。
俺もなにか珍しいものを入れたいと思い、食塩水をオリジナル魔法の『ショック』で電気分解し水素と塩素を混ぜてみた。
他にも様々な物を集め、手間をかけ、そしてようやく……!!
輸血用液体(仮)完成!(なんだかおならの匂いがする)
ネズミの体内に投与してみた。
体内に投与されたネズミは内臓がどろどろに溶けて爆散した。
化学には詳しくないが、これって水酸化ナトリウムというのではないだろうか。
推理小説とかで死体を溶かして隠ぺいするあれだ。
「ん?」
ネズミの遺体からもくもくとガスが上がってくる。
そのガスを吸った文官たちは汗を拭きだし次々と悶えていった。
「え、毒ガス?」
非常にまずい。地下室だから逃げ場がない。
いやいやいやいや、ちょっと待て。
なんで急に軍事兵器ができてるの!?
こういうのが嫌だから安全な医療系の研究に誘導したのに!
え、あ・あ・あああああああああああああ。
『セイクリッドリポイズンっ!!!』
「あははっ、あはっ!し、死ぬところだった……」
「えほっえほっ、うえっ!ああ、お日様って眩しい」
「「眩しい」」
這い這いの体でなんとか地上まで上がってきた室員一同。
フォールの治癒魔法に救われた。
この男はなんと治癒の上級魔法が使えたのだ。
「じょ、上級魔法使いだったなんて驚きましたよ……ああ、空気っておいしい……」
「ぜえっぜえ、で、できればばらすつもりはなかったんですが……」
「教えてくださいよそれ、僕の治癒魔法は中級までなんで、うえっぷ……」
「し、仕方ありませんね……こひゅーこひゅー」
室員一同深呼吸をして空気の美味さをかみしめる。
はたから見たら異様な光景だろう。
「……あれは、不憫な子なんです」
胃の中の物をげえげえ吐き出したフォールは汗と涙と鼻水と吐しゃ物にまみれながら話しだした。
「こんな時代です。生きているだけで幸運と言わなければいけないかもしれません。それでも、通常よりは少しだけ不憫な子でね。いけないとは思いつつ、つい甘やかしてしまうのですよ」
どうやらさっきの話の続きらしい。カノンノのことだろう。
「あの子のこと、良くしてやってください」
そういうフォールの眼は、優しかった。
このひねくれ者の参謀は、普段だったら絶対にこんなことを言わないだろう。
毒ガスを吸って、心身共に追いつめられ、そうしてようやく出てきた言葉。
ディムルは、この時初めてフォールの本音に触れられたのかもしれない。
うふふ、くすくす。
「っっ!?」
瞬間、ディムルは勢いよく顔を上げた。
どこからか、声が聞こえた気がする。女性のかみ殺したような笑い声。
しかし、
(誰もいない……)
確かに、聞こえたはず。
しかし誰もいない、ということは……
「おえええっ」
幻聴が聞こえるなんてまずいな、とディムルは苦笑しもだえ苦しんだ。




