エスパーラの日常①
秋。
ディムルとカナミが誘拐されたのは春先のことだ。
早いもので半年の時がたっている。
こちらの暮らしにはずいぶん慣れた。
国に捨てられた身の上の彼らだが、エスパーラには丁重に扱われている。
それはディムルとカナミが高貴な出自であることもあるし、二人の才覚が見込まれていることもある。
奇貨、置くべし。
いずれ二人がエスパーラに利のある存在になれば儲けもの、それまでは丁重に扱うべし。といった考えがあるのだ。
ディムルはそんな帝国の下心が分かっているから、気楽に日々が遅れている。
しかし、真面目なカナミはそうもいかないらしい。
「あの、やっぱりこれを着なくてはいけませんか……?」
ディムルとカナミが『仕立て屋』を訪れたのは、秋祭りの時期も過ぎ去り、雨季に入ったころ。
エスパーラ西部は、この雨季を終えるころにどっと気温が下がり、冬へと向かっていくらしい。
繰り返すが、ディムルとカナミは春先にさらわれこの国に来た。
手荷物に詰め込んだ服のストックにも限りがある。
カナミの持ってきた衣服は、訓練や実践によりずいぶん傷んでいる。
見た目もそうだが防寒性も難ありなので冬を迎える前に新調したい。
「しかし、エスパーラ風の衣服をまとうなど……」
祖国への思いが強いカナミには敵国の衣装に強い抵抗があるらしい。
ちなみにディムルはこの国に来た初日からノリノリで着ている。
「おいおい姉ちゃんよお、せっかく作ったんだし着てくれよぉ。どっちにしても成長期、元の服のサイズもきついだろぉ?」
仕立て屋はボロボロになった八重歯を見せながらにゃっと笑う。
仕立て屋のマークは流れ者で、その腕一本で大陸中を渡り歩いてきた一流の職人とのこと。
彼ならエメラルド風の衣服を作ることもできるらしいが、そもそもエメラルドはエスパーラから見て交戦中の敵国だ。
ディムルは周囲への体裁を考えて、エスパーラ風の服を注文した。
「元は貴族の嬢ちゃんだろう?そこを考慮して綿花から厳選し、若い武人好みの昇竜の刺しゅうを施した。おいら自慢の一品だぜぇ」
「……動きづらい」
薄い布地を幾重にも重ね着るのがエスパーラ服の特徴だが、カナミはお気に召さなかったらしい。
「ん~。ならここにスリットを入れようぜぇ。もっと際どい感じにぃ、げへへ」
「なっ、おい、やめろっ」
嫌がるカナミに取り合わず裾の部分をはさみでじょきじょき切っていく。
艶やかな太ももがあらわになる。
背が高く、スタイルも良い彼女の素足は14歳にしてはずいぶん煽情的だった。
あ、殴られた。
そんなこんながあって、スケベ親父マークとカナミ・そしてディムルの意見は対立した。
いつ刺客に襲われるかもしれない現在の立場。こんな動きにくい服では護衛業に支障が出るというカナミの意見。
エスパーラ風の衣装を着た方がトラブル無く済むというディムルの意見。
元服前の少女のチラリズムを楽しみたいマークの意見。
それを全て解決する画期的なデザインをディムルは描く。
「こ、これは……!」
仕立て屋のマークは慄いた。
エスパーラ文化に近い中華のデザイン、詰襟で横に深いスリットの入ったボディコンシャスのワンピース。
「さあデザインはできた。あとは仕立て屋のお仕事だよ!」
「おうよ!げっへっへ!」
素早いスピードで生地を加工するマーク。
ディムルとカナミは茶を飲みながらしみじみと待った。
「最初に立ち上げたのはアパレルの会社だったなあ。嫁さんにモデルしてもらったり。ああ懐かしい」
「え?何の話ですか?」
「前世の話さ」
そんな雑談をしているうちに完成。
マーク仕事速すぎ。
ぴったりとラインの出るソレは長身のカナミにすごく似合っていた。
前世における日本人なら中華のレディースといえばまずこれを思い浮かべるだろう。
いわゆるチャイナドレスだ。
「いい仕事したぜえっ!」
「だねっ!」
「なんなんですか、その団結感は……」
熱く腕を打ちあうディムルとマークにカナミはとまどった。
経験の薄い彼女には男心が分からないようだ。
その後、3人は次の予定にむかう。
「なにやら、邪な視線を感じるのですが……」
「げっへっへ。なんでかなぁ」
「うーん。これは予想外だ……。エスパーラは身持ちが固い文化とはいえこの程度の事さえ耐性がないなんて」
人々がカナミに向けるのは新たなデザインを見る奇異なものではなく、カナミの露出についての男たちの邪なもの。
あるいは嫉妬深く見る女性のもの。
幾重もの布を重ね着するこの国では、身体のラインを見せることさえ破廉恥に映るのかもしれない。
「げへ。芸術ってのは凡俗に理解できないものだぜえ、カナミの姉ちゃん」
「リアルクローズよりの服を作るのが世間のニーズかもしれない、でもそれじゃあ新たなデザインは生まれないよ。労働者の作業着でしかなかったデニムがストリート系ファッションとして一般に普及したように、俺たちはフレキシブルなアイディアで新たなマーケットを作らなければいけない、これは剣術や人生においても同じ事だよ」
「は、はあ……」
多感な時期にあるカナミには最大限の配慮をしなければならない。
そう言葉を選んでいると、知り合いが通りかかった。
カノンノだ。
「ちょ、ちょっとなんて淫らな格好してるのよ!春でも売りはじめたの!?」
直球だった。
「は、春?というか、わ、私が淫ら……?」
ショックを受けたように顔を青くさせるカナミ。
彼女は悪くない。
何も知らない子供を騙したのは俺たちの方だ。
「気にすんなや、カナミの姉ちゃん。俺はエロエロで大好きだぜぇ」
「ま、待ってくれ!私の服装はエロに入るのか!入るのかっ!」
カノンノは呆れた顔をしながらも、自分の着ている衣を一枚カナミに羽織らせる。
どうやら状況を察したようだ。
肌を隠すようにしゃがみこんでいるカナミの両肩を優しく掴み、ゴミを見るように俺とマークに冷たい視線を送った。
カノンノがカナミに気を使うとは、実に珍しい光景だ。
「犯人どっち?」
「……両方」
すぱんっ!ばちこんっ!
馬鹿力のカノンノにしばき倒される。
大きなこぶを作りながらマークはにゃっと笑った。
「げへへ。なかなか眼福だったよねえ。嬢ちゃんの生足。坊主もそう思うだろう?」
「別に。子供じゃん?」
ぽかんっ!
最後の一撃はカナミのものだ。迷いのない一撃であった。
ふふ、くすくすっ。




