どこかの刺客②
雲の多いこの夜に、ディムルは紳士然とした男。
カナミは負傷したごろつき風の男・身なりの悪い小男を相手どる。
「カナミ、生け捕る必要はないよ。躊躇なく殺せ」
有事の際、カナミにはそう命じている。
余計なことを考えては不覚を取る。
人殺しを忌む、そんな自分の身勝手な流儀で彼女を危険にはさらせない。
(偽善だね……)
自分に従順な少女に、あっさりと殺人を命じる。
現代日本の常識に当てはめれば、これはあまりに猟奇的な思考だろう。
俺もまた、乱世の教えに染まってしまっているということか。
それでも、最後の一線は越えたくない……。
雲が消え、月明りに照らされた庭園の上で、刺客と剣を構えて向かい合う。
再び流れ雲に月明りが遮られ、一瞬辺りは闇に包まれた。
「日本の刑法によれば、正当防衛の構成要件は3つ。急迫不正の侵害・権利防衛の意思・必要性と相当性」
「?」
暗闇の中、襲撃者が疑問符を浮かべた空気を感じる。
ディムルは声を立てずに笑った。
殺人に慣れたくない。
だから、正当性の無い殺しはしない。
(乱世の世で、我ながらばかばかしい理屈を立てるもんだ)
これは偽善で、反吐が出そうな自己満足だ。
それでも、乱世の思想に吞まれないためには必要なものだと考えている。
雲の切れ目、月明りが差し込む。
互いの姿を視認した途端強く刃を打ち合った。
「あなたは俺に用があるのですか?それとも俺の死に用があるのですか?」
ディムルは笑みを浮かべてそう問い詰めた。
*
刺客の頭、紳士風の男は微笑を浮かべている。
しかしその内心は動揺と激情に囚われていた。
それも仕方がないことだろう。
ディムルとカナミ、子供二人にやり込められているのだから。
エメラルド国から連れて来られた、聡明な王子。
噂は聞いていた。
情報も得ていた。
規格外の天才児だと。
しかし所詮は子供。
生かすも殺すもどうとでもなる。
そう考えていた。
しかし、いざディムルと相対すれば、いかに甘い考えだったかがわかる。
ぎいいいいいいいん!
片手で剣を打ち、余った左の拳をディムルの顔面に入れる。
「ぶえっ!」
ディムルの鼻から血が垂れる。
しかし、ディムルは視線を外さない。
構えを崩さない。
(顔に入れられても気がなえないのか……)
血を拭おうともしない。
淡々と隙を見せずに思考を続ける。
子供気なく、隙の無い男だと思った。
(戦いに慣れている……)
襲撃者の男は観念し、方針を変えることにした。
「大変失礼いたしました。王子殿下。私共はあなた様の命をどうこうしようなどと考えておりません」
剣を下げ、態度を軟化させる。
しかしディムルは構えを崩さない。
冷たい眼で淡々と男の様子をうかがっている。
「あなたは何者ですか?」
男は再び獰猛な笑みを見せる。
「エスパーラ帝国に牙をむくもの、とだけいいましょう」
あなた様を、お救いしに参りました。と、男は言葉を繋げた。
「……とどのつまり、外交を目的とした誘拐犯か。言っとくけど、俺をどうしようとエメラルド国は対応を変えないよ。既に父王は俺を見捨てている」
「あなた様は、人の親となった経験はございません。一度は見捨てた嫡男が、生きて無事に帰ってくる。恩を感じずにはいられませんよ。そしてエメラルド国はもともとエスパーラと敵どうし」
「敵の敵は味方になれる。正論ですね」
エスパーラと敵対するためにエメラルド国に恩を売りたい、か。
……さて、この男の所属はどこだろう。
エスパーラは軍事国家。
周辺諸国と戦争ばかりを繰り返しているから敵も多い。
例えば西北で領地が接するセリア王国。
同じく西南に位置するアブソーブ女王国。
(は、選択肢から外れる)
どちらもエメラルド国とは既に同盟関係にある。
俺の救援なんて必要ない。
とすればエスパーラの東部の国々か?
エメラルドと手を組み挟撃体制に?
なんにせよ、自分たちはエスパーラに攫われた人質だ。
彼らの手を借りて国に戻れるなら悪い提案ではない、が。
「信用できない」
が結論だ。
「この国から出たくはないのですか。明日も知れぬ捕虜の身を甘んじて受けると?」
「それは問題のすり替えです。剣を抜いて強引に攫おうとする、そして今なお自分の身元すら明かさない。そんな人にどうして身を預けられますか?これは信義の問題ですよ」
ちっ。
強い舌打ち音が聞こえた。
男は苛立ちが隠し切れないようだ。
そして再び凶刃が向けられ、刃と刃がこすれあう。すると、
「ディー様、御無事ですか」
離れたところで二人を相手にしていたカナミが駆け寄ってきた。
汗で服をはりつかせ、多量の返り血を浴びている。
見るからに疲労困憊だ。
そんなカナミは、相手取っていたうちの一人を肩に抱えている。
「殺したの?」
「一人は殺しました。こっちの小男はまだ生きています。意識はないですが、ディー様の治癒魔法をかければまだ助かります」
「……俺は殺せと言ったはずだよ」
「できることなら死なせたくない。それがディー様の本心だと感じました」
男を肩から降ろしながら、カナミはぶっきらぼうに答えた。
見ると、俺と相対していた男は唖然としている。
俺たちのことを、本当に子供と思って舐めきっていたらしい。
男に対して居直り、俺は低い声でカナミに告げる。
「基本スタンスは殺す。余裕があるなら生け捕り。それで終いだ。自分の身を最優先に考えなよ」
「御意。ディー様の御身を最優先に実行いたします」
「御意の意味わかってる?」
苦笑するディムル。
生真面目に返すカナミ。
エスパーラに来てから半年の間、二人はこれまでも多くの刺客をやり過ごしてきた。
その立ち振る舞いからは一種の余裕すら垣間見える。
襲撃者の男は再度舌を撃つ。
任務は失敗だ、と口ずさんで。
「っッ!?」
男が動き出す。
狙いはカナミか!?
ディムルはそう思い男の背後に回り挟撃の体制に入る。
カナミは牽制の意味も込めて突きを繰り出した。
……すると、
ぐちゅっ!
「「っ!?」」
ディムルとカナミは驚愕した。
牽制のつもりで放った突き。
男はそれをかわさずに、カナミの刃が深々と刺さったのだ。
「……あ……が、……っ」
口から大きく血を吐き出す。
ぎょろり。
瞳孔の開いた男の視線が下へ向かうのが、間近に接したカナミは震えた。
(なんだ……何をする気だ。どこを見ている?)
男の眼球の先には、カナミの足元に転がる小男がいた。
男はその首を刺し貫いた。
「なっ!?」
自分の仲間をっ!?
『エルヒーリングっ』
男の周りを暖かな光が包む。
呆気にとられるカナミとは打って変わり、急ぎ駆け寄ったディムルは紳士風の男に全力の治癒魔法をかけたのだ。
「お前だけでも死なせないっ!いったい何でこんな凶行に走ったか、答えてもらうぞ!」
魔力のほとんどを費やした成果か。少しずつ傷がふさがっていく。
カナミの刀は未だ刺さったまま。
しかし、こひゅー、こひゅー、と息を吹き返してきた男。
ゆっくりと腕を動かし、袖に仕込んだ小ぶりのナイフを取り出した。
そして小さく小さく声を絞り出す。
「国……王陛下……万歳…………」
ぐちゃ。
肉を貫く音が聞こえる。
男は自分の首をナイフで掻っ切って。
絶命した。
「嘘だろ」
しばらくのち、ディムルは絞り出す。
後味の悪い結末すぎる、と。
(自分から死ぬなんて……)
カナミの刃をその身に受けながら、仲間にとどめも刺した。
理由は恐らく。生け捕りにされないため。
自分たちの身元を吐かされないように、あっさりと死を選んだんだ
「なんだったんだ……こいつら……」
ディムルは苦虫をかみ殺したように苦悶した。
……いい。
まあいい。
とりあえずは今日も死なずに生き残った。
ひとまず良しとする。
襲撃者が来るたびにディムルはそう考えることにしている。
そう思わなくてはやっていけない。
今生に生を受けて、もう何度命を狙われただろうか。
(こんな結末なのは初めてだけど)
いつもならその命に俺とカナミが手をかけるか、上手くいけば生け捕りにして衛兵に突き出している。
のに……。
「帰ろう、カナミ。後の処理は衛兵さんたちに任せて……」
ディムルは徒労感に打ちひしがれ、しばらく後、カナミの異変に気付いた。
「カナミ?」
自分とは違い、カナミは男たちの遺体に一瞥もしていなかった。
何を見ているんだろうか?
真っ直ぐと射貫くように、鋭い目つきで、あるところを見つめていた。
庭園の中でも木々の生い茂った地帯。
月明りが届かない闇。
カナミは闇を睨みながら、剣を中段に構える。
「ディー様、どうか剣を納められませぬよう」
カナミは何を言っているんだろうか。
そこには何もないのに。
真っ暗で、ただそれだけ。それだけの光景を、カナミは確信のこもった眼で睨みつける。
「何かいます……!!」
その言葉を境に、闇がねじれた。
あらら、気づかれちゃった?
声が聞こえた。
女の声だった。
ねじ曲がった空間が割れ、月明りが、妙齢の女性を映し出す。
「お初にお目にかかるわ。哀れな哀れな人質王子、ディムル殿下」
その女性は歪んだ目つきで蠱惑的な吐息を吐く。
「あなたは誰?」
女は口が裂けてしまうくらい口角を吊り上げた。
「ゼンチス」
くすくすくすっ。
実に嫌味な嗤いが夜の闇に溶けた。




