酔っ払い
そして、時は現在。
ディムル・エメラルドの留学まで、残り1週間。
アイシャはと言うと、
「親父~、もういっぱい」
「あいよ!」
昼間っから飲んだくれていた。
「お姉さん、この辺じゃ見ない顔だねえ」
「んー。城仕えなもんでぇ」
「へー、じゃあ今日は休暇かい。こんなしみったれた店じゃなくて、もっと良い店にいかないのかい?」
店の親父は、がははと笑う。
「…………」
だって仕方ないじゃん。
良い店なんて知らないし。
王子の守り役になってから、1日中お側に仕えて、空いてる時間なんてほとんど無かったし。
てか、酒だって超久しぶり。
年頃の女性の楽しみだって、ほとんどしたことない。
でもいいんだ。もう。
こっからは楽しいことができる。
自分に王家のご嫡子を育てることができるのか、そのようなことが許されるのか。
どう育てたらいい。どこまで接していい。
いつもいつも悩んでいた。
しかし、もう悩む必要はないんだ。
「もうすぐ、いなくなるんだから……」
久しぶりの酒のせいか、気持ちが哀しくなってきた。
「……結局、答え、だせなかったな」
何故だか、涙がにじんできた。
「あれ、なんでだろ。重責から解放されて、うれしいはずじゃん」
きっと酒のせいだろう。
そうだ、そうしてしまえ。
グラスを一気に傾ける、すると、涙はとめどなくあふれていく。
「うーっす。宅配でーす」
貧相な身なりの男が大きな樽を持ってきた。
店の親父はそちらに対応している。
店にはほかに客はいない。
だから、涙を見られることは無かった。
他人に見られなくてラッキー、かな。
特に知った顔には見られたくない。
「あーあ、何やってんだろ、本当に」
「いや、何やってんの」
見知った顔が目の前にいた。
*
「あんた、どこかで見たことある……!!」
「酒くせっ!あんま顔近づけんな、昼間っから酔いすぎだろ」
大きな樽を持ってきた、貧相な身なりの宅配業者。
顔つき体つきは特徴的だった。
顔から首にかけて裂傷ややけど傷が目立っていることもあるし、どことなく外国の風を感じる面構えでもある。
「あー、あんたいつぞやの刺客!!」
確か名前はアザール。
王子を襲ってイリーナにかんぷなきままに叩き潰された敵兵Bだ。
王子の配慮によって死刑は免れ、現在は服役中のはずである。
「これでも模範囚だからな。仕事で外に出ること許されてるんだよ、てかよく覚えてたな」
「王子が気に入ってたからねー、懐かし。何度も私の眼を盗んであんたの牢屋に忍び込んでおしゃべりしてたっけ。何度も何度も何度も私の眼を盗んで……」
思い出したら腹が立ってきた。
マジでいうこと聞かねえクソ王子め。
「つか座れ!なんで立ってんだ!てめえ年下だろ偉そうに!」
「うおっ、なんでキレ気味なんだよ。てか俺仕事中で急いでんだけど」
「いいから座れ!私の酒に付き合えってー!奢るからさー!」
そう言ってアイシャは泣き出した。
既に一度涙を見られているのでお構いなしだ。
完全に酔っ払いの思考である。
「え、おごり……?」
アザールはごくりと喉を鳴らした。
アイシャは見逃さなかった。
「ははーん。服役中のアザールちゃんは酒が恋しいかー。酒なんて何年も飲んでないもんねー。ほれほれ、旨いぞー!」
しつこいようだが、アザールは現在服役中である。
ここにいるのは模範囚として信頼を得ているため、配達に来たに過ぎない。
すぐに戻らなければ、これまで積み上げてきた信頼は露と消えるだろう。
そこまで考えて、アザールは言葉を返す。
「ご、ごちになります。姉御……」
彼にとって、酒に比べれば、信頼とはクソどうでもよいものであった……。
「それでー、王子が留学に行くのー。マジないわー。や、ないわー。私にできることもないわー、でも重役から解放されるわー……うえ、ぐすっ、うう……おらっ!酒が切れたぞ!つげっ!」
「うす姉御。別に留学に行くくらいいいんじゃねえの。セリアとはもう同盟結んでんだろ?」
「わかってない!アザールちゃんは何もわかってない!……この場で言う留学ってのは、人質って意味なのよ」
「ふーん、なら直接そう言やあいいのに。面倒くせえな」
「そう!面倒くさい世界なのよ王宮は!」
権謀術数渦巻くクソッタレな世界。
それが王族貴族のおわす王宮。
陛下や王子が、おわす世界。
そんな世界、のそれまたハードモードな場所に、王子は行く。
栄えある人質として。
やば。
なんか、また泣けてきた。
何故だろう。
「そりゃ心配だからじゃねーの」
「そだけどさ。陛下がお決めになったことだよ」
「なんか関係あんのか、それ?」
アザールは当然そうに言う。
外国人で、身分が低くて、私たちの事情を全く知らない。
だからこそか、彼の発言は正論に聞こえた。
「でも、重責から、解放されるじゃん……」
「寂しいんだろ。実は悩むのが楽しかったってやつだろ。子離れできねえお袋みてえだな」
そう言ってアザールは笑いだす。
「お母さん……?」
「おう。子供の前では怖え顔して、でも内心は滅茶苦茶悩んでる。これでよい子になるのかー、もっといい方法がー、つか嫌われたくねえしー、典型的な子育ての悩みじゃん」
私は軽く脱帽した。
家族を知らない私には、出せない発想だったから。
そうか、私は寂しいんだ。心配なんだ。
身分卑しいくせに、お母さん気取りなんだ……。
アザールが分からない方は第1章「刺客の男」を是非ご覧ください!




