二人の王
『可愛くて愛しい私たちの王子を、守ってあげてね』
イリーナはそう残して、国を去った。
イリーナが去っても、王子は変わらず魔法の鍛錬を続け、成長していった。
治癒の速度も精度も上がり、内傷も治せるようになった。
「同じ轍だけは、死んでも踏みたくないんだ」
とは王子の言だ。
まだ7歳にも関わらず、イリーナに守られるしかなかった自分を何よりも恥じている。
王子は並行して剣術の鍛錬も始めた。
無論これまで通り学問や作法の勉強も欠かしていない。
王子が自ら望んだとはいえ、一日のスケジュールは子供とは思えないほど過密となっている。
それでも少しでも時間が空けば剣を振っているから驚きだ。
最近、王子のことを国家始まって以来の天才だと呼ぶ輩が増えている。
剣も魔法も学問も、全てが規格違い。
確かに恐ろしく多才だ。
しかし、
(表現が、ちょっと違うよねぇ)
天才と言う呼び方に違和感がある。
「うーん、ローランの突きの対処法だけが分からないな。構えが普段と変わるから予備動作でバレバレなんだけど分かっていても避けられない……リスキーだけど踏み込んで距離を潰してみようか。うん、それなら突きは放てない。ちょいと無謀だけど、試さないことには……」
王子はこんなふうに、いつもなにやら呟いている。
頭の中で分析し、できる限り効率のいいやり方を模索している。
一日の時間を管理し、暇を作って自己研磨をしている。
失敗や敗北を恐れず挑戦し、同じ過ちだけは何があってもしないよう反省を欠かさない。
天才っていうより、努力の仕方が並外れて上手いように私には思えた。
「うっし、ローラン!!勝たせてもらうよ!今日こそは!」
「はっ!やってみやがれチビ王子っ!」
眼光に闇をはらんだ少年ローランは、闇に呑まれてなんていなかった。
呑まれる前に、王子によって拾い上げられた。
剣にかけては死に物狂いなのはそのままだけど。
王子と接していくうちにどんどん子供らしい一面を取り戻していく。
(王子は、ディナイアル陛下と同じだ……)
王。
生まれながらにして人の上に立つ存在。
この二人は、紛れもなく……。
ふと思う。
二人の王が反目するとき、私はどちらにつくんだろう。
(いや、いや、いや)
何馬鹿なことを。
私は既に、主君を決めているではないか……。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、忘れてしまっていた。
*
同年、冬。
サラ王女殿下の嫁入りを知った王子の暴走。
私は再び王子を殴った。
今度は少しだけ、殺気を交えて。
『何……やってんだ………どけよ…!!!どいてくれっ!!立ち塞がるなら、いくらアイシャでも容赦はできない。今の俺には、その余裕がない!!!』
『それは……こちらの台詞です。私は、ディナイアル・エメラルド王陛下の忠実なるしもべ!」
サラ王女殿下の嫁入りを知った王子の暴走。
ディナイアル陛下に牙を剥いた王子を思い切り殴った。
私の中に残ったのは、後味の悪さと罪悪感。
「大儀であった」
陛下から賛美のお言葉がもらえても、私の心は晴れなかった。
私の主君は、ディナイアル陛下。
だから、間違ったことはしていない。
乱心したご嫡子を、手荒に戒めた。それだけ。
(それだけ、じゃねーだろ……)
やはり、私の本質は育ちの悪いチンピラだ。
王族を育てるなんてとんでもない。
ただ、王子に、嫌われたくない……。
そんなことでびくびくしている矮小な貧民だ。
『アイシャ…あなたが父に忠誠を誓っているのはよくわかった。だけどさ。そんな父もいつかは退位する。俺が、後を継いで王となった時、国を指導する立場に立った時、そのときはさ。力を貸しておくれよ』
王子は、何も気にしていなかった。
私の行いなど歯牙にもかけず、ただ前だけを見ていた。
『乱世を終わらせる』
偉大過ぎる大望を胸に、誰よりも遥か先を見据えていた。
それは、世の広さを知らない童の妄言。
そう吐き捨てるには、私はこの人の聡明さを知りすぎていた。
貧民だ、チンピラだ、過去にばかり囚われている私とはあまりにも違う。
この方は、紛れもなく、王だ。
誰よりでっかい器を持つ、後の賢王なんだ。
やはり、私などとはあまりに違いすぎる。
それは、生まれか?育ちか?それとも流れる血によるものか?
私には、わからない……。
「アイシャって、いつも悩んでるよね」
「……なんすか、急に」
「いや、相談に乗りたいなーって」
「……大人の悩みです。おこちゃまが聞くようなことじゃないですよ」
「大人の悩み……あ、婚期とか」
すぱん!
頭を張り飛ばす。
こういう時の暴力には抵抗がない。
「大人の悩みです」
「あ、あい・さー」
ディムル王子殿下、8歳の夏。
サラ王女殿下の婚儀によりセリア王国との同盟はなり、エメラルド国は久しぶりの平和を享受していた。
城内に軟禁状態だった王子だが、情勢が安定したことにより外出の許可が下りる。
目をやると、ディムル王子は店舗の商品の物色に戻っていた。
値札や品質を見て、なにやら羊皮紙に書き込んだりもする。
「いつもいつもなにをやってるんすか?」
「マーケティングだよ。商品の市場価値を調べてるんだ」
ディムル王子は、市街に出てきたのはこれまで一度だけ。
その一度も襲撃事件のせいでうやむやになってしまった。
「買い物もしたことない。物の相場も分からない。そんな世間知らずに天下は盗れっこないさ」
「……そんなもんっすかねぇ」
時は進んでいく。
過去を向いている私も。未来を見ている王子も。関係なく動いている。
「アイシャがいて良かったよ。下の暮らしも知っているアイシャのおかげで、世間知らずにならないで済みそうだ」
ディムル王子はそう言って笑った。
『上に立つものは、下の者の立場を知らなければならない。下の立場を誰よりも知っているそなたにこそ、嫡男を任せたい』
父子共に、似たようなことを言う。
ああ、くそったれ。二人は前を向いているっていうのに。
私は、いつまで、過去に縛られる……。
中盤あたりのくだりは、3章「アイシャの忠義」~「キャリアプラン」までの展開です。
分からなくなった際は是非ご覧ください!




