出立の日
出立の日。
私はまだ泣き続けていた。
「いつまで、うなだれとるつもりじゃ。今日は王子の見送りの日じゃろ。いかんのか?」
いつしかと同じように、壁にもたれて小さくなる私を、ラモス将軍はやれやれと見下ろした。
「私も……王子についていくわけにはいきませんか……」
「何度も言っとるじゃろ。セリア王国は何よりも身分を尊ぶ国。侍女とはいえ平民のそなたを送り出すわけにはいかん。そんなことをすれば、我が国が同盟を軽くみとると思われる」
「なら、ほっといてくださいよ!行っても別れがつらくなるだけじゃないですか!」
ディムル王子殿下のセリア留学。
もう、国に帰る日は来ないかもしれない。
「やれやれ、お主、本当に変わったの。腹を満たすことだけ考えた獣が、陛下に媚びへつらう犬になり、子を思う母になりおった」
ラモス将軍はキセルを傾け、ふーっと白い息を吐く
「母だって……将軍も思うんスか?」
「ああ。お主にはどこにでもおる、母犬じゃ」
これは、アザールと同じ意見だ……。
身分卑しい自分には、あの方を育てる資格はないと思っていた。
でも、違うの……?
イリーナは人は変われるといった。
イリーナは、私は変わったと言って、目の前のこの将軍も、私は変わったと言って、
陛下は、私に任せるといった。
王子は、私がいて良かったと言った。
「なんだ、私を認めてないのって。私だけじゃん……」
仮定してみよう。
私がしているのは、典型的な、子育ての悩み……。
なら、今私がすべき、典型的な行動ってなんだろう。
私はまた考えた。
考えて考えて、クソジジイに水を差される。
「まーた、妙なことを考えておるの」
ラモス将軍は言う。
「陛下の命で、守り役を務めた。もうそれだけじゃなかろう?」
顔を覆った仮面にひびが入るのを感じた。
「うだうだ考えるのは悪い癖じゃ。アホはアホらしく進めばいいじゃろて」
すぱんっ!
立ち上がり、拳を振るう。
将軍は顔の手前で受け止めた。
「犬でもねーし、アホでもねーから!」
相も変わらずクソムカつくこの将軍はけたけた笑う。
この老将、嫌いだ。
出会った時も殺されかけたし、愛しの陛下も王子もいじめられてる。
でも、今回だけは感謝することにした。
「行ってきます!」
私は走り出した。
精一杯精一杯。
王子はセリアに行く。
これは国の大事だ。
私なんぞに止めるのは無理だ。
『可愛くて愛しい私たちの王子を、守ってあげてね』
ごめん、イリーナ。約束、守れない。
それでもせめて、守り役ではなく、私の意志で、やりたいことがある。伝えたい一言がある。
城門まで駆け付けると、既に王子は出立していたようで、見送りに来ていた陛下や王妃を前に私は跪く。
「先ほど立ったばかりだ。まだ追いつける」
「はっ!」
陛下のお言葉を聞き、私は駆けた。
再び精一杯。
陛下に見送られながら。
『こんな世の中だが、生きたいか?』
無意味で無価値な悪童は、ディナイアル陛下に拾い上げられた。
(誰よりも忠を尽くそう)
私は、陛下のために生きて陛下のために死ぬのだ。
そう決めた。
でも、それを見失いかけていた。
見失うくらい、大切な存在ができた。
私がここまで悩むのは、陛下の命だから、だけじゃない。
ディムル王子。ディナイアル陛下。
私とは違う高貴な方々。
私が彼らと違うのは、生まれか育ちか、血か。
ああ、もう、自問自答はいい。
二人は私を必要としてくださる。それだけ胸に抱えて、突っ走ってしまえ!
「王子ぃぃいいいいいいいいいいいいいっ!!!」
城下町を抜け、小高い丘を下り切った一団へと叫ぶ。目いっぱい。
「帰って、帰って来てください!この国を、率いる立場になって!待ってます!ずっとずっと!だから、だからその時まで!」
頑張って。
「頑張ってくださいっ!」
アイシャの眼からは、涙が消えていた。
ふんっと鼻を鳴らして、仁王だつ。
すると一団の中から、かの人が前に出た。
「うん、頑張るよ!」
……背は伸びた。
あけどない幼児の顔つきから、立派な少年の顔へ。
エメラルド国嫡男、ディムル・エメラルド。
11歳となった彼は大きく手を振り、人懐こい顔でほほ笑んだ。
時は大陸歴1541年。
時代を変え、世の価値観を変える「彼」の英雄譚は、今、この瞬間から始まる。
乱世の夜明けは、まだまだ先のことである。
これでアイシャ編は終わりです!
『幕間』にしては長すぎでしょうか??
ご意見などいただけたらうれしいです。
次話からは第2部スタートです。
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