父の教え
その晩。ディムルは父の私室に呼び出された。
王城の最上階にあり、城下を最も高く一望できる部屋である。
会議を盗み聞きしていた件、また怒られるのだろうか。
そう思うとため息が出てきた。
あの後アイシャと共にばあさまにたっぷり絞られた。
流石に反省しているのに。
次からはアイシャは巻き込まないように心がけるのに……。
しかし俺の予想は大きく外れた。
「これを僕にですか?」
「……遅くなったが、誕生日祝いだ」
誕生日って一体いつの話だよ。
そう思ったが、わざわざ突っ込むのは野暮だろう。
封をほどくと、それは父の書斎に閉まってあった一冊の本であった。
「治癒魔法を極めるのならば必要だろう」
ごめんなさい、もうこれ読みました。忍び込んで。
ただ、アイシャにばれる前にとせわしなく盗み読むのとじっくり繰り返し読むのでは違うだろう。
何より、淡白であまり子と繋がりを持とうとしなかった父上がこれをくれたのだ。
それが純粋に嬉しかった。
「会議の時は驚いたぞ。まさかラモスやサンチェスに気づかせることなく忍び込むとはな。学問や武道についても教師たち全員から話を聞いた。魔法についてもイリーナ教諭から文を貰っている。誰もがお前を賛美する、大したものだ」
「へへへっ、皆さんの教え方がいいからですよ」
「その一方、どこにでも忍び込む悪癖は悪化していると聞いている」
「あ、あはは……。性分なもので」
父上はいつになく柔らかい表情で俺の話を聞いた。
笑いはしないまでも、俺の話を深くうなずき熱心に聞いてくれる。
こんなことは今までなかった。
子煩悩な母と違い鉄仮面なこの男は、子供に愛情を伝えることは滅多にしない。
いつだって公務の顔を崩さずに、模範的な王であろうとした。
父である前に王であろうとした。
「……父上。いったいどうされたのですか。どうして帰ってこられたのですか」
「…………」
父上はしばらく俺から眼を離さなかった。
じっと、俺に強い眼差しを送る。
「王とは……、決して間違えを犯してはならない。王の過ちは自己のものだけではない。国民すべてに降り注ぐ。だから、一度たりとて間違えてはならない」
「でも父上。ヒトは間違いを犯すものですよ?」
「そうだ、だから王はヒトであってはならない。情を捨て、私心を捨て、国民すべてに貢献する無私の存在でなければならない。聞け、ディムル。もしお前が王になったとして、この国で最も高い席に座ったとする。しかし、それはお前自身の力ではない。取り違えてはならない。それは国民の力だ。民の暮らしを守るために王族は存在する。決して忘れるな」
父上は一言一言に力を込める。
「国とは国民だ。国民のためなら全てを捨てろ。それがどんなに大切なものであっても」
その強い眼差しは俺の瞳に送られる。
俺にはまるで、自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
俺の瞳の向こうにいる自身に語られているように聞こえた。
その言葉を最後に、俺は部屋を出た。
部屋の前ではカチコチに固まったアイシャが待っていた。
……国を守るために。民のために。あの人は何を捨てるつもりなのだろうか。
父上の部屋を出て少し進むと、ふいに後ろの方から気配を感じた。
(サラ姉上)
階段の中腹。
父上の部屋がある最上階へと向かっている。
「……あ」
なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。
俺の中で、一つの仮説が浮かんだ。
~一気にキャラが増えたのでまとめました③~
*ディナイアル・エメラルド
30代半ば。
ディムル達3姉弟の父。
エメラルド国王。
*ポニャ・エメラルド
20代半ば。
サーシャ・ディムルの実母でトゥーリ軍師の娘。
エメラルド国王妃。




