軍議
俺は、生まれたその日に罪を負った。
生まれてしまった罪だ。
生まれたことにより、二人の母子を追い込んだ。
取り違えるな。
生まれた赤子が気にすることなんて何もない。俺に責任なんてあるはずない。
それでも俺は知ってしまった。
俺が生まれたせいで不幸となった少女がいることを。
そして俺は知っている。
当時7歳のサラ王女による王子暗殺未遂事件。
(あんなもの、嘘っぱちだ)
*
その日、王城の会議室には久方ぶりに国の首脳陣が集った。
エメラルド王、ディナイアル・エメラルドを筆頭に、軍師・宰相・元帥・その他将軍や大臣たち。
窓もない小部屋に10名ほどが密談を始める。
部屋の明度を支えるろうそくの灯が弱弱しくゆらめいている。
「状況は最悪に近いさね」
口火を切ったのは軍師であるトゥーリ・アクアマリンだ。
この白髪交じりの初老の女性は、ふんっと鼻を鳴らしながら不機嫌そうに呟いた。
「夏ごろに受けた壊滅的打撃の立て直しが間に合わず、わが軍はジリジリと後退。ナタリ高原一帯を敵に奪われてダイアナ山まで押し込まれましたとさ。ったく、どうせ奪われるんだったら始めから撤退しときゃよかったんだ。そしたら余計な死者も出ずに済んださね」
「そうはおっしゃいますが、」
その言葉を聞き、ため息混じりに返したのは初老の元帥、サンチェス・ガーネットだ。
武人の頂点にも関わらず気弱で大人しいこの元帥は、苦労を重ねているのか頭が綺麗に禿げ上がっている。
「国土の8割が険しい山岳地帯となっている我が国において、平地は何よりも重要な資源ですよ。多少不利だからと言って、あの地から収穫される農作物はそうそう切れるものではなかった。現にナタリ高原からの供給がないこの冬は、今までにない食糧不足が起こっています」
「はん、言い訳だね。戦は結果がすべてさ。結果的だけ見るとナタリ高原は奪われ、多くの犬死にを出した。それだけさね!」
サンチェス元帥はそう言われると何も返せず押し黙るしかなかった。
トゥーリ軍師の言う通り、一度引いて軍を立て直さなかったのは結果的に悪手であったのだ。
「王よ。問題は西部だけではありませんぞ」
次に口を開いたのは腹の肥えた男、宰相のオルネス・ダイヤモンドだ。
文官であるため具体的な戦況は畑違いであるが、その代わり国内外のあらゆる情報に精通している。
「敵は西のセリア王国だけではありませぬ。東のララード大河地域では数十年紛争が絶えない実態がありましたが、小国であったエスパーラ国の台頭により急速に統一されつつあります。直にセリア王国にも負けない侵略国家になりましょう。南のアブソーブ女王国との和平条約もあと数年もすれば消滅いたします。向こうの国でも政変が起こったという話。敵に回らない保証はございませぬ」
その後、国境を守る将軍や王都に使える大臣たちからもそれぞれの報告を聞く。
どれもマイナスな情報ばかり。
王であるディナイアルは心労がかさむばかりであった。
報告事項を終えたのか。皆が閉口し室内には重々しい空気が包む。
「ほほ、皆さま何を暗い顔をしてなさる」
空気を読まずに笑い出したのはその場における最年長、ラモス・アメジスト大将である。
「あるではないですか、こちらにはとっておきの策が。滅びを回避する最後の手段であり城内の厄介者も排除できる、一石百丁の上策が。ねえ陛下?」
「…………ああ」
ラモスの言葉にトゥーリ軍師は眼を細め、サンチェス元帥は嘆息した。
宰相含め、その他の者たちには分からなかった。
その言葉が何を意味するのか。
みな、固唾を飲んで王の言葉を待つ。
「セリア王国と和議を結ぶ。手筈はすでに整っている。宰相よ、外交官の選抜を頼む」
「はっ!条件面に付いて伺ってもよろしいですかな?」
王がその後、ゆっくりと口を開こうとすると……。
(王子、王子、本当にここはまずいですって……!)
(しっ!今良いところなんだから。もうちょっとだけ。お願いっ!)
「…………」
「…………」
ラモス将軍はやれやれと笑いながら廊下へとつながる扉を開けた。
「うわっ!」
「ふおっ!」
ぱたんと二人が倒れこむ。
ディムルとアイシャである。
「や、やあラモス。奇遇ですね!それに父上やばあ様も」
「ここまで忍び込めるとは、日に日に腕を挙げますなぁ。殿下」
ラモスはにたりと笑い、父は顔を片手で覆った。
「子供に突破されるとは、警備の杜撰さが不安になるな」
「陛下。ここは王子殿下を褒めましょうぞ。殿下の潜伏スキルは既に達人の域ですじゃ。将来はよき斥候になれますぞ」
アイシャは隣であたふたしている。
顔が真っ青になり、目じりには涙がたまる。
「あ……えっと、アイシャさんは今来たばかりで何も聞いてないから。忍び込んだのは僕の独断で」
「んなこたぁ分かってるよ!」
額に青筋を浮かべながらずかずかとトゥーリ軍師がずかずかと歩み寄る。
彼女はポニャ王妃の母、つまりディムルにとって祖母に当たる。
「軍議は子供の遊戯場じゃない、そのことを骨の髄まで教えてやろうかねっ!!!!!!!!!」
その後、二人はつまみ出された。
ディムルは一抹の不安を覚えた。
窮地に状況にあるエメラルド国。
簡単に和議が結べるわけがない。
和議が結べなくて困るのはこちらなのだ。
必ず足元を見られる。
ビジネスの常識だ。
セリア王国にとって満足のいくリターンを与えなければならない。
ディムルとアイシャが去った後、会議室は再び重い空気に変わる。
いったい、かの国にどんなリターンを与えるのか。皆がそこに着目する。
トゥーリ軍師・サンチェス元帥、そしてラモス将軍は王へと迫った。
「ご子息はすくすくと成長していきますね。僕にもわかりますよ。陛下。わが子というものはどんな形であれ可愛いものです」
「だが、情に惑わされ大局を見失うほど愚かなことはないさね。それで国が滅んだ例はいくらでもある」
「……見くびるな、分かっている」
眼を合わせずに答える王の言に、ラモス将軍はにっこりとほくそ笑む。
「お忘れなきように。我らはあなた様の家臣であると同時にお目付け役ですじゃ。あなた様が我が国を滅ぼす愚君と判断すれば、即刻切り捨てる所存。ゆめゆめお忘れなきように」
ラモス・トゥーリ・サンチェス。
4代に渡り国に仕えるエメラルド国三老将。
老獪な古だぬきたちは満足げに嗤った。
~一気にキャラが増えたのでまとめました②~
*トゥーリ・アクアマリン
エメラルド国軍師。
ディムルの母方の祖母。
気が強い性格だけど戦場では慎重派。
*サンチェス・ガーネット
エメラルド国元帥。
気が弱い性格だけど戦場では抗戦派。
*ラモス・アメジスト
エメラルド国大将。
サイコパスおじいちゃん。




