透明の姫君
今生において、俺には姉が二人いる。
年の離れた姉と年の近い姉。
腹違いの姉とそうでない方の姉だ。
年の離れた姉、サラ・エメラルドは父の前妻の子に当たる。
サラ姉上の母君は、大変美しい人であったらしい。
しかし、平民の出であったらしい。
王族とはあまりに身分違い。
しかし、二人は結婚した。
周囲の反発を押し切って。
その過程にどんなドラマがあったのかは知らない。
ただ二人は愛し合い、その証に子を産んだ
それがサラ姉上である。
「エメラルド国は、資源にとんだ小国です。常に他国の脅威にさらされ、王家の方々は国を守ろうと果敢に戦い、果てていきます…」
「つまり慢性的な王族不足、か」
あれは、いつだっただろうか。
ある雪の日のことだ。
問い詰めたことがある。
俺の姉上のことを。
アイシャは語った。
俺が生まれる前のエメラルド国を。
透明の姫君、サラ・エメラルドの人生を。
王族はどんどん増やさなければすぐに在庫切れだ。
身分違いの王妃は、繁殖用の羊のように、多くの子を産むことが望まれた。
それもできれば男の子を。
エメラルド国はどちらかといえば男性優位の気風を持つ。
王妃の最も重要な仕事は、次の王となる男子を生むことに尽きる。
しかし、サラ姉上の誕生から5年。
二人の間には子宝が恵まれなかった。
女子を一人生んだだけの、身分卑しき王妃様。
王城内での立場は決して盤石ではない。
父にとっても、5年の空白は長すぎた。
嫡男となるべき男子を求める周囲の圧力にかなわず、二人目の妻を取る。
この世界において、一夫多妻など珍しくもない。
選ばれたのはエメラルド国4名家の一つ、アクアマリン家のご令嬢。
名はポニャ・アクアマリン。
俺の母だ。
「ポニャ王妃は、すぐに子を産んだそうです。王子の実の姉君、サーシャ・エメラルド王女殿下ですね」
「そして一年後、俺が生まれた………」
第一王妃は立場が無くなった。
嫡男が生まれた後、出自が平民の王妃の胸中はいかなるものだっただろうか。
後ろ盾となってくれる家もない。
支えてくれる家臣もいない。
武人でもない彼女は、王とともに戦場へ出立することもできない。
高度な教育も受けていないため、政治家としての素養もない。
自分を侮蔑してくる敵しかいない城内で、幼い娘と取り残される。
……その後王妃は自ら命を絶った。
1人の娘を残して。
「私はまだ城に仕え始めたばかりのころでした。細かい事情は知りませんでしたが、それでも噂は聞こえてきます。当時の正妃様は呪いを残しただの、王家の血を汚しただの、蔑まれていました。サラ殿下は……針のむしろだったでしょうね」
「…………」
正真正銘、敵だらけだ。
王城にぽつんと残された幼い姫に、味方は誰もいない。
王家の血が半分、平民の血が半分。
王家のまがい物と、彼女は陰から笑われた。
常に滅びと隣り合わせるエメラルド国は質素で豪胆な気風を持つ。
周囲から山猿と呼ばれるこの国は、身分による格差が少ない方だと聞く。
それでも8歳の子供の心を折るには十分だ。
……いや、折れたとみなされるには十分だった。
「あの事件がきっかけかもしれません。私のような武闘派が、王子の守り役に選ばれたのも」
アイシャは息をふっと吐き、静かに呟く。
「当時まだ7歳のサラ王女殿下による、王子暗殺未遂事件……」
その事件の後、彼女は誰もが触れない、誰の眼にも止まらない。
透明の姫君となった。




