姉弟
大陸歴1537年。
隣国セリア王国との戦線が激化。
大陸最西部メイディン地方をほぼ手中に収めたセリア王国は、東域への進行をもくろみエメラルド国侵攻を本格化。
圧倒的な物量に押されたエメラルド国は、レグ・アメジスト少将の戦死を皮切りに敗戦を続け、次々と領土が侵攻されていった。
亡国の時は、もう間近に迫っているのかもしれない。
*
厳冬─。
一面の雪景色と変わり果てた王城は今までにない暗い空気が漂っている。
無理もない。入る報は自国軍の敗戦の報ばかりだ。
この緊迫した情勢の中、戦場に常駐していた王陛下が近いうちにご帰還なさるとも聞いた。
山国の雪深いこの時期に帰還を強行なさるとは、何ともきな臭い話だ。
いったい、この国はどうなってしまうのだろうか。
第一王女付きの侍女オカリナは、主君の湯あみの終わりを待ちながらぼんやりと振り積もる雪を見下ろし、そんなことを考えていた。
(寒くなりそうですね。どこもかしこも)
エメラルド国の幼い王族には、守り役の侍女をつけるのが古くからの習わしだ。
守り役は、単なる世話係であってはならない。
教養豊かで、情操教育もこなし、有事の際には護衛にもなれる万能性が求められる。
侍女たちにとっては、最高位の役職ともいえる立場だ。
自他ともに認める有能な侍女であるオカリナが選ばれたのは、当然の帰結である。
しかし、そんなオカリナでも舌を巻く。あの聡明な天才児には。
「へいらっしゃい!」
声の主は、第一王子、ディムル・エメラルド。
王城の中庭にでかでかと作った雪だるまに、これまた大きな旗を持たせている。
旗には『第一回、城内雪合戦大会開催だぜ!』などと奇天烈なことが書かれている。
天才とは凡愚に理解できないものなのか。
規格外の天才児は城内の暗いムードを意にも介さずやりたい放題だ。
「王子殿下、これはいったい……」
通りかかった誰もが目を丸くする。
戦場での息子の武運を祈る宮女も、自己の財産の保身にはしる貴族も、ネガティブな思考の沼に沈む文官も、皆が一様にだ。
「すごく寒い日にこれをやるのがまたいいよね!」
そう言って、貴族の男に雪玉をぶつける。
「おやめください、殿下。今は戯れに付き合っている暇はないのです」
ぱんぱんぱんぱん。
無視して去ろうとするその貴族に、ディムルは次々と雪玉をぶつける。
貴族の男はカチンときたのか、勢いよく投げ返す。
その雪玉がディムルの後ろにいた宮女にぶつかった。
「これは雪合戦これは雪合戦……日ごろの恨み……合法合法……」
偉そうな貴族にうっぷんたまっていたのか、宮女の女性は雪合戦という大義名分をいいことにばしばし雪を投げ返した。
それがその場にいた文官にも当たり、もうわやくちゃだ。
皆不安を爆発させる場所を探していたのだ。
そのあたりにいる者たち総勢で合戦が始まった。
「あっはは!やっぱ冬はこうでないとね!」
あの王子は無茶苦茶だ。
というかアイシャは何をやっているのか。
オカリナは自分の同僚である守り役の後輩をぐるっと探す、いた。
「ひゃっほーう!血がさわぐーっ!!」
一番ノリノリである……。
(本当に、規格外なお方ですね)
オカリナは、呆れかえりながらも脱帽した。
暗いムードはすっかりどこかに行ってしまった。
あの聡明な王子には叶わない。
子供のくせに何という気配りのうまさだ。
城内で、あの王子の悪口など聞いたことがない。
私の主君と違い、皆に愛されている。
気配りだけではない。
学問も非常に優秀で、スポンジのように次々と知識を吸収していく。
好奇心も旺盛で、自ら進んでよろずを学んでいく。
魔法に至ってはまさに天才児。
初級治癒魔法は完全習得、中級魔法に次々と手を伸ばし、その全てを無詠唱でこなす。
さらに驚嘆すべき点として、先日3つ目のオリジナル魔法を完成させた。
最も天才でないのは武術かもしれない。
しかし、己で考え技術を盗み、一歩ずつ着実に強くなっている。
あの年にして、師範の言いなりになっていない。
「本当に、優秀過ぎて、嫌になる……」
オカリナは、唇を嚙みうつむいた。
とても7歳とは思えない。
天は、何故あの方にこれほどの才を与えたのか……。
ディムルを見かけるたびに、オカリナは泣きそうになった。
「待たせたわね。いきましょう」
「……はっ」
湯あみを終えた主君から声をかけられ、オカリナは続く
主君の姫君は、湯あみを終えたばかりで頬が軽く朱く染まっている。
濡れた髪なども相まって、実年齢にそぐわず煽情的な美しさを醸し出していた。
ディムル王子は天才だ。
あまりディムルと面識のないオカリナでも、それはひしひしと感じた。
そして、そんなディムルにも目を覆いたくなるほどの弱点があることを、オカリナは知っていた。
雪まみれになったディムルとアイシャが、湯あみをしようと通路向かいから歩いてくる。
皆に愛されている聡明な少年と、噓のように見目麗しい少女が顔を合わせる。
「「こ、これは殿下っ」」
互いの存在を認識すると、オカリナとアイシャ、二人の侍女はひざまずく。
向かい合う、二人の王族に対して。
「……いつもいつも、楽しそうね」
先ほどまでケラケラ笑っていた、ディムルの顔から色が消える。
しかし、それも一瞬の事。
聡明な王子は気丈にも笑顔を作る。
眼の前の冷たい眼差しの少女から、眼をそらすことなく。
「こんにちは、姉上」
第一王女、サラ・エメラルド。
御年14歳。
今生における姉に対してディムルは、
実に哀し気に、笑った。
お待たせしました!(待っている人いますよね!?)
第3章スタートです!
季節外れですが、雪合戦から物語は始まります。
「俺もやりたいぜー」「冬が待ち遠しいぜー」となった方は是非コメント・評価・ブックマークをお願いいたします!!




