アイシャとローラン
「ふんふんふーん♪」
穏やかな陽気の昼下がり、その心地よい涼風を受けてアイシャは鼻歌を歌い出す。
「もう秋だねぇ~」
窓の外には紅葉のもみじが美しく染まっている。
城内に根を張る将軍、ラモス将軍の詰所から見えるこの壮大な景色。王子の部屋よりも景色がいいかもしれない。
普段は入れもしないこの部屋で、アイシャはご機嫌にはたきをかけている。
この部屋の掃除を担当する使用人が急病にかかり、普段世話になっているから、と代わりに仕事をこなしている形だ。
余談になるがあの老将軍には多少恨みがたまっている。
どこかに弱みでもないか、とアホなことを考えていると……
……ドアの方から殺気が充満しているのに気づく。
(……っ!敵襲っ!?)
肌がピリピリと震える威圧感。殺気でわかる。ただものじゃない……!!
そでに仕込んでいた小太刀を強く抜き、構える。
(……来るっ!)
「くたばれっじじいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
ドアをぶち破り突っ込んでくる来訪者。
「……っ!?」
目が合い、二人は動きを止めた。
何とも気まずい空気が流れる。
「てめえ、チビ王子の従女か……。なんて紛らわしい」
「こっちの台詞ですよっ!」
身の丈ほどある大きな木刀をもって飛び込んできたのはラモス将軍のお孫様、ローランだ。
まったく、子供のくせに殺気だけは一人前……。
おじいちゃんの仕事場に遊びに来るのならもっと温和に来てほしい。
「ラモス将軍なら王子と剣の特訓中ですよ。お会いしたいのなら中庭へどうぞ。ローラン様」
「ちっ!だりい……」
いらっ!
わざわざ教えてやったのにこの態度である。
この少年は名家であるアメジスト家の男子。
ようは大貴族のお坊ちゃんだ。
平民であるアイシャとは身分が違いすぎる。
当然このような態度は流さなければならない。
しかし、ムカつくものはムカつくのである。
「ちょろっと、お邪魔なのですが。お掃除中ですのでお用事がお済みになったのならお出になっておくださいます?」
そう言って肩をつかむと、
ローランが苦悶の表情を見せる。
アイシャは察した。
(ラモス将軍のやつ……やったな)
「ちょっと、脱ぎなさい」
「……は?」
言うが否や、アイシャは強引に服を引っ張る
「は?ばっ、おまっ!何をしやがる痴女かてめえっ!」
「ほら、いいから脱ぐ!男のくせに何を恥ずかしがってんのよっ!」
嫌がるローランの服を力ずくで脱がすと、そこには無残な素肌が広がっていた。
「あー、やっぱりか」
どこもかしこも青あざだらけ。
一部はうっ血し、赤黒く変色している。
(左肩は……折れてるね)
恐らく疲労骨折。
容赦を知らないラモス将軍に毎日のように痛めつけられているのだ。
ダメージは蓄積される。
「君、悪いことは言わない。もう将軍に挑むのは辞めなさい。下手すりゃ死ぬよ」
これはあくまでしつけ。
ラモス将軍でも、流石に実孫の命までは奪わないとは思う。
あくまで脅しの意味でアイシャはそう言った。
しかし、ローランは異にも介さなかった。
「挑まなきゃ死なねえのか?」
…………。
ローランの眼に、仄暗い闇が混じる。
アイシャはこの眼を知っていた。
くそったれなこの時代を憎み、死をなによりも身近に感じ、ただ生き残ることの難しさを知っている眼。
「昔の私と、少し似てるかなぁ……」
小さく小さくそう呟いた。
「は?……う、うおおおおおおっ!?」
瞬間アイシャはローランをソファーまで投げ飛ばし、ひるんだ隙をつき馬乗りとなる。
「ん、んだよてめえ。どけっ!離せっ!」
「うっさいうっさいうっさい!慣れないことするんだからじっとしてろっ!」
暴れるローランをガン無視し、アイシャは折れた肩に手を添えて口慣れない詠唱を唱える。
『ヒーリング!』
王子とイリーナの講義を横で聞きながら覚えた術。
特に練習していたわけではないのだが、成功してよかった。
あの二人に比べると恐ろしく速度は遅いが、じわりじわりと傷が治っていく。
「んだよ、離せ!別にケガしてねえ!うぜえ!」
「ふーん、そう。じゃあこの変色しまくった身体はなんすかねー。おしゃれ?趣味悪いよ~。消してやるから黙ってな」
それでもまだごちゃごちゃぬかすので折れた肩を強めにつかんでやった。
ローランは顔をしかめるが、声は漏らさない。
黙って歯を食いしばるのみである。
「いじっぱりめ」
痛いくらい言えよ、可愛げない。
「武家の男子だしね、大変だと思うけど。たまには弱いところをみせてもいいんだよ。君、いつも張り詰めすぎ」
「大きなお世話だ。男が弱音を吐けるかボケ」
「大したイケメンぶりね。うちの王子といい最近のガキはませてるなぁ。こりゃ将来が楽しみだ」
「7歳のチビ助と一緒にすんなっ!うぜえよババ……!」
「あ?お前調子乗りすぎ」
「す、すんません……」
その後、ローランは途端に大人しくなった。
*
それから小一時間ほど、ローランの身体を治しきったアイシャは滝のように汗を流していた。
「ふぅ~、やっぱり慣れないことするもんじゃないわね。魔力切れ寸前」
「……礼は言わねえぞ」
「いりませーん。ケガした相手に勝っても王子が喜ばないと思っただけでーす」
「ざっけんな!ケガしてようがしてまいがあんなチビに負けっかよ!!つか最近は何で大人しく観戦してんだよっ!最初は危ないっつって止めてたろうが!」
「だ、だって、仕方ないじゃん。止めても聞いてくれないし。それに連日書斎に忍び込むよりも友達とわいわい馬鹿やってるほうが健全と言うか微笑ましいというか…」
「…………」
どこか寂しそうにもじもじするアイシャ。
子離れできていないお母さんか、とローランはつっこみたくなった。
しかしそこに指摘はしない。
もっと聞き逃せない点がある。
「誰と誰が友達だこら」
ローラン自身は当然の文句のつもりだが、アイシャはおかしそうにきょとんと首を傾げた。
「君と王子。友達でしょ。違うの?」
「…………は?」
「だっていつもいつも二人で遊んでるじゃん?誘うのは王子からだけど、君も断らないし。それにちょっと楽しそうじゃん?」
「はぁーっ?いや、馬鹿か!売られた勝負からは逃げねえだけだっつの。あんだけボコしてんの見といてよく言うぜ」
「少なくても、王子はそう思ってるよ。そりゃやりすぎなのは気になるけど、男の子はそれくらいがちょうどいいみたいだし」
アイシャは混じりけの無い笑顔でそう言う。
この侍女は、子供二人がじゃれているようにしか思っていないのか……。
大人から見ると、自分の剣はしょせんガキの遊戯なのか。
そう思うと、ローランは無性に腹が立った。
「さすがは、戦場から最も遠い王都でぬくぬく暮らす王子様とその従者様だ。頭ん中お花畑なこって。友達だの恋人だの家族だの、この乱世にそんなこと言って生き残れるかっ!!」
眼に再び闇が混じる。
先ほどまでの子供の顔は消え去り、怒りと憎しみが充満する。
アイシャは少し悲しい気持ちになった。
ローランの姿と昔の自分を重ね、胸が苦しくなった。
(私があの方に救われたように、今度は私がこの子を救うべきなのかもしれない……)
頭にちらつくのは、自分が城に来る前の記憶……。
意を決して、アイシャは歩み寄る。
「ローラン様。あのね……」
「うぜえよ、ババア」
「っだどごるあああああっ!!!!!!!」
再度年齢を挙げられぶち切れるアイシャを尻目に、ローランは飛び出していった。
迷いのない逃げぶりであった。




