丹田
「だからへそですて、へそ。まったく、できんもんですな」
もはや日課となった剣術鍛錬で、ラモスが大きくため息をつく。
「学問や魔法は大変ご優秀な殿下も、剣に限っては畑違いですかな?」
「うぐ、すみませぬ……」
この数か月、ずっと同じことを言われている。ほんと情けない……。
どうしても感覚がつかめないのだ。ていうかなんだよ丹田て。
へその下の重心部を示す言葉だというのは分かるし、その意味とは腕でなく身体全体で剣を振れという示唆なんだということも分かる。
だがその先が分からない。
どうやら感覚的なもののようで、ラモス自身も上手く説明できないようだ。
(学生時代、テニス部のコーチに言われたっけ。ストロークは腕でなく腰の回転運動で打つって……つまりこの場合も腰?いや、テニスと違って上下運動が多いわけで……広背筋?いや胸筋だって重要か。まてまて、意識するのはへそだ。そこから遠ざかるな……)
頭にクエスチョンマークを浮かべながら剣を振る。
振っていれば何かつかめるのではないかと考え黙々と。
「殿下はちと頭がおかしいですな」
試行錯誤する俺を見ながらラモスが唐突に、あっけからんと言う。。
「……………………………………………………………………………………え?」
ラモスに言われた。
サイコパスおじいちゃんのラモスに。
人の脳みそチューチュー吸って「ご一緒にどうですかな?」とか誘ってきそうなラモスに言われた。
ら、らららららららら、ラモスに………………。
「おお、すごい。どこまでも沈んでいくもんじゃ」
「謝ってよっ!」
うははは、とラモスは実に楽しそうに笑った。
「ほめたつもりですじゃ。殿下はいい意味で頭のねじが外れとる」
「どこがですか。僕は極めて普通ですよ」
「普通の童ならば、ローランのやつに挑んだりしませんじゃ。一度や二度で諦める。あやつは加減を知りませぬからな。治癒魔法を使っても心の傷は消えませぬ。毎度毎度ぼろ雑巾のようにされては心が折れるのが普通ですじゃ。殿下は痛みを感じませんのかな?恐怖を感じませんのかな?」
「や、ちゃんとありますよ。でも怖い怖い言っていたら成長できないじゃないですか。人間も所詮動物です。痛い目見ないと学習しません。だからたくさん無茶なチャレンジをして、痛い目見て、恥をかいて、焦って、嫉妬して、そうやって成長していくものだと思います。だからそんな経験をさせてくれるローランには感謝しかありません」
そこまで言うとラモスは意地悪く笑う。
「胆力ありすぎじゃ。やはり子供げがありませんなぁ」
「うっ…」
確かに今のは子供の台詞じゃないな。
少なくとも7歳では無理だ。
「ぼ、僕がおかしいならお孫さんはどうなるんですか。毎日のように木刀をもってラモスに襲いかかっていると聞いていますよ」
ローランは初めて会った日のように毎日ラモスを襲撃しているらしい。
彼は俺と違って治癒魔法も使えない。
戦場で多くの敵を屠ってきた手練れのラモスが容赦せずに向かってくるのだ。
恐怖の量では彼の方が上だろう。
「そもそもの話。何故彼はあなたを襲うのですか?」
彼の醸し出す殺気は、張り詰めた表情は、たった10歳の子供のものとは思えない。
俺の問いに対して、ラモスは困ったような顔をした。
「儂に勝ったら、戦場に連れて行ってやるという約束でしてな」
「戦場?軍役に入れるのは15歳。成人入りしてからでしょう?ローランはまだ10歳の子供ですよ。何のために?」
ラモスは薄く笑う。
「復讐のためですじゃ」
ローラン・アメジスト。
乱世の世界において、憎しみに囚われる一人の少年の話を俺は聞かされた。




