刺客の男
城内北棟には地下室が広がる。
俺が以前入ったのは囚人鍛錬室。敵国の捕虜が運ばれる。
では、普段は捕虜たちはどこにいるのか。
答えはここ。
薄暗く、陽の光は入らず、地上の音すら何も聞こえず、捕虜たちの叫び声しか聞こえない地下牢だ。
「手ひどくやられたね、何も吐かないんだって?」
「……何しに来やがった」
牢屋の向こうで、彼はにらむ。
両腕を杭で貼り付けにされ、切り傷青あざ火傷傷、ありとあらゆる苦痛を与えられた、凄惨な身体をしている。
それでもまだ折れていないんだ。大したものだな。
俺を襲った刺客の一人。
リーダー格の男に対して、俺は敬意を表する。
「ご挨拶が遅れたね。僕はディムル・エメラルド。この国の王子だ。あなたのお名前は?」
「……尋問のつもりか?」
「そんなつもりじゃないよ。ただお話しをしに来ただけ」
「……頭沸いてんのか」
リーダー格の男は吐き捨てる。そして何も喋らなくなった。
今回の襲撃事件。全容はもうわかっている。
捕らえたドロシー准尉が真っ先に吐いた。
隣国セリア王国。
刺客たちは皆そこの軍人だ。最も、下っ端の鉄砲玉らしいが。
エメラルド国で噂の聡明な王子。
大きくなる前に始末しておこう。多少の犠牲を払ってでも。
彼らはそうして選ばれた決死隊らしい。
「困ったな。お話しがしたいのに。あの二人もだんまりなんだ」
リーダー格の男と共に襲ってきた二人。老人と大男。
彼らも凄惨な拷問を受けて未だ口を割らない。
よっこらせ、俺は地べたに座り込んで持ってきたアロマのお香を立てる。
まじまじと見ると、傷は本当に痛そうだ。
治癒魔法をかけてあげたいが、牢屋の奥で拘束されている限り無理だ。
俺の治癒魔法は手が届かないとお手上げだ。もっと練習しよう。
「お前さ、変な王族だよな……」
アイシャにもらった本(格闘技全集)を片手にくつろいでいると、どうしたことか、声をかけてきた。
「俺たち下々のものなんて、王族の眼には映らねえと思ってた。蟻を踏んづけても気にしないのと同じで、偉い奴にとって、下のものなんて取るに足らない存在だと。だから俺も、祖国に忠誠は誓っても、王家に忠誠なんて誓わない。上の奴らなんて、せいぜい利用してやるとしか思わねえ……お前さ、あの時何を思ってた。何であのエルフをかばった?そんで、何であのエルフはお前をかばったんだ?」
彼の眼は、暗く、濁っている。
乱世の時代、いつだって一番割を食うのは下級層だ。
俺は、何を答えればいいのかわからなかった。
いや、それっぽい定型文は思いつく。
感動的な演説は苦手じゃない。
でも、裸の気持ちをぶつけてくる相手に対して、取り繕うのは真摯じゃないと思い、飾らない言葉で素直に答えた。
「多分さ、僕はバカなんだ」
「……は?」
「周りは聡明だとか色々言うし、自分でも言語化だとか頭脳派ぶるけど、バカなんだよ。後先考えず、身体が勝手に動いちゃうくらい。昔からそうなんだ」
「……」
「……イリーナは強かったろ?自慢の師匠だ。向こうも俺のことを自慢の弟子だと言ってくれる。だからかばった。そして、守ってくれる」
「……」
「あの、これで答えになってたかな?」
だんまりの男に対して、俺は不安になって聞く。
リアクションがないと怖いもんだ。
「……なってねえよクソガキ。もう帰れてめえ」
あらら、怒らせちゃったか。
「また来るよ。アロマはお詫びに置いていく」
そう言って立ち上がる。
すると、男は不思議そうに俺を見る。
「怒らねえのか?王子様をクソガキ扱いしたんだ。普通死刑だろ。まあ、今のままでもどうせ死刑だろうがな」
「死刑にはならないよ」
「は?」
「3人とも、来週には地下から移される。犯罪者用の刑務所に行くんだ。そこで7.8年ばかり刑務作業をしてもらう。そこで働いてもらって、最後には釈放だ。感謝してよ、僕が頼んだんだ」
「……は?ふかしてんじゃねえよ。王子とはいえ、ガキにそんな実権があるかよ」
「今回の件で、将軍にちょっとした借しがあってね。まあ明日にはわかるさ」
「…………」
男は唖然とした。
このガキは、自分たちを救うというのか。
自分の命を狙い、師の命すら奪いかけた刺客を。
それも人質にも何もならないただの平民を。
こいつはバカか。とんでもない嘘つきか。それとも……
「クソガキ扱いも気にしないで。お付きの侍女に毎日言われてるから」
「……やっぱ嘘つきか。王族にそんなこと言う侍女がいるかよ」
「本当さ、そろそろ来ると思うよ」
ディムルがそこまで言うと、扉が勢いよく開いた。
どたどたと音を立て、額に青筋を浮かべた侍女が飛び込んでくる。
「クソガキぃいいいいいっ!!てめ、忍び込むなっつってんだろっ!!」
アイシャは鮮やかな飛び膝蹴りで王子の俺をふっとばす。
「……ほら、ね?」
「ありえねえ……」
衝撃を受ける男を蚊帳の外に、侍女と王子は続ける。
「ここは危ないから入んなって言ったよな、言ったよな?ディムルくーん。誰の許可で入ったのかなー?」
「ラモス将軍ですよ、ちゃんと許可もらい済み。残念!」
「屁理屈こねんなクソガキっ!あんな適当ジジイの許可なんて無効に決まってるだろがっ」
「お、横暴だ!僕もラモスもアイシャより偉いのに!」
すぱんっ!
いつも通りのやり取り。王城で何十回も繰り返されている、そんなやり取り。
それでも、やはり世間一般からはずれているのか、男は唖然としている。
そして男の頬は、次第に緩んでいき、
「ぷ、くく……だははははははははははっ!!」
堰を切ったように笑い出す。
アイシャが「なんだこの捕虜」とキレた眼を向けるがおかまいなしだ。
「こんな、こんな王族がいるのかよっ!こんな侍女がいるのかよっ!」
気づくと男は泣いていた。
目じりに涙をいっぱいにため、ひたすら笑った。
彼自身にも何の涙かは分からない。分からない分からない。
一つだけ分かるとすれば、
少なくともこの王子は……嘘つきではない。
「アザールだ。よろしくな、ディムル・エメラルド」
この青年、アザール・ジュール。
後にエメラルド国の兵士となり、エメラルド王家を救う存在となる。
しかし、それはまだ遥か先の話。




