ラモスと言う男
次の日の午後、自室で本を片手にくつろいでいるとき、来訪者が現れた。
またしてもラモスだ。今度は誰も連れていない。
瞬間、警戒レベルをMAXにする。
この男には気を許さないと決めたのである。
「これはこれは、珍しいところでお会いしますなぁ」
「ここは僕の部屋ですよ」
「だから、珍しいのです。殿下はいつも落ち着きなく駆け回ってますからなぁ」
「子供は風の子ですから。それで用件は?わざわざアイシャのいない時間帯を狙って来たんですから、何かあるんでしょ?暗殺とか、誘拐とか」
「相も変わらず察しのよい王子ですじゃ」
ラモスはうははと笑う。やたら芝居がかった風に。
警戒心でも解こうってか。
実は用件はだいたい察しがついている。例の襲撃の時の一件だろう。
『気を失っている相手に催眠魔法をかけていかがするおつもりです?』
『血圧をさげるためです」
『……今儂が刀をあぶっているのは?』
『殺菌です」
『はあ、さいですか』
…………。
状況が切迫していたとはいえ、さすがにやりすぎた。
明らかに腑に落ちない顔をしていた。
あまりにも未知の単語。怪しすぎる。
ひょっとしたら本物の王子とすり替わった、遠い国のスパイかなにかかとでも思われているのかもしれない。
(証拠はないんだ。知らぬ存ぜぬ、んな事ありましたっけ?で通してやる…!)
俺は意を決して構える。
「例の捕虜たちはどうでしたかな?」
ラモスの軽いジャブ。
「それなりに元気そうだったよ。世話になったね」
「そうですか。これで殿下には借りを返せましたな」
ところで、とラモスはつなげる。
さあ、こい。
「殿下の方にも借しが一つありましたな」
「へ?」
俺がラモスに?
「ほら、イリーナ殿の意識がないときに、胸をもみしだいたり唇を奪ったりしたのを黙っとる事ですじゃ」
…………。
「医療行為だあああああああああああああああぁぁぁっ!!!!!!!!!」
何考えてやがるこのじじいっ!ただの心臓マッサージと人工呼吸だってのっ!?わいせつな表現をするお前の方がセクハラ…………あっ……。
語るに落ちるとはこのことか……。
もう知らぬ存ぜぬで通せない。
ラモスはにんまりと笑う。
「なんとも珍妙な医療行為。用語もサッキンなりケツアツなり聞きなれないものばかり。終いには雷にも似たあの光。全てが奇天烈!のう殿下、そなたは一体何者じゃ?」
……室内に、おどろおどろしい殺気が充満する。
肌がピリピリとひりつき、生物としての本能か、死を予感させられる。
……いや、死ぬのは肉体的な問題ではない。
瀕死のイリーナに不埒を行ったと世間に流されれば社会的にも死ぬ。
くそうラモス、俺はこの男に命を二つも握られている……!
俺は慎重に答えた。
「ラモス、つまりさ、僕の正体は……」
「そなたの正体は……」
「超天才王子です」
片手の本をパンッと閉じながらにやりと笑う。
「ほう、あくまで自分が考えたものじゃと?」
「もっちろん。そもそも師匠が偉大ですからね。天才少年に名指導者が加われば単なる足し算じゃ終わりませんよ」
「ほお、なるほどなるほど」
その後、俺は何故あんな医療行為を思いついたのかをそれっぽく語る。
実に穴だらけの論理だ。
しかし、そこは子供の身。「あ、そこまで考えてなかったですメンゴメンゴ」とでも言えば苦しいながら筋は通る。
そもそもラモスは生まれた時から俺のことを知っているんだ。
聡明どころか超超天才王子だった、で十分に説得力はある。
ひとしきり聞くと、ラモスは俺の肩に手をおく。
「なるほどなるほど。面白い、実に面白い」
「納得いただけて幸いです。間違ってもセクハラなんて言いふらさないように」
「それは殿下の今後次第ですじゃ」
そこまで言うと、ラモスは一足離れて、
すぱっ!
一拍遅れて息をのむ。
刀による一閃。
気づくと俺の手に持った本、「エメラルド国格闘技大全」は縦に向かって真っ二つ。
本のページの数々は風に流されひらひらと舞う。
「ひとまず納得いたしましょう。正直なところ、そなたが我が国にとって利の多き王族であるならば、些末なことはどうでもよい。しかし、もしエメラルド国に害をなすものであらば、今度はこの一閃……殿下の首に向きますじゃ」
冷たい刀身が、首筋に触れる。
「そのことを、ゆめゆめ忘れる事の無きように」
ほほほ、と声を上げ、ラモスは去っていった。
実に愉快そうに。
主家を斬ることに、一切の躊躇いのない眼を向け。
またしても俺は油断していたようだ。
この世界では、命は軽い。
「っぷはあ……」
冷汗がとめどなく溢れる。
鼓動の音で、耳鳴りが起きる。
「本当に嫌だなぁ、乱世って……」
ここまでくると笑うしかない。
いつ死が訪れるのか分からない、そんな時代か。
「ほーい王子ぃ、ちゃんといい子にしてましたかん?……ん……ちょっとおおおおおお、それ私があげたプレゼントぉぉぉぉっ!!」
すぱんっ!ぼこぼこっ!
「……なんかもう、やんなっちゃうな」
アイシャの誤解を解くのも面倒で、俺は枕を濡らしながらふて寝した。




