最期の奉公
『アクアエッジ!』
ディムルが固唾を飲んで見守る中、開戦はイリーナの魔法から始まった。
範囲攻撃アクアエッジ。水の刃が横に広がり、勢いよく相手に向かう。
しかし、相手の3人は飛び、しゃがみ、あっけなくかわす。
「ひひっ、魔導士は距離をつぶせば無意味。詠唱する間もなく死ね」
しゃがみ、地を這いながらそのまま飛びかかる老人。
しかし、イリーナの元に刃が届くことはなかった。先ほどのように、下から盛り上がる樹のツタが老人の足をからめとる。
(なんと、無詠唱っ!?)
ディムルは思い返す。
イリーナは得意の植物魔法に限っては無詠唱で発動できるのだ、それもとてつもない精度で。
老人はまんまと宙づりとなり、そのままブンブンと振り回される。
まずは1人。
次は正面から仕掛ける大男。
盾として出した竹藪を太いこん棒でかきわけて進む。
「おで、ぶん殴るっ!」
大男がこん棒を振り上げる。
応戦の詠唱を唱えるイリーナ。
「あっ」
離れた位置から見えていたディムルが声を上げる。
イリーナの死角である足元。大男の靴の先から仕込み刃が伸びた。
(太いこん棒を誇示しての、暗器だあああああっ!)
しかし、その刃がイリーナに届くことはなかった。
「草木に教えてもらいました」
草木から情報を入手できる、イリーナの特殊能力……!
警戒していた攻撃をよけることは難しくない
相手の蹴りをまんまと躱したイリーナは魔法で追撃する。
『スリープ!』
大男は睡魔で混沌とし、膝をついた。
2人目。
残るはリーダー格の男、彼は仲間二人を囮にしてイリーナの背後に回り込み、剣を振るうっ。
「それも見えていますっ」
樹の太いツタでガード、コンマ数秒の時間稼ぎは詠唱時間のためのもの。
『ファイアーボール!』
最も詠唱を短縮できる攻撃魔法。それが直撃する。しかし……
「っああああ、ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
声にならない悲鳴があがる。
相手のではない。イリーナの悲鳴だ。
剣の切っ先、それがイリーナの胸を切り裂いたのだ。
ぷすぷすと、身体が焼け焦げたリーダー格の男がイリーナを見下ろす。
「斬られたくれえで恥もなく、甲高く叫ぶ。てめえ鍛錬を積んだ兵士じゃねえな?ファイアーボールも威力が途中で下がったぜ、殺さないようにとでも思ったか?カスみてえな優しさだな」
裏目だ。
「おい、起きろデカブツ」
リーダー格の男に蹴られて、大男はよろよろと起き上がる。見ると、力の弱まった樹のツタを切り落とし、老人も歩み寄る。
相手を殺さずに制圧しようとした結果、すべてが裏目に出た。
相手の3人、誰一人戦闘不能にできていない。
「終わりだ」
剣を振り上げ、とどめを刺そうとするリーダー格。
ディムルは、その前にゆっくり歩み出た。
「ああ、終わりさ。君たちの勝ちだ」
「あん?」
「君らの勝ちでいい。だから帰ってくれ。セリア王国なりなんなり、君たちの帰る場所があるんだろう?もう終わりにして、さっさと帰るんだ」
「ざけてんのか王子様よぉ。俺らが帰るのは、あんたを始末してからだよ」
「なら……」
ディムルは一瞬ためらい、
「さっさと殺れ」
そして覚悟を決める。
誰かが死ぬくらいなら、まずは自分を。一貫してそうだ。
彼は師のため、仲間のためなら平気で命を投げ出す。
すでに一度死んでいるというのに、学ぶことなく。
この年端も行かない幼き王子の覚悟に、3人の追手たちは眼に見えてひるんだ。
「王族が……下々のために命を差し出すかよ」
リーダー格の男は顔をしかめる。
この女はエルフだ。
エメラルド国民ではない。
恐らく正規の軍人でもない。
死んだとしても、国から見れば惜しくもない人材だろう。
それなのに、この幼き王子は命を張るというのか。
「……」
彼の祖国、セリア王国はガチガチの身分制だ。
優秀だろうが無能だろうが、平民は平民、貴族は貴族。
それについては不満はない。
とうの昔に祖国に忠誠を誓った身だ。
いまさら不平も不満もあるはずがない。
しかし、迷う。
聡明と噂の王子。ただの雇われエルフのために命を張る王子。
今、この子供を始末してもいいのか。
民のために命を張る、そんな偉大な王子の未来を、今ここで摘んでしまってもいいのか。
一瞬、ほんの一瞬だけ、迷う。
そして、その一瞬が余力を与えてしまった。
樹のツタが、竹槍が、追手たちに襲い掛かる。
「師匠っ!?」
「無茶、しないで下さい……。あなた様は王子です、それにまだ幼い。抱え込む必要はないんです。何より私のかわいい弟子です。弟子は師より先に逝くものではありませんよ」
イリーナは、優しい声で教え諭す。まるで、いつもの授業のように。
そんなはずはない。現にイリーナの胸からはとめどなく血が溢れる。
痛そうに顔をしかめながら、油汗を吹き出しながら、傷口を必死に抑えながら、それでも彼女は気丈にほほ笑む。
「守らせてください。これは私があなたにできる。最期の奉公ですから……」




