身命を賭す
『ヒーリング』
イリーナが唱えると、掌から淡い緑色の光が出る。
優しいその光に包まれると、あっさりと傷はふさがった。
当然だ。もともと深い傷ではない。
「師匠っ!」
心配そうに叫ぶ弟子の頭を、彼女は優しくなでる。
相手を落ち着かせるためではない。
自らを落ち着かせるためだ。
この子を、死なせてはならない。
「下がってください殿下」
見据える先には刺客3人。
なかなかの手練れだ。
先ほどは上手く意表を突けたが、同じ手は通じないだろう。
「へっ、寝とけばいいのによ」
リーダー格の男は吐き捨てる。
「寝ていられない理由があります。あなたにもわかるのではないですか?」
「……」
相手の男は逡巡する。図星を突かれたように、ぎくりとする。
その隙を突き、イリーナは詠唱を唱える。
『エルブースト』
身体強化の中級治癒魔法。
「殿下、治癒魔法の定義について論じてください」
「え、……細胞の活性・沈静・分解・構築を用いて、人体に直接作用する魔法全てを言う。だから、身体強化や肉体硬化なども全て治癒魔法……です」
「ふふ、100点。お利口様です」
本当に聡明な方だ。私などの弟子にはもったいない。
そして、誰よりも気丈で、誰よりも優しい。
……いや、
(聡明すぎる)
あまりに聡明すぎる。気丈すぎる。賢すぎる。
これで、7歳児なんてありえない。
(殿下。あなたは何を隠しているのかしら?)
それは不意に思いついた疑問ではない。
この一年、ずっと考えていた。
しかし、特に問い詰めようとは思わなかった。
些末な問題だから。
どんな真実があれど、この子が自分の教え子だという事実に変わりはない。
(ねえ、殿下)
私が貴方を師事してからおよそ一年
貴方に多くのことをお教えしました。
だけど、一つだけ、教えていないことがありました。
本当は、一番最初に教えなければならない大切なこと。
「あなた方と私は、きっと同じことを考えていますね。ディムル・エメラルド王子殿下は、ここで果てるべきではない聡明なお方。いずれ偉大な王となり、多くの人に幸をもたらす……」
「てめえらエメラルド国の幸ってのぁ、隣国の不幸だろうがっ!」
リーダー格の男の合図と同時に、両脇の二人が動く。
大男が腕をつかみ、押さえつけようとする。
しかし、
『ブースト!』
『ブースト!』
『ブースト!』
何度も何度も詠唱し、同じ魔法を重ねがけ、重ねがけ、
「ぐ、ぐああああああああああああああああああっ」
強化された握力で、大男の腕を握りつぶす。
最期は顔をわしづかみ、
『スリープ』
0距離からの完全詠唱。大男は深い眠りについた。
ねえ、殿下。魔法は危ないんです。
治癒魔法ですらこの通り、使い方を誤ればこうなります。
イリーナは汗を吹き出し、己の右腕を見下ろす。
華奢な身体に強靭な力を宿した代償か、折れた骨は無残にも肉を突き破り、むきだしになる。
「……」
魔法は使い方を誤れば、敵も味方も、己さえも、いともたやすく壊します。
人殺しの兵器になりえます。
「……ひひっ、隙ありっ!」
地表からの攻撃。
イリーナのふくらはぎに向けて、老人が小太刀を振るう。
カキンっ、金属同士が殴打したような小気味よい衝撃音が流れる。
ふくらはぎの肉に刃が通らない。筋を収縮させ、締め上げ、細胞を硬化させた。
肉体硬化の治癒魔法『エルメタルス』
だけど、貴方を見ているとそれを教える必要がないことが分かりました。
スキを突き、イリーナは再び樹のツタでからめとる。
「もう逃がしません『ウッドロック!』」
老人は、幾重にも重なった木製の牢屋で拘束される。
貴方には、人の死を悼む優しさがあり、乱世の教えに流されない強さがある。
「……あくまで殺さずか。自分の手足を犠牲にしてよ……。偽善者面もいい加減にしろよ」
「偽善を、善にするために創るんです。未来への希望を。教え導き守るんです。それが私の信念です」
「……ああっ!そうかよっ!」
リーダー格の男が剣を振るう。
それに対して自分の膝の繊維はガチガチに固まっている。
拳からはとめどなく血が溢れる。これでは避けられない。
いや、そんなことは関係ない。
もともと、正面から来られては避けられない。
訓練を積んだこの男の剣が、
わたしなどに避けられるわけがないのだから。
「っ……!!」
当たる瞬間に身じろぎをして、即死だけはまぬがれる。
殿下。貴方はいずれ王となる。
細い肩を貫き、なおも深々と刺さる刀。
イリーナはそれをしっかりと握ると、今までにないような、長い長い詠唱を唱える。
周囲に幾何学的模様のルーンが描かれた魔法陣が出現する。
究極級魔法詠唱の証である。
(ちぃ!)
リーダー格の男は、自らの愛剣を放棄。どうせこの女は死んでも離さない。
そして、自らの生への執着も捨てた。
「せめて、差し違える!!」
任務だけは譲れない!
仕留めてみせる!
やつの魔法が放たれる、その瞬間までに。
いずれ貴方は、優しさと強さをあわせ持った、誰より偉大な王となり、
多くの人々を救うでしょう。
「っッ!?」
狙いは自分?ディムルがそう気づいたときにはもう遅い。
転がっていた大男のこん棒を拾い、リーダー格の男が、振るうっ!
幼い身体でよけることもできず、ディムルの胴へあっけなくめり込んだ。
粉々に、骨が砕ける音がする。
吹き飛ぶディムルを尻目にリーダー格の男はイリーナを見る。
己の勝利を確信して、
……しかし、
イリーナは、口から血を吐き出しながら……笑っていた。
ならば私は、あなた様のために身命を賭しましょう!!
イリーナの究極魔法。
暖かい光に辺り一面は包まれた。




