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乱世の転生者  作者: 情熱のデンプシー
第一部 乱世転生編  第1章 師弟
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身命を賭す


『ヒーリング』


 イリーナが唱えると、掌から淡い緑色の光が出る。

 優しいその光に包まれると、あっさりと傷はふさがった。

 当然だ。もともと深い傷ではない。


「師匠っ!」


 心配そうに叫ぶ弟子の頭を、彼女は優しくなでる。


 相手を落ち着かせるためではない。

 自らを落ち着かせるためだ。

 この子を、死なせてはならない。


「下がってください殿下」


 見据える先には刺客3人。

 なかなかの手練れだ。

 先ほどは上手く意表を突けたが、同じ手は通じないだろう。


「へっ、寝とけばいいのによ」


 リーダー格の男は吐き捨てる。


「寝ていられない理由があります。あなたにもわかるのではないですか?」


「……」


 相手の男は逡巡する。図星を突かれたように、ぎくりとする。


 その隙を突き、イリーナは詠唱を唱える。


『エルブースト』


 身体強化の中級治癒魔法。


「殿下、治癒魔法の定義について論じてください」


「え、……細胞の活性・沈静・分解・構築を用いて、人体に直接作用する魔法全てを言う。だから、身体強化や肉体硬化なども全て治癒魔法……です」


「ふふ、100点。お利口様です」


 本当に聡明な方だ。私などの弟子にはもったいない。

 そして、誰よりも気丈で、誰よりも優しい。



 ……いや、



(聡明すぎる)


 あまりに聡明すぎる。気丈すぎる。賢すぎる。


 これで、7歳児なんてありえない。


 (殿下。あなたは何を隠しているのかしら?)


 それは不意に思いついた疑問ではない。

 この一年、ずっと考えていた。

 しかし、特に問い詰めようとは思わなかった。


 些末な問題だから。


 どんな真実があれど、この子が自分の教え子だという事実に変わりはない。


(ねえ、殿下)

 

   私が貴方を師事してからおよそ一年


   貴方に多くのことをお教えしました。



   だけど、一つだけ、教えていないことがありました。


   本当は、一番最初に教えなければならない大切なこと。



「あなた方と私は、きっと同じことを考えていますね。ディムル・エメラルド王子殿下は、ここで果てるべきではない聡明なお方。いずれ偉大な王となり、多くの人に幸をもたらす……」


「てめえらエメラルド国の幸ってのぁ、隣国の不幸だろうがっ!」


 リーダー格の男の合図と同時に、両脇の二人が動く。


 大男が腕をつかみ、押さえつけようとする。

 しかし、


『ブースト!』


『ブースト!』


『ブースト!』


 何度も何度も詠唱し、同じ魔法を重ねがけ、重ねがけ、


「ぐ、ぐああああああああああああああああああっ」

 

 強化された握力で、大男の腕を握りつぶす。


 最期は顔をわしづかみ、


『スリープ』


 0距離からの完全詠唱。大男は深い眠りについた。



   ねえ、殿下。魔法は危ないんです。



   治癒魔法ですらこの通り、使い方を誤ればこうなります。



 イリーナは汗を吹き出し、己の右腕を見下ろす。

 華奢な身体に強靭な力を宿した代償か、折れた骨は無残にも肉を突き破り、むきだしになる。


「……」



   魔法は使い方を誤れば、敵も味方も、己さえも、いともたやすく壊します。



   人殺しの兵器になりえます。



「……ひひっ、隙ありっ!」


 地表からの攻撃。

 イリーナのふくらはぎに向けて、老人が小太刀を振るう。


 カキンっ、金属同士が殴打したような小気味よい衝撃音が流れる。


 ふくらはぎの肉に刃が通らない。筋を収縮させ、締め上げ、細胞を硬化させた。


 肉体硬化の治癒魔法『エルメタルス』



   だけど、貴方を見ているとそれを教える必要がないことが分かりました。



 スキを突き、イリーナは再び樹のツタでからめとる。


「もう逃がしません『ウッドロック!』」


 老人は、幾重にも重なった木製の牢屋で拘束される。



   貴方には、人の死を悼む優しさがあり、乱世の教えに流されない強さがある。



「……あくまで殺さずか。自分の手足を犠牲にしてよ……。偽善者面もいい加減にしろよ」


「偽善を、善にするために創るんです。未来への希望を。教え導き守るんです。それが私の信念です」


「……ああっ!そうかよっ!」


 リーダー格の男が剣を振るう。


 それに対して自分の膝の繊維はガチガチに固まっている。

 拳からはとめどなく血が溢れる。これでは避けられない。


 いや、そんなことは関係ない。

 もともと、正面から来られては避けられない。


 訓練を積んだこの男の剣が、

 わたしなどに避けられるわけがないのだから。


「っ……!!」


 当たる瞬間に身じろぎをして、即死だけはまぬがれる。



   殿下。貴方はいずれ王となる。



 細い肩を貫き、なおも深々と刺さる刀。

 イリーナはそれをしっかりと握ると、今までにないような、長い長い詠唱を唱える。


 周囲に幾何学的模様のルーンが描かれた魔法陣が出現する。

 究極級魔法詠唱の証である。


(ちぃ!)


 リーダー格の男は、自らの愛剣を放棄。どうせこの女は死んでも離さない。


 そして、自らの生への執着も捨てた。


「せめて、差し違える!!」


 任務だけは譲れない!

 仕留めてみせる!

 やつの魔法が放たれる、その瞬間までに。



   いずれ貴方は、優しさと強さをあわせ持った、誰より偉大な王となり、


   多くの人々を救うでしょう。




「っッ!?」


 狙いは自分?ディムルがそう気づいたときにはもう遅い。


 転がっていた大男のこん棒を拾い、リーダー格の男が、振るうっ!


 幼い身体でよけることもできず、ディムルの胴へあっけなくめり込んだ。

 

 粉々に、骨が砕ける音がする。


 吹き飛ぶディムルを尻目にリーダー格の男はイリーナを見る。

 己の勝利を確信して、


 ……しかし、

 

 イリーナは、口から血を吐き出しながら……笑っていた。




   ならば私は、あなた様のために身命を賭しましょう!!



 

 イリーナの究極魔法。

 暖かい光に辺り一面は包まれた。



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