覚悟の敵兵
俺は、薄暗い路地裏を掛ける。
別に意図したわけではない。
追手たちに道をふさがれ、次第に人のいないところへと誘導されたのだ。
(やっぱり逃げ切るのは無理か)
相手はそのあたりのゴロツキではない。紛れもないプロだ。
「くそっ」
走りながら、俺は今回の事件について逡巡する。
イリーナ、アイシャ。
俺と近しい二人と国から信頼の厚いラモスの3人。
コインとドロシー。
あらかじめ疑われていた2人。
解毒魔法をあらかじめかけていたイリーナ。
ラモスの言動から見てもこれは事前に予想していた策だ。
つまりこれは釣りなのだろう。
王子と言う餌を使って、王都に忍び込んだ刺客をおびき出す。
(あの、イリーナやアイシャが?)
二人とも俺を大切にしてくれている。王族とかそういう事を無しにしても。
そんな二人が俺を危険にする策を?
いや、個人ではなく王子としてみても、俺を危険にする策自体どうかと思う。俺はこれでもエメラルド家唯一の男子だ。
嫡男をベットするにしてはあまりにリスクの高い作戦ではないか。
それに、この作戦に何故イリーナが参加している?
彼女は正式な軍属ではないし、戦闘訓練も積んでいない。
いざと言う時の治癒・解毒のためと考えるのが妥当か?
実際相手は毒針を持っていた。
この世界の暗殺ではポピュラーな手法なのかもしれない。
しかし、それは他の軍人の誰かでもいい気がする。
「いたぞっ!こっちだっ!」
「ちぃっ!」
逡巡しても恐らく意味がない。
この疑問の答えを聞くことはもうできないだろう。
肉体強化魔法『ブースト』で走るスピードを上げているが、しょせんは7歳の身体だ、大人を撒けるはずもない。
いや、そもそもこの魔法ではスタミナが…。
筋肉が悲鳴を上げ、心肺が酸素を求める。
足がもつれて、俺は無様に転がりまわった。
「観念すんだな、王子様よお」
追手は4人。
刃を向けるのは、追手の中でもリーダー格の男。
先ほどのあの男だ。
「……うん、なるべく痛くないようにね」
もう逃げられない。すべてを諦め、ディムルは眼をつむる。すると、
「へ?」
ディムルの下の地面が、こんもり盛り上がり、
「う、わあああああああああああああああっ」
突然のスピードで生える大きな大木が、ジャックと豆の木のように俺を押し出した。
「ようやく見つけましたよ、殿下」
イリーナだ。屋根の上に待機していた彼女が俺を引っ張り出す。
そうか、これはイリーナ得意の植物魔法。
「よかった」
イリーナは涙交じりに俺をぎゅっと抱きしめる。
「守るから。離れないで」
イリーナの身体はかすかに震えていた。
当然だ。俺が皆のことを案じたように、皆も俺を案じてくれている。
しかしそれもつかの間、イリーナは俺を抱きしめたまま詠唱を唱える。
「ちぃっ!」
追手4人もこのままでは終わらない。勢いよく大木を駆け上る。
それに対してイリーナは、腕をかざし
『ファイアーウォール!!』
上からの地点。
それを活かしてイリーナは、炎の壁を大木に向かって押し付ける。
炎の壁と衝突した樹は、一瞬の爆炎を出して瞬く間に燃え広がる。
「防御魔法で樹に攻撃!?それにあの爆炎は…」
「私が出した大木は『ニードルリーフ』です。この木は油分が多く木質ガスも大量に出す性質があります」
確かにその樹はたき火に使う薪などとは比べ物にならない程ごうごうと燃えている。
「アァァァっ!!」
しかし追手は迷うことなく炎の中に飛び込んだ。
「っッ!?」
肉片が焼け焦げる嫌なにおいがする。
しかし、追手たちはそれでもひるまず向かってくる。
炎に包まれて1人が脱落するも、3人は屋根の上まで這い上がってきた。
「無茶をなさいますね」
「こっちも覚悟を決めてきているんでな」
リーダー格の男
骨と皮にしか見えない細身の老人
大黒柱を思わせる程でかく太い大男
相手は3人。
燃え盛る樹の中を平然と駆け上ってきた。恐らく相当な手練れだろう。
イリーナは戦う気だ。
俺を後ろにかばいながら、3人から目を離さない。
勝てると思ったのか、それとも俺を連れて逃げられないと判断したのか。
なんにせよ、俺にできる事は本当になくなった。
屋根の上である以上、もう一人では逃げられない。てか降りられない。
後は、わが師を見守るだけだ。




