始まりは皆新人
「す、すまなかったリリィ、この通りだ、許してくれ!!」
「俺からもすまなかった、リリィ」
「……なんでご主人さまも謝ってるのん?」
白昼の冒険者宿舎前。
そこで、S級冒険者のネイトが、新人でF級冒険者のリリィに対し、土の地面に頭を擦りつけて謝罪を行っていた。
なぜかジーノも体を折って、謝っていたが。
「つーん。です」
「だってさねちねち。誠意が足りないんじゃないの?」
「せ、誠意が足りないって……じ、じゃあどうしたらいんだよ、錬金術師のおっさん!」
「そういうところだろう」
真っ昼間から修羅場を迎えている光景に、多くの衆目が集まっていた。
特にここは冒険者宿舎の前ということもあって、冒険者が多い。
「あのネイトが土下座してる……」と、同業者は不思議でならなかったようである。
「俺の顔色をうかがうな。謝るべき相手はリリィだ。一緒に謝れ」
「だからなんでご主人さまも謝ってるの……!?」
ちなみに、ジーノもまだ謝っていた。
ネイトのように地面に頭をつける体勢ではないものの、クリスティーナもリリィも、不思議でならなかった。
ジーノに指摘されたネイトは、はっと気づいて、リリィの顔を見上げる。
悔しそうに歯噛みしながらも、もう一度地面に額を擦りつけてこう宣言した。
「すまんリリィ、も、もう二度とこんな真似はしねぇ! パーティからも抜けてもらって構わねぇ! ……な、なんなら、俺を衛兵に突き出しても――」
「どんなに謝られても、許すわけないです! つーん!」
しかしリリィは一向に許そうとはしなかった。
当然だ、あれだけ陰湿なイジメを受けて許すなど、普通はできない。
泣きはらした目を思い切りつぶり、頬を膨らませてそっぽ向くリリィ。
「うんうん、イジメは許しちゃダメだよリリィちゃん!」
「いやクリスティーナ、お前は差別されてても許したりしてなかったか」
ただし、名誉以外何も目に止まらないクリスティーナは別かもしれないが。
とにかく、リリィは許すつもりはないらしかった。
「S級の俺が頭を下げても、許してくれないのか……!」
「ねちねち、S級とか今はどうでもいいでしょ。……洞窟のときとかもそうだったけど、なんでそんなにS級とかにこだわるの」
「こ、こだわってなんかいねぇだろ!? こだわって、なんか……!」
否定するネイトだったが、口にしたことで初めて理解したのか。
「いや……いつからか、気にしすぎていたのかもしれねぇ……」
己のしてきたことを振り返って、そう結論付けた。
「ハッ、笑えるぜ……公衆の面前で新人に土下座して……それでも俺の大事なものは、S級とかいう誰かからの評価だったんだな……」
「どうしたネイト君」
ネイトにとって恐ろしい存在のジーノ。
その男に声をかけられたネイトだったが――
一心に、リリィを見つめる。
「気に入らなかったんだよリリィ。キレイな目をしているてめぇが……俺は、きっと」
自分でもその気持ちに今気づいたのだろう。言葉尻は揺らいでいる。
「いや、違うな」と、ネイトは言うと、こう言い換えた。
「リリィ、俺は――てめぇが羨ましかったんだ。ランクや評価を気にせずに、これから好きにやれる新人のてめぇが」
それがネイトの本心であることを、この場の誰も疑わなかった。
男の目には、涙が浮かんでいたからだ。
「俺は自分でも気づかないうちに、てめぇに憧れちまってたんだ……嫉妬しちまってたんだ。ハッ、クソだせぇな、いい年こいた野郎が――S級が、F級に憧れていたなんてよ」
「ネイトさん……」
リリィは男泣きするネイトを見てぽつりと呟く。
ジーノはそんなリリィを見て、確信した。
「だ、そうだリリィ、彼を許してやってくれるか?」
「いいえ! それでも許しません!」
だがお許しはでなかった。
今吐露したことが、ネイトの本音であることは、リリィにも理解できただろう。
それでもリリィは許さなかった。
だが――続く彼女の言葉は、予想外のものだった。
「でも、それでも――ありがとうございました、ネイトさん!」
「ハハッ、だよな、許せるわけが――んあ? あ、ありがとう、だぁ?」
「はいっ! ありがとうございました、です!」
ネイトは、怪訝な表情で顔を上げた。
謝られていたはずのリリィは、逆にネイトに頭を下げていた。
「だって私は、ネイトさんのパーティに雇ってもらえたから、成長できたんです!」
「雇ったのはギルドの命令で……それにてめぇには、雑用しか――」
「それぐらいしかできなかったのは事実ですもん。それはきっと、今だって。――だから、ありがとうございました、です。おかげで少しは……ほんの少しだけですけど、成長できましたから」
顔を上げたリリィは、こう続けた。
「育ててもらったご恩は、一生忘れません。私はネイトさんのパーティに雇ってもらって、本当によかったって、思っているんです」
「リリィ……ちくしょう、俺は……俺は……!」
ネイトは再び地面に頭を擦りつけていた。
それは、謝罪の姿勢――というわけではないだろう。
自分のやったこと、そしてやってきたことを本当に後悔し――
自分が憧れてしまった大きな新人を前に、自分の小ささを恥じているのである。
最後にリリィは、もう一度こう言う。
「ネイトさん――今まで本当に、ありがとうございましたっ!!」
「リリィっ……! 胸を張って言える、てめぇは――史上最高の新人だよ!!」
ネイトは恥も外聞もなく――
誰の目も評価も気に留めずに、涙ながらにリリィに太鼓判を押すのであった。
「えへへっ、あのネイトさんに太鼓判もらっちゃいましたっ」
「さすがはリリィちゃんだ! じゃあもう、ねちねちのことは許したってことだね!」
「いいえ許しません! それとこれとは別です!」
リリィは一転、頬をぷくっと膨らませた。
なんだかその様子が可愛らしくて、興味本位でのぞいていた観衆からは笑いがこぼれていた。
「――ジーノさん、クリスティーナさん。お話があります!」
「なんだ改まって。ネイト君にトドメを刺してほしいのか?」
謝るのをやめて、話を聞き入っていた無色の男。
空気を読むのが苦手なこのおっさんは、オーラを発現させて真顔でそう言った。
「ち、違いますよっ!?」と、リリィは慌てて止めたあと、こう告げた。
「私を――お二人のパーティに入れてくださいませんか!」
それは、彼女が今まで口にできなかったことだった。
「私たちのパーティって……『境海』に一緒に行くってこと?」
『境海』。
それは、海の果てにある、神か悪魔の世界。
リリィは、うなずいた。
「力不足なのは承知しています。荷物持ちでも雑用でも、なんでもします――たとえ死んでも、後悔はいたしません! どうか私も、境海へつれていってくださいませんか!」
「境海へ行って、君はなにがしたいんだ、リリィ」
「小説のネタ探しです!!」
はっきりと、きっぱりと、リリィは言ってのけた。
小説のネタ探し。
それを聞いたジーノは、渋い顔をしていた。
「いいじゃんご主人さま。つまりリリィちゃんは、この私の名誉のおとぎ話を書きたいって言ってるようなもんなんだし!」
「いえ、それはないです。次回作はホラーを予定してますので」
「ガーン!?」と、思っていたことと違う答えに、クリスティーナはショックを受けていた。
「だ、だめですか……!?」と、ジーノの顔色をうかがうリリィ。
渋い顔――といっても、男の表情はほぼ無表情だ。
少しだけリリィも、この男の表情を読むことができるようになっていた。
「いや、別についてくること自体は問題ないんだが、おかしいと思ってな」
「な、何がです?」
判断を問われた男は、こう口にする。
「だって君と俺は、もう仲間だろう?」
「えっ!? じ、じゃあ――」
「一緒に行くものだと思っていた」
この男は、すでに前から、ずっと仲間だと思っていたのである。
リリィが、喜びを爆発させた。
「ほ、本当に私なんかが、ジーノさんの仲間になってもいいんですかっ!? やったー!」
「やったねリリィちゃん! これでずっと、一緒にいられるね!」
「クリスティーナさんが無茶して死ななければですけどねっ!」
「ふへへ、黒い!」と、手を合わせて喜ぶ少女二人。
――こうして、クリスティーナに次いで、リリィも晴れて仲間となる。
ジーノは素材や道具を。
クリスティーナは人類初の名誉を。
リリィは小説のネタを。
それぞれの夢を胸に、まだ見ぬ世界を馳せる。
「境海かよ……へっ、あんたらなら、踏破できるかもしれねぇな」
すっかり忘れられていたネイトは、許されたと思って立ち上がる。
「ちょい待ちねちねち。まだ終わってないぞい」
「へ? い、いや、リリィはもう許してくれて……」
止めたのは、金髪に青い目の女奴隷・クリスティーナ。
にっこりと笑みを浮かべると――その青い目に、闇が垣間見えた。
「うん。でもまだ私の気が済んでないからねっ!」
「は!? な、なんでてめぇもっ!?」
と、ネイトは言うが、クリスティーナが聞くわけもなく。
「ですです、私も小説の分はまだ許してませんです!」と、リリィも樫の木の杖を握り直して。
二人がかりのお仕置きが、ネイトにはまだ残されているのであった。




