ジーノの実力……?
「これで依頼は達成だな? なら早く洞窟薬草を受け取りに戻るぞっ!」
「でもその薬草って、途中で採取してましたよね、ジーノさん……」
唐突な試験でばたばたしていたが、今回の主目的はF級依頼の達成だ。
道中すでに薬草を採っていたはずのジーノだが、報酬の分もほしいことに変わりはなさそうだった。
「……あっ、ジーノさん、頬から血が」
「ん? ああ、スライムパンチを食らったときか。いまいち薬の効きはよくないな。少し配合を変えて――」
「私が治療しますから、じっとしててください。『ヒール』」
リリィはジーノの傷に手を当てて、回復魔法を唱えた。
傷は浅いので簡単に治療できたが――
リリィは、疑問を感じた。
「ジーノさんはお薬を作る能力はすごいですけど……実戦での戦闘力は、そうでもなかったり……?」
「でもでも、かばったからだし、眷属化の荒療治のときはすごかったし……?」と、リリィは混乱する。
未だ真の力が推し量れない男に、疑問を感じているのだった。
「うわー見て見て! これが言ってた遺跡じゃないのご主人さまっ」
すると、洞窟を散策していたクリスティーナが声をあげた。
行ってみると、手の加えられていない洞窟の壁から、人工的な異物が飛びだしていた。
「おい気をつけろよクリスティーナ。君はそそっかしそうだからな、うっかり壊しそうだ」
「し、失礼なっ、そんなことはしないよ! ふーん、これは壁から飛び出てるけど、遺跡の一部なのかな? これが地面の下に埋まってるとしたら、相当大きいね」
「魔水晶でできてるっぽいですね。紫色に透けてて、ちょっとキレイです」
「ちなみに魔水晶とは、魔法の媒介に使われる素材のことだな。安価で手に入るから、俺はそんなにほしいと思わないが」
「だから腰抜かさないんですね……」
遺跡と呼ばれる物体は、魔水晶でできていた。
魔法使いが見たら、持ち帰りたいと言いそうな量ではあったが、貴重な素材というわけではなかった。
「――おいリリィ! ほぅら虫だぞ!」
「んぎゃああ!? なにするんですかネイトさん!?」
「ハッハッハ! 虫だけは相変わらず苦手みてぇだなぁ!」
この場には当然まだ、ネイトもいる。
子供じみた嫌がらせだ。
完膚なきまでに負けたからと、引き下がるつもりはなさそうだった。
「これも試験か、ネイト君」
「んなわけあるか! ただの嫌がらせだ!」
「やんのかおっさん!」と、ネイトの不機嫌は最高潮に達している。
険悪なムードが漂うが――
「ケンカはお外でしてください! 遺跡が壊れたら、新人の私じゃなくてネイトさんが責任取ってくださいね!」
「ぐっ、責任……!? わ、分かったよ、クソ!」
リリィが一喝するのだった。
人一倍評価を気にするネイトは、その一喝でくだらない争いをやめるのだった。
「すまんリリィ、反省する。それじゃあ帰るか、報酬の洞窟薬草も待っていることだしな。ついでに依頼人も」
「んもうジーノさん、依頼人のかたをついで扱いしないでくださいっ」
リリィはぷくっと頬を膨らませる。
そして次に取った行動は――
「ではみなさん! 帰り道だからって油断しないで帰りましょうね! 足元には注意して、隊列は行きと同じ形で帰りましょう!」
まだ試験は終わっていない、と、しっかりと先導役を務めるのである。
「くそ……新人のくせに仕切りやがってっ……!」
「なに言ってるのねちねちネイト。試験だって言ったのはネイトじゃん。リリィちゃんの行動はフツーに正しいよ」
「そういうところがねちねちなんだよ」と、前列に向かうクリスティーナが言った。
するとジーノが、ふと、こんな意見を挟んだ。
「待ったリリィ。帰りは、俺とクリスティーナの隊列を逆にしてくれないか」
「え、ジーノさんが前列、ですか? 構いませんけど……なにか不備がありました?」
「いや、不備はない。気にするな、ただの気まぐれだ」
「は、はぁ」と、リリィは了承した。
クリスティーナも不思議そうな顔をしていたが、主人であるジーノに意見なんてするわけもなく、従う。
隊列が入れ替わったことで、ジーノはネイトと横並びになっていた。
「なんだおっさん、最後尾は怖いってか?」
洞窟を歩く一行。
ネイトは、隊列変更を願い出たジーノをからかう。
「なぁに、ちょっと君に話があってな」
「あ? 俺はなんにも話すことなんて――!?」
言い終わる前に、ネイトはジーノに肩を組まされていた。
「ななな、なんのつもり――」
「あの場はリリィに免じて黙っていたが、冗談もほどほどにな」
ネイトの首元に腕をかけるようにして、ジーノはネイトに密着する。
すぐ後ろのリリィには聞こえないように、注意しながら。
「し、試験のことか?」と発したネイトの声が大きかったので、ジーノは空いている腕のほうで「しーっ」と、指でジェスチャーした。
ネイトは従い、声を絞りながら言う。
「た、確かに試験はやりすぎだったかもしれないが……ぼ、冒険には不測の事態だって――」
「試験? 違う、虫のことだ」
ネイトは思っていたことと違うことを言われて、言葉を止めた。
ジーノが無表情に言う。
「君は知ってて、彼女の嫌がることをしたんだろ? それは、だめだろう。常識知らずの俺でも、そんなことをしてはいけないことくらい、分かる」
「む、虫は……! 知ってたが……!」
ネイトは不思議でならなかった。
S級の自分が、どうしてこんなぼろぼろなおっさんに怯えているのか、分からなかったからだ。
そんなネイトに向けて、ジーノは最後にこう忠告した。
「次はない。よく覚えておけ」
「は、はい……」
その返事を聞いたジーノは、ネイトから腕をはがした。
「そうか、試験も嫌がらせだったのか」と、ジーノは今さら気づくのだった。
S級冒険者のネイトは、その場で立ち尽くしていた。
「あ、あのネイトさん、どうされました? ジーノさんと肩組んでましたけど……」
「な、なんでもねぇ! 俺はS級冒険者のネイトだ! S級の……くそ、先に行ってろ! 一人で戻れる!」
ネイトは片手で頭を抱えながら、そう言った。
『S級』と、まるで自分に言い聞かせるかのような言いかただった。
「え、でも……」
「本人がそう言ってるならそれでいいだろ、行くぞリリィ」
「こっわ~……ご主人さまの怒ってるところ、初めて見たかも……」
リリィには悟られなかったが、クリスティーナは気づいていたようだった。
ジーノは無表情ながら、少しだけ怒っていたのである。
◇
「くそっ! あのおっさん、いったい何者だ!」
一人置いていかれた洞窟で、ネイトは叫んでいた。
「くそっくそっ! なにかの間違いだ! S級のこの俺がびびるなんてよぉ!!」
それだけでは収まらなかったのか、剣を抜いて、辺りの水晶をやたらめったらに切り刻んだ。
紫色の破片が辺りに飛び散る。
「リリィになにも仕返しできてねぇし……このまま、引き下がれるかよ……!」
ネイトは、実に執念深かった。
ひとまずは怒りが収まったネイトは、剣を収めて、ジーノらのあとを追う。
切り刻まれた魔水晶が、紫色に辺りを映す。
壁から飛び出た、人工的な形をした魔水晶。
――それは、洞窟に眠る遺跡の一部だった。




