リリィVS洞窟スライム×7 ――覚醒し始める少女
新人冒険者一人が、洞窟スライム七匹を相手にする。
もしもこれが本当の試験だとしたら、誰もが無茶な内容と抗議するだろう。
だが――
「ハッハッハ! どうしたリリィ、洞窟スライムごときにどんだけぼろぼろにされてるんだよ! 手伝ってやってもいいんだぜ? ――試験に落ちたいならな、ハハハッ!」
試験官は、怨嗟の炎を燃やすネイトだ。
抗議など絶対に受け付けないのだった。
「い、いたたたっ……だ、大丈夫です、私はまだやれますからっ」
戦いはすでに始まっていた。
開けた空間の一角。
そこを占拠していた洞窟スライム七匹に囲まれながらも、リリィは杖を振り回してどうにか生き残っている。
物理攻撃が効きにくい相手ではあるが、彼女にはそれ以外に攻撃手段はない。
リリィは唯一の回復魔法・初期のヒールを使って、粘り強く戦っていた。
「ぐうぅぅ! このねちねちネイト! テストならこの半分くらいでもいいでしょうがっ! 本当にこれ、正しいテストなの!?」
「俺を誰だと思ってる、S級冒険者のネイトだぜ? んな自分の評判落とすような真似、普通に考えてするわけねぇだろ」
クリスティーナの抗議に、ネイトは腕を組みながら、愉快そうに語る。
「ま、なにしようが俺の評価は下がらねぇがなぁ……!」と、ネイトは、これで自分の評判が落ちるとは思っていない。
名も知れぬ貧乏人と、S級冒険者の情報を天秤にかければ、どちらが信頼に足るかなど分かりきっているからなのだ。
「さぁさぁまだ一匹も倒しちゃいねぇぞウスノロリリィ! そんな戦い方じゃあ、ジリ貧になるだけだぜ!」
「ご主人さま、こんなの絶対おかしいよ! 私たちも手伝って――って、あれ? ご主人さまどこ!?」
「またいなくなってる!」と、クリスティーナはジーノがいないことに気づいた。
今はフラフラしているおっさんよりも、リリィが優先だとその視線を戻すと――
「危ない、リリィちゃん!」
「わわっ!?」
足を取られたリリィが、洞窟スライムからの攻撃に無防備をさらしてしまっていた。
拳のような形に変形したスライムが、リリィを殴る――
「ぶへえええっ!」
「――って、ジーノさん!?」
と、思いきや、いつの間にかジーノが割り込んでいて、思い切りスライムパンチを顔面に食らっていた。
「ジーノさん、も、もしかして私をかばって――ま、待っていてください、今すぐ回復を」
「独自製品・洞窟薬品」
「はい回復」と、リリィが回復魔法を使うよりも早く、ジーノは洞窟薬品草からポーションを作って回復していた。
「お、おいおっさん! 邪魔するんなら落第点をつけるぞ、いいのか!?」
「待て待てネイト君。俺はただ、この洞窟薬品の効能を知るために、スライムの攻撃を受けただけだ。なにも問題ない」
「な、なにを屁理屈を――」
言い訳になっていない言い訳だった。
あのネイトが納得するわけがない。
それに気づいたジーノは、もう一度押す。
「なにも、問題ないよな?」
「っ! ……い、一回だけだ、次はねぇぞ!」
ジーノの強引な追加ルールに、ネイトは押し負けてしまった。
彫りの深い顔が、迫力があったのだろうか。
「ちっ、この俺が胆力で押されちまうだと……い、いや、なにかの間違いだっ……!」
なにやらブツブツと言っているネイト。
ジーノとのやり取りを聞いていたクリスティーナは、ニカっと笑った。
「だったら、私も偶然そこにいていいってことだ!」
「ま、待て待ててめぇら! そこまで許可した覚えはねぇぞ!」
押し負けたネイトだったが、そこだけは譲れないのか抗議する。
引かない二人を見て、しかたなくこう続けた。
「ちっ、特別だ、譲歩してやる! リリィが洞窟スライム七匹を仕留めたのなら、合格ってことにしてやるよ!」
リリィが洞窟スライム七匹を倒す。
そんなことはできないとネイトは知っていたから、譲歩したのである。
過程はどうあれ、結果リリィがテストを失敗し、恥を晒せばそれでいい。
ネイトはそれで満足なのである。
「洞窟スライム七匹を倒す……うう、どうすれば……!」
「リリィちゃん、もういいよこんなデタラメ試験! 私とご主人さまが一掃するから、さっさと終わらせて――」
「クリスティーナさん……ありがとうございます! でも、ごめんなさい!!」
リリィを守るように立つクリスティーナが、そう提案する。
が、リリィは断った。
「私はクリアしたい! クリアして、ネイトさんに認められたい。――いえ」
リリィは身長ほどの樫の木の杖を、力強く握る。
「認めさせたいです! なのでもう少しだけ、見守っててください!」
リリィは神でも邪竜でも、S級冒険者でもない。
ただの新人冒険者だ。
それでも負けたくない気持ちは、この場の誰にも劣らないくらいに、備わっているのであった。
「リリィちゃん……へへっ、やっぱちょっと黒いね! ――でもどうするの? 洞窟スライムは、たぶん魔法攻撃じゃないと」
「そこなんですよね……杖でぶっ叩くだけじゃ倒せないし、かといって私は初期のヒールしか――」
思い悩むリリィ。
ジーノが、提案する。
「だったら、今この場で攻撃魔法を覚えればいい」
「えっ!? そ、そんな簡単に……じ、自慢じゃないですけど、私、三ヶ月ネイトさんのパーティにいて、一つも魔法を覚えることができなくてっ……」
「その三ヶ月間とは、どんな密度だった?」
「え? えぇと……ずっと後ろのほうで荷物持ちを……」
聞かれたリリィは、ネイトパーティにいたころを思い出す。
雑用ばかりやらされて、全然楽しくなかった冒険者生活。
ちょっぴり悲しくなって、眉を曇らせる。
とにかく――
戦いに関わったことはゼロだった。
「だったら、今なら使える」
ジーノの無表情さは、ときとして自信たっぷりにも映る。
ジーノは語る。
「眷属二〇体との戦いの場に立って、真祖戦の場にも立った。この鉱山に来るまでの道中、神造土偶の場にも立っていた。それを経ての今だ。なら――使えるはずだ」
ジーノは、リリィに手を差し伸べる。
「俺も君と同じだ、リリィ。何度も死にかけては、強くなっていったんだ」
「ジーノさん……わ、分かりました、やってみます!」
リリィはその手を取って、立ち上がった。
「俺は魔法も技術も詳しくない。が……イメージしてみろ。あの魔物を倒すイメージを。そうしたら、今の君ならきっと使えるはずだ」
「イメージ……スライムを倒す……っ」
リリィはジーノの言葉を耳に、杖に力を込めた。
洞窟スライムがにじり寄ってくるが――ジーノは、クリスティーナにストップの指示を出す。
言われずともクリスティーナは、甘んじてリリィの壁になるつもりで、笑って立ち尽くしていた。
「倒す……スライムを倒す……! 吹き飛ばして、倒す! 魔法・風圧!」
しんとする洞窟。
ネイトが笑いながらやれやれと呆れたそのとき――
洞窟内に風が巻き起こった。
「で、できましたですっ!?」
「はああぁぁぁっ!? あ、あのウスノロリリィが、攻撃魔法だとぉ!?」
クリスティーナの竜化の突風でも、ジーノの道具でもない。
正真正銘、リリィの魔法。
リリィはこの場で、新たな魔法を習得してみせるのだった。
「な? 成長してないわけがない。人は死にかけると育つもんだ」
「ご主人さまの謎理論は置いといて――さすがはリリィちゃんだ! さぁリリィちゃん、その魔法を残る敵にぶつけちゃって!」
「は、はい! ごめんなさいスライムさん、やられてくださーい!」
リリィは覚えたての風魔法で、次々と洞窟スライムを攻撃していく。
スライムは魔法の力に体を溶かし、バラバラになる。
「はわわぁ……新しい魔法に張り切っていたら、魔力が尽きて……」
「ほいエナジーポーション。魔力の回復にも効くぞ」
「ふわわわーっ力が溢れて――!? って、虫は入ってないですよねっ!?」
それまでに回復魔法を使ったこともあって、リリィは途中力尽きるも、ジーノの特性ポーションで即時回復していた。
虫が入ってるかどうかは、答えなかったジーノなのであった。
「――七匹目! や、やりました……ほ、本当に私が、全部倒しちゃいましたー!?」
「やったやったリリィちゃーん!」
「お疲れリリィ。――さて」
ジーノは、金鎧の男に振り向く。
「これで文句はもうないな、ネイト君」
「……あ、ああ……合格だっ……!」
ネイトは両膝をついて、心底悔しそうにしながらも、合格を認めざるをえないのだった。




