S級の依頼
「虫はムリーっ! ――はっ、ゆ、夢です……!?」
「お、目覚めたかリリィ。おはよう」
虫入りポーションで卒倒していたリリィは目を覚ました。
見上げた先には変わらぬ青空が広がっている。
葉でできた寝袋に入っていたようで、いそいそと抜け出した。
「大丈夫だ、虫は入っていない」
「……冒険者のくせに、虫が苦手ですみません……」
ジーノに声をかけられたリリィは、次に辺りを見回し、なにかを探す。
クリスティーナは察して、リリィがいつもしている肩掛け鞄を手渡した。
「はいこれ、リリィちゃんの鞄と――小説も、中にちゃんと入ってるよっ」
「ほっ、よ、良かったぁ~! もう3ヶ月くらい書いてて……あ、あの、ありがとうございますっ」
「もちろん読んでないよ!」
「俺もだ」
「そ、そのほうがいいですっ、絶対つまらないですから」
リリィは自信なさそうに言う。
ふと疑問を持ったリリィは、クリスティーナと、主にジーノに対して質問した。
「お二人は、文字が読めるんですね」
「じぃじとばぁばに教えてもらったからね!」
「俺は旅先でよく会う人に。……今思うと、いろいろ教えてもらってるんだなぁ」
リリィは、「クリスティーナさんのご両親さんは知ってますが」と前置きして、こう続けた。
「旅先でよく会う人、ですか。なんだかジーノさんって、とことん不思議な環境で育った人なんですね……」
「そうか? 年がら年中採取地にいたくらいなんだが。二秒おきに魔物に襲われるくらい、普通だろ」
「そんな世界が普通だったら、私は即死です」
とてつもなく変わった人生を歩んできたジーノ。
とにかく、二人は文字が読めるようだった。
するとリリィは、思いついたように鞄から本とペンを取り出して、書き始めた。
「そうだっ、さっきのポーションの感想、書いとくですっ!」
「ほほー、旅の途中であったことを書くために、持ち歩いてるんだね」
「あ、はい。メモ帳と――そ、その、小説も一応持ち歩いてます。冒険者のお仕事は、半分そのためにやっていることなので」
リリィは作家業の肥やしにするため、ポーションの感想を書き記す。
書きながら声が出てしまうのが、彼女のスタイルのようで――
「虫入りポーション……効果はバツグン……後味はゲキマズ」
「俺の前でよく書けるな」
ジーノがいる前でそう言うのだった。
リリィは書くのに夢中で気づかなかったが、ジーノは少し、しょんぼりしてしまうのであった。
「よし、オッケーですっと。――ところで、私どれくらい気を失ってました……?」
書き終えたリリィは、鞄の奥底に本をしまうと、そう聞いた。
「んーと、一日ぐっすり寝てたよっ」
「一日ですか!? お天気が変わってなかったから、一〇分くらいかと――すすす、すみません! す、すぐに準備してっ」
「まぁそう慌てなくていい、こちらも準備しているところなんだ」
「す、すみません」と、周りが見えていなかったリリィは謝る。
ジーノは無色のオーラでなにかを作っていて、クリスティーナは料理を作っていた。
たき火があり、その上でぐつぐつと煮立つ鍋があることに、リリィは今気づいた。
「はいお待ち! クリスティーナちゃん特性のウサギ肉のソテーだよ!」
「ふわわわーっ! お、おいしそうですーっ!」
「お腹減ったでしょ? 付け合わせにサラダも作ったから、食べて食べて!」
こんな原っぱの真ん中で、手の込んだ逸品を披露するクリスティーナ。
なにやらソースまで作られていて、とても旨そうだ。
前に言っていたとおり、クリスティーナは料理の腕に覚えがあるようだ。
ただ――
「じゅるり……は、早く食べてねリリィちゃん、私、我慢できなくなるからじゅるり」
「よだれがいっぱい出てますよーっ!?」
作ったそばから食欲に負けそうなのが玉にきずだが。
「あ、あの、先どうぞ」
「ううん、我慢するっ。だってさっき食べたし!」
「食べたのに、よだれたらすほどお腹減ってるんですか……?」
しかも食べたというのにこれなのだから、クリスティーナの食欲は底が見えなかった。
リリィは猛獣の目をひしひしと感じながら、ウサギ肉のソテーをいただくことにするのだった。
「えと、ジーノさんはなにを作っているんです?」
「傷の治療に使うポーションだ。――ああ、安心しろ、虫は今回使っていない。あれは、体力回復のときに使う道具だからな」
一瞬ビクっとしたリリィだったが、安心する。
ジーノはポーションをいくつかの小瓶に詰めながら続ける。
「最近この辺りには来ていなかったからな、薬草の成分調査も併せて行っている。……ふむ、まぁまぁだな、やはりこの辺りだと『洞窟薬草』が一番か」
「その無色のオーラで分かるんですか?」
「時間はかかるがな。一番早いのは使うことだが、まぁ今は、みんな傷一つない健康体だからな」
草のじゅうたんに座っているジーノは言う。
ポーションを作りつつ、成分調査を行っているのだった。
「うぅ、どうしよう、ジーノさんもクリスティーナさんもいろいろしているのに、私だけなにもしないわけには……」
「だったら、依頼の確認してしてっ。私たち、冒険者じゃないからやり方とかよくわかんないし!」
結局クリスティーナは鍋の残りを全部食べるようで、中身を皿に移しながら言っていた。
リリィは鞄に入れていたF級の依頼とS級の依頼書を確認する。
そのとき、リリィは気になったことがあって、「あれ? そういえばジーノさん」と、切り出した。
「ジーノさんは、報酬の洞窟薬草が目当てで、F級のこの依頼を受けたんですよね?」
「そうだが……なにか問題でもあったか?」
F級の洞窟スライム退治。
その報酬にはもちろん金もあるが、不足分は素材でまかなわれていた。
「問題とかじゃないんですけど」とリリィは言ったあと、こうたずねた。
「S級のほうは正式に受けたわけでもなければ、報酬も全て現金です。――いったいどこに、ジーノさんが惹かれるような内容があったのかなって」
ジーノが例のリアクションをしてF級の依頼を受けたときは、『洞窟薬草』というオマケの報酬に惹かれたからだということは、リリィにも分かっていた。
だが、S級のほうには、ジーノが目の色変えるような報酬はなかったのである。
クリスティーナも、「そう言われれば、そうだね」と、皿にがっつきつつも、不思議そうにジーノを見て返答を待った。
「あれ、知らないのか。神造系モンスターは、稀少素材を落とすんだ」
ジーノはさも常識といった風に口にした。
そして、人さし指を立てて、答えを教える。
「『魔動コア』。ゴーレムは、その素材を動力に動いていて、しかも魔動コアはゴーレムからしか採れない。俺は、それがほしい」
ジーノの目的は、道端の素材でも、お金でもない。
直接ゴーレムから採るしか採取方法のない、素材にあったのである。




