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普通の少女・リリィの夢

 晴れ渡る午後の空を行くジーノ一行。

 街を出て街道を歩いていると、リリィが先を行く二人に声をかけた。


「す、すみませんお二人とも、私……限界ですっ」


 リリィは膝に手をつき、つらそうに弱音をあげた。


 ウキウキの二人はずんずん進んでいたのだが、リリィはそうではなかった。

 リリィはまだ新人冒険者だ、旅慣れているわけでもなければ、体力だって常人並み。

 休み無しの行軍に、体が限界を迎えていたのだ。


「ご、ごめんリリィちゃん、ペース考えてなかった! ご主人さま、ここらでちょっと休もうよ!」

「言われてみれば休憩とか全然挟んでなかったな。そこの河原で休むか」

「す、すみません……」


 リリィは足を引っ張っていると感じたのか、うつむき加減で謝っていた。


 F級依頼の道中にある、S級依頼の神造土偶――通称ゴーレム。

 その目撃情報は、街道沿いから少し外れている場所で多発しているため、ジーノらも現在は道を外れている。


 しかし今いるここは、ヴァンパイアに襲われたような鬱蒼(うっそう)な森ではない。

 ところどころに木々がある、見渡しの利くなだらかな平原だ。

 魔物に襲われる心配もなさそうなら、小川もあって休憩地点にはうってつけのポイントだった。


「疲れだけか? めまいや、どこか痛むところはないか? 足のむくみとかは?」

「え、えと、疲れくらいです。足も少し痛いかも、です……」

「分かった、クリスティーナとここで待ってろ」


 ジーノはそうとだけ言うと、少し離れた木の周辺へ向かった。

 両腕に無色のオーラを表出させ、木の根元などを探している。


 そんなジーノを見ながら、リリィは肩にかけていた鞄をおろし、クリスティーナに呟く。


「すみません……足引っ張っちゃってますよね」

「んー、まぁ私やご主人さまが異常なだけじゃない? リリィちゃんが普通なだけで」

「です……よね。……私は、普通なんですよね……」


 青く伸びた草のじゅうたんに座るリリィと、隣のクリスティーナ。

 なんだか今のリリィはネガティブだなぁと、クリスティーナは思っていた。

 コルトン村のころとは、大違いだった。


「……分かるっ」

「えっ?」


 クリスティーナには思い当たる節があるのか、唐突に理解し、語りだした。


「私もやっぱり、その日(・・・)はつらいよ。しかも私のその日(・・・)は、血の性質から燃えないようにするのに一苦労だし――」

「あ、あの、なんの話されてるんです……?」

「な、なにってもうっ……! ご主人さまいないから言っちゃうけど、女の子の日の話だよっ」

「んなっ!?」


 生理の話をしているようだった。


「なんで急にそんな話に!?」と困惑するリリィと、「え、えっちなこと言っちゃったっ」と、エッチ(とはちょっと違う気もするが)なことに、顔をぽっぽさせるクリスティーナ。

 思っていた反応と違うのか、クリスティーナが続ける。


「あ、あれ? 元気ないのって、それ(・・)が原因じゃ……」

「私は先週済ませてます!」


 なんにも分かっていなかったクリスティーナのボケに、リリィは身を切るツッコみで返すのだった。


「なんの話してるんだ?」

「うわぁジーノさんお帰りなさい!?」

「ご、ご主人しゃま、どこから聞いてました……?」

「私は先週済ませてますくらいしか」

「っ!! わ……忘れてくださいっ、今すぐに!」


 普段は下ネタにもあまり動じることのないリリィだったが、顔を真っ赤にさせていた。

 ジーノは「顔が真っ赤だぞ、熱か?」と答えるあたり、実際会話の最後しか聞き取れなかったのだろう。リリィは強くそう願うのだった。


「まぁとりあえずだ、これを飲むと良い。疲れに効くポーションだ」

「も、もしかして、私のせいでわざわざ作らせてしまったんじゃ……」

「そんな言いかたはするな。誰にだってつらいときはある、今は遠慮するな」


 無色のオーラが消えていたジーノの手には、ポーションがあった。

 ガラスの小瓶に、青い液体が詰まったそれを、リリィは受け取って、申し訳なさそうにしながら飲み干した。


「ん、んっ……ぷはぁ。――って、ええ 早速体が軽くなったようなっ」

「ここらの素材ではそれが限界だな。あまり強すぎる強壮剤も考えものだと思ったから、効力は控えめにしたが……足のほうはどうだ?」

「は、はい、体も足も、さっきよりもだいぶ楽になりました! ……本当にすごいですね、ジーノさんは」

「そりゃあもう、私のご主人さまだもんっ」


 なぜか誇らしげなクリスティーナは、ツンとした胸を張る。


「いったい、どうやったらこんなすごい技術(スキル)を……私なんか、まだ初期のヒールしか使えないのに……」

旅先でよく会う人(・・・・・・・・)に教わっただけだ」

「は、はぁ、旅先でよく会う人……?」


 クリスティーナは少しだけ聞きかじっていたが、リリィはその辺りのことは知らず、きょとんとしていた。


「まだ休んだほうがいい」と言うジーノに従い、三人は伸びた草に座る。


 穏やかな風に身を任せる。

 そよ風の柔らかさと、小川のせせらぎに、自然と会話は途切れる。

 どこまでも続く空を見上げていると――

 落ち着きのない性分であるクリスティーナが、その静寂をぶち破った。


「そうだリリィちゃん! 書いてる小説読ませてよっ!」

「ぶーっ!! く、クリスティーナさん、それ言っちゃだめですーっ!」

「なんだリリィ、小説なんて書いているのか」


 コルトン村に真祖が襲来したとき、リリィは小説(&遺書)を書いていた。

 クリスティーナはそれを思い出して口にしたのだが――

 リリィはまるで出会ったころかのように、わたわたし始めた。


「あ、あれっ? もしかして、秘密の趣味だった?」

「も、もちろんですよっ!」

「そ、それはごめん! ――でも、どうして?」

「恥ずかしいからですっ!」


 リリィは鞄を抱きかかえながらそう答えた。

「恥ずかしいかなぁ?」と、クリスティーナが言うと、「そういうものなんですっ」と返すリリィ。

 リリィのことをもっと知りたいクリスティーナが聞く。


「リリィちゃんは、小説家なの?」

「い、いえいえ、これは趣味ですから。……私はただの、アマチュアです」


 アマチュアということは、本を出しているわけではないようだ。


「じゃあ、小説家になるのが夢だったり?」

「う、うーん、どうなんでしょう。趣味でだらだら書いてるだけですし、完成もさせたことないですし。――まぁもちろん、書く以上はいつかは注目を浴びて、世に出して、大小説家って評価されて、印税でウハウハになりたいですけど」

「あぁうん、夢なんだね。もしかして、冒険者はついでなの?」

「はいっ! 創作活動の足しでしかありません!」

「はっきり言ったな」


「は、半分冗談ですっ」と取りつくろうリリィだったが、怪しいものである。

 リリィは鞄から一冊の本を取り出すと、続ける。


「でもいつかは……プロになれたらいいかなぁ、なんて思っちゃったり」


 大切そうに本に触れる。

 それが、リリィの夢であり――


 宝なのだった。


「――はっ! つ、ついうっかり夢を語っちゃいましたっ。でも……ジーノさんとクリスティーナさんになら、知られてもいっかっ」

「えへへーっ! リリィちゃんのお許しが出たっ」

「でも! 他の人には絶対に言わないでくださいね! 特にネイトさんとかには!」


 一時(いっとき)とはいえ、同じパーティだったネイトにも、この趣味は秘密だったらしい。

 秘密主義者のリリィは、口外禁止の命令を発令するのだった。


「よし、今日はもうここで野宿するか。鉱山――つまり、洞窟に入るわけだし、その準備をここでするのは悪くないはずだ」


 休憩を続けていた一行だったが、ジーノがそう提案する。


「あ、あのっ、すみません、私に気を使っているなら――」

「言ったろ、洞窟に入る準備をするって。気にしすぎだ」

「す、すみま――いえ、分かりましたっ。でしたらあの、手伝えることはないですか、体はだいぶ楽になりましたのでっ!」


 夢を語ったせいか、リリィは少し明るさを取り戻していた。

 自ら手伝いを申し出ると――


 ジーノが手になにかを持って、見せてきた。

 数秒の時が止まり、その後リリィがたずねる。


「え、ええと……それはなんでしょう」

「ムカデだ」


 ジーノが手にしていたそれは、ムカデだった。

 しかも、ちょっとサイズが大きめのいや~なやつだった。


「見たことないのか? 常識だと思うが」と語るジーノ。

 平然としていたリリィだったが――取りつくろっていただけのようで、悲鳴をあげた。


「そんなの見れば分かりますよぎゃあああああっ!!よ、よくそんな虫素手で掴めますね!?」

「毒はないからな」

「そういう問題じゃないよご主人さまっ!」


 ちょっと引き気味なクリスティーナがツッコむ。

 リリィは、おっさんがなにをしたいのか、全力で聞いた。


「っていうか、なんでムカデを見せびらかすんですか少年ですかっ!」

「いや、このムカデを取ってきてもらおうかと。今日はムカデ鍋だ、スタミナがつくぞ」

「ご、ご主人さまっ! 料理当番は私がするって言ったでしょっ! 虫鍋はさすがにさすがに――無理だよぉぉぉっ!」


 ギャーギャー文句を言う二人。ジーノは無表情ながら、ちょっとしょんぼりした。


「なんだ、二人とも虫は嫌いか? カリっとしてて結構イケルぞ」

「か、カリっと……おえぇ。こ、コルトン村にいたころはなんてことなかったけど、王都に出てからちょっと苦手に……って、どっちにしても、食べるのはないよご主人さま」


 クリスティーナはやんわり断る。

 ――一方のリリィはというと、頭も両手も横に振って、断固拒絶の姿勢を見せた。


「虫だけはムリムリムリムリですっ! しかも食べるなんて有り得ません!」


「トカゲがギリです!」と、リリィは両手で×(ばってん)を作った。

 普通の少女リリィは、苦手なモノも普通の少女みたいなのである。


「リリィの疲れにも効くんだが……まぁそこまで言われたらしかたない、料理当番はクリスティーナに任せて――俺はまた(・・)、ポーションでも作るか」

「………………また? ちょっと待って下さいジーノさん。一つ聞いていいですか」


 リリィは、震えだした。


 その手には、中身が空のガラスの小瓶――飲み干したポーションが入っていた容器があった。

 口の端から、無意識によだれを吐き出していた。


「さっきのポーションって……まさかっ……!」

「ムカデのエキス入りポーションだ。カマキリも入って――」

「でーっ!! ――すぅ……ばた」

「あーっ!? リリィちゃんが死んだーっ!?」


 リリィは、卒倒した。

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