冒険者というお仕事
「ヴァンパイアを――倒した、だとっ……!?」
「ついでに真祖も倒した。眷属化もヴァンパイア化も治した。コルトン村は至って平和だ、だからもう、誰かを派遣する必要はない」
「俺たちはそれを報告しに来た」と、ジーノは言う。
偉業を聞かされた冒険者ギルドが、一瞬、静まり返った。
「てめぇが……靴すら履いていない、新人のてめぇがか? ハッ――ハハハハハッ! おいおいおい! とんでもねぇホラ吹きが、俺の目の前にいるじゃねぇかよぉ!」
そして、一斉に笑いが起きた。
そんなトンデモ話、誰も信じるわけがないからだ。
「なんだ、面白いことなんて言ってないぞ?」
「これはバカにされてるんでしゅよご主人しゃま。信じてないんでしゅよ、私たちこんな格好だし、真祖なんてフツーは倒せる魔物じゃないからね」
変顔クリスティーナが、非常識なジーノに説明する。
「笑いのセンスに目覚めたかと思った」と、ジーノが言うと、ネイトが引き継ぐ。
「いやいや、なかなかセンスあるぜおっさん、ヴァンパイアどころか、真祖を倒したとまで言ってのけるんだからよぉ!」
「無表情がいい味出してるぜ」と、ネイトは指をさす。
笑いで涙ぐみながらネイトは立ち上がると、近くにあった掲示板から一枚の依頼書をはがした。
用紙には、でかでかと赤字で『F級』と書かれていた。
「てめぇやリリィみたいな新人は、この最下級の依頼ですら苦戦するレベルなんだよ! それがヴァンパイアを……〝伝説級〟の真祖を倒しただぁ? これが笑わずにいられるかよぉ、ハハハッ!」
「ふむふむ、『洞窟スライム』の討伐、報酬は銅貨数枚と――ど、ど、ど!?」
「えっ――だ、大丈夫ですかジーノさん!? また腰ですかぁ!?」
見せびらかすように、目の前に差し出された依頼書を読むジーノ。
報酬を読みあげていた途中で、変な声と共に尻餅をついた。
「ど、ど、ど、洞窟薬草――二〇束だとぉ!?」
「え、ええっと、ジーノさん?」
「ああ、うん。大丈夫だよリリィちゃん、ご主人さまのいつものやつだから」
この無表情男がリアクションするときは、決まって素材のことだ。
分かりきっていた変顔クリスティーナは、冷静にツッコむ。
だが――
「ハハハッ、洞窟スライムごときでここまで驚くとは! ド新人には無理もねぇ話かぁ!」
ネイトを始めとする冒険者たちは、そんなジーノの事情など知らない。
今度は大笑いされてしまうのである。
あわあわするおっさんなど、笑われるだけに決まっている。
この場の全員に笑われるジーノだったが――
一人だけ、反論に出た者がいた。
「じ、ジーノさんを笑わないでくださいっ! この人は本当にスゴイ人で、頼れる人で――それで、優しい人でっ!」
リリィだ。
仲間のことを笑われて黙っていられなかったのか、そう訴えた。
「ハハハッ! こんな裸足で、乞食みたいなおっさんのどこがすごいだって? てめぇは見る目もねぇんだなぁ、ウスノロリリィ!」
だが、笑いは止まらなかった。
仲間を笑われ、自分のことも笑われて。
悔しくて目が潤んできたリリィだったが、なにより悔しかったのは――
こうやってなにもできない自分が、悔しくてたまらないのだ。
「変顔形態のクリスティーナさんも、そろそろ限界かもだよぉ?」と、クリスティーナは引きつった笑いを見せる。
竜にでも変身して暴れ回るかと思った矢先――
「ふおおおおこっちの『S級』って書かれてるやつにも稀少素材がっ! リリィ、これ、これ受けてくれ!」
空気の読めないおっさんが、興奮しきった顔で、ある依頼書を見せるのだった。
「おいおいおっさん、そりゃ最上級のS級冒険者用の依頼だぜ? 天然ボケも連発されると白けちまうぜ」
「じ、ジーノさん……無理ですよっ。私は新人のF級ですから、上級の依頼を受ける資格はないんです」
「もうジーノさんが笑われるようなことは、やめてください……」と、リリィは小さな声で言う。
笑いが一段落した冒険者ギルドには、呆れた声が聞こえてくる。
「へぇ、この洞窟スライムがF級で、神造土偶――ゴーレムがS級か」
依頼書を見比べるジーノ。次にこう聞いた。
「ところで、S級とかF級ってなんだ」
全員の頭上には、きっとクエスチョンマークが現れたことだろう。
それは、この世界では――冒険者ギルドでは当たり前の常識。
「なっ……はぁ? 冒険者のランクだろうが、まさかそんな常識知らないわけ――」
「知らんな」
ジーノは、そんな常識など知らなかったのである。
あまりに非常識な人物に、辺りは静まり返っていた。
居直したジーノは、ドン、と――
机にあるものを置いた。
「もう一度言うが、ヴァンパイアも真祖も討伐済みだ。疑うのなら、これを鑑定でもなんでもすればいい」
「もちろん村も平和だ」と、つけ加えるジーノ。
机に置かれたのは、こんなにはいらないと返された、小瓶に詰まった灰。
『真祖の灰』だった。
「……ハハッ、近ごろの芸人は、ずいぶんとまぁ手の込んだことをしやがる。こんなニセモノまで作りやがって――」
「けど、ネイト……これ、ヴァンパイアの灰にそっくりじゃないか」
ネイトのパーティの一人、女の剣士が言った。
ネイトがS級なら、他二人も当然S級。
本物同然の素材に、顔色がにわかに変わっていた。
「いや――そんなわけがない。こんな小汚いおっさんが、ヴァンパイアなんて倒せるわけがねぇ。デタラメだ、騙されるな!」
だが、ネイトだけは決して認めようとはしなかった。
先ほどまでは上機嫌だった顔が、一気に不機嫌なものに変化した。
「なら鑑定に出せ。セントクロヴィスなら、腕利きの錬金術師も、鑑定士もいるんだからな。そしたら――認めろ」
先ほどは、リリィに認めることを強要していたネイト。
「俺とクリスティーナとリリィが、ヴァンパイアを倒したってことを――認めろ」
「ハッ……いいぜ。もしも本当だった場合には、な」
ジーノによって、一瞬で逆の立場に追いやられていた。
ネイトのこめかみに、一筋の汗が伝う。
見得に決まっている――
そう思いながらも、奇妙なプレッシャーを感じてならなかったのである。
「へへっ、さすがはご主人さま、ハイパーマイペース!」
「んもうジーノさんったら、人の気も知らないでっ」
クリスティーナの怒りは飛び、涙目だったリリィは頬をぷくっと膨らませる。
ジーノのおとぼけテンションで、嫌な気持ちは吹き飛んでしまっていた。
「と、なると、鑑定が出るまでヒマだよな。……リリィっ、こ、これ、これ受けてくれっ!」
真祖の灰から手を離したジーノは、逆の手に持つ依頼書をリリィに見せた。
ジーノという異質な男にギルドは未だ沈黙を保ったまま――
それが気に入らなかったのか、ネイトが代わりに答えた。
「おいおっさん、冒険者ってのにはランクがあんだよ。最上級のS級から新人レベルのF級までな。だから、F級の洞窟スライム退治は受けられても、そっちの神造ゴーレム――S級なんて受けられるわけがねぇ、依頼書を返しな」
ジーノは、依頼書を二枚手にしていた。
F級の依頼とS級の依頼、その二つをリリィに見せていたのだ。
「それならさっき聞いたから知ってる」
ジーノは言葉みじかに言うと、「つまり、こういうことだ」と、続けた。
「F級の依頼は受ける。S級の依頼は受けない。正式に受けるのは、こっちのF級だけってことだ」
「S級の依頼書は、ただの地図代わりだ」とジーノはつけ加えた。
一瞬、聞いていた冒険者たちは理解が追いつかなかった。
その様子にジーノは、「どうして分からない?」と、具体的に言い直す。
「F級のついでに、近くのS級のゴーレムも倒すだけだ」
ギルド内がざわついた。
F級のついでに、S級のモンスターも倒す?
逆ならまだありえるが――
ついでのほうが大物など、そんなもの、前代未聞の非常識すぎる発想なのだ。
するとジーノは、感心したような声色で冒険者というお仕事を評し始める。
「いやー驚いたな、冒険者の依頼っていうのは、お金だけじゃなく素材も報酬に含まれる場合があるのか、知らなかったな」
「F級依頼の通り道にゴーレムがいてよかった!」と、嬉しそうな声色で言うジーノ。
すると、ネイトが口を挟んできた。
「ば、バカかおっさん! S級の依頼がどんな危険なものか分かってんのか!? あんたやウスノロリリィみたいな新人なんて、一瞬で死――」
「死なんだろ。第一、俺は新人冒険者でもなければ、冒険者になるつもりもない」
ジーノは焦るネイトを一瞥し、こう答える。
「俺は、無職の錬金術師だからな」
「でっへっへ! さすがはご主人さまだ!」
「で、でも、無職って、自慢することじゃないですよね……」
呆気に取られている冒険者ギルドをあとにしようとするジーノ。
ネイトは、最後にこう言った。
「S級の依頼は報酬だって高額だ。まさかおっさん、あんたはそれがいらないって――」
「金は素材にならんからいらん」
あっさり吐き捨てたジーノは、宣告する。
「鑑定結果が出るのを楽しみにしてる。じゃあな」
そうしてジーノは、一足先にギルドをあとにした。
クリスティーナも、してやったりな表情でそれについていく。
リリィもついていこうとすると――
「お、おい待てリリィ! てめぇは俺のパーティだろうが、どこへ行く!?」
すっかり機嫌の悪くなったネイトは、クビを宣告したことも忘れてリリィに突っかかる。
リリィは一瞬足を止めたが――
「い、依頼は私名義で受けたんですっ、だから私は――ジーノさんについていきます!」
はっきりとそう伝えて、無職の錬金術師を追って出て行くのだった。
ネイトの額には、ピキっと、青筋が入っていた。
「あの……ウスノロリリィが!」
テーブルを叩いて怒りを露わにしたネイト。
続いて口にした言葉は、こうだった。
「――おい! あのおっさんが受けた依頼を俺にもよこせ!」




