貧困すら救う無職の錬金術師
「――それじゃあ、出発するか」
村と、実家と、野宿と。
各々の場所で夜を明かした三人は、クリスティーナの実家に集まっていた。
まぶしい朝日が小屋に差し込むなか、ジーノは出発の号令を出した。
「クリス、またいつでも戻ってらっしゃい」
「また無茶してジーノさんやリリィさんに迷惑をかけるなよ。……気をつけてな、クリス」
「うん! じぃじとばぁばも達者で!」
別れを告げ、抱擁を交わす親子。
ジーノはふと疑問を口にする。
「本当のご両親なんだろう? 『じぃじ』と『ばぁば』という呼び方はどうなんだ?」
「だって二人とも、もう見た目じぃじとばぁばだし、これでいいのっ」
クリスティーナはニカっと歯を見せて笑った。
呼ばれる両親は苦笑いだったが――満足そうにも見えた。
娘が元気なら、なんでもいいのだ。
「――待ってくれ、クリスティーナ、それにジーノさんたちも」
「あっ、コリーさんに……村のみなさんも!?」
小屋を出ると、コリーを始めとした村人全員が、クリスティーナの実家の前に勢揃いしていた。
代表してコリーが切り出した。
「バリーさん、クラリッサさん、今までのこと、申し訳ありませんでした!」
コリーが頭を下げると、回りもならって頭を下げる。
練習したのだろうか、三歳の少女エミリーも、頭を下げていた。
「今さら……ですか」
「私たち夫婦はまだいいです。でも、クリスは、あなたたちにずっと……!」
長年蓄積した思いを、謝罪一つで済ますことはできない。
クリスティーナの父・バリーは、顔をしかめている。
「許してもらえるとは思っていません。クリスティーナに村を――娘を救ってもらった今になって、手のひらを返す恥ずべき真似をしていることも理解しています。けど……けど!」
それ以上、言葉が出てこないコリー。
今までのことを謝りたいが故に、気持ちだけが先走っているのだろうか。
「クリス……あなたは、彼を許したの?」
「許すもなにも、元から恨んでなんかいないよ?」
「そうだ、クリスは――強い子だったな」
親子が会話を交わすと、母のクラリッサが続けていう。
「そういうことです、コリー。娘が言うのですから、私たち夫婦も気にしていません」
「ここであなた方を許さなかったら、娘の名誉に傷をつけてしまうから、ね」
「バリーさん、クラリッサさん……ありがとうっ。――困ったことがあったら何でも言ってください、俺、手伝いにうかがいますから! そ、そうだ、村に戻ることだって」
「手伝ってくれるのはありがたいわ。――でも、この家からは離れません」
高齢な二人にとってはありがたい申し出だったが、村に戻るのは断った。
バリーが引き継ぐ。
「ここには家族の――三人の思い出が詰まっているんです。クリスが夢を叶えるそのときまで、私たち夫婦はここに残ります」
「じぃじ、ばぁば……ぐすっ」
「あっ、クリスティーナさん泣いてるんですか?」
「な、泣いてないもんっ!」
来た当初は暗かったコルトン村は、今や希望に満ち溢れている。
クリスティーナはまさに、コルトン村の太陽となっていた。
無表情に見つめるジーノも、その心の内は、嬉しさで満たされていた。
「コリー君、よかったらこれを売って金にするといい」
「えっ、これは――ヴァンパイアの灰!? こ、こんな貴重なもの受け取れませんよ!」
「正しくは真祖の灰だ。君の娘さんに使った分はわずかな量で十分だったからな、だいぶ余っている。オマケにこの魔素の花もつけよう」
ジーノは瓶に詰められていた真祖の灰と、昨晩採ったばかりの魔素の花もコリーに渡した。
コリーはあまりに貴重なものを受け取って、驚きで震えていた。
「ど、どうしてこんなっ!」
「村の金は冒険者に持って行かれていただろう。見たところ貧乏そうな村だし、これを売れば、少しは足しになるだろう」
「足しどころか、数十年は資金に困らないレベルですよっ……ほ、本当にいいんですか、大金ですよっ!?」
コリーは再度確認を取る。
ジーノはけろっとした様子でこう答える。
「必要としている人間がいるなら、惜しむ理由はない」
「かっ……神さまだ……やっぱりジーノさんは、天から降りてきた神さまなんだ!」
「え、いや違うって。俺は無職の錬金術師――」
「おぉ神さま、今年も豊作でありますように」
「ありがたやありがたや…」
彼の否定を聞かず、老人らはまたもお祈りを捧げるのであった。
「――じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい、クリス」
「元気でな、クリス」
今度こそ親子は別れを告げる。
ジーノは村人に伝える。
「村の防備は問題ない。クリスティーナの血は魔物を寄せつけない効果がある。魔物猪親子も飼い慣らしておいたから、うまく使ってくれ」
ジーノが乗り回したワイルドボア、あれは母親だったようで、何匹かの子供を連れていた。
イノシシは賢い生き物だ、村の助けとなるだろう。
激闘で流れたクリスティーナの血も、無駄にはならなかった。
いつまでも手を振る村人を背に、クリスティーナは歩く。
最後に一度だけ振り向いて、誓った。
「ばいばい、じぃじ、ばぁば。――今度戻るときは、必ず夢を叶えて戻ってくる」




