ご挨拶
「今夜はどこへ泊まるんです? クリスティーナさんはご実家ですか?」
外の空気を吸おうと、表に出た三人。
集会所の明かりがこぼれるなか、リリィがそうたずねてきた。
「そうだねっ! 宴にも来てなかったし、じぃじとばぁばにも、私の活躍聞かせなきゃ!」
「そういえばクリスティーナのご両親はどこにいるんだ? 治療した村人の中にもいなかったようだが。今のあいだだけとはいえ主人だし、ご挨拶をしなくては」
「ご、ご挨拶って……そんなっ、お付き合いしてるみたいなえっちな言いかたっ」
「いえ、全然そんな言いかたでもないし、えっちでもないです」
そういうところは謎に常識人ぶりを発揮するジーノ。
クリスティーナは突飛な発想をして顔を真っ赤にしていた。
「泊まるところはどうとでもなる。――まずは、クリスティーナのご両親に挨拶するぞ!」
「だ、だからご挨拶ってえっちな言いかたはーっ!」
「……なんだか面白そうなのが見られそうですねぇ……」
リリィは焦るクリスティーナを見て、悪い顔をしていた。
一行は宴のあと、クリスティーナの実家に向かう
今度は、クリスティーナの主人であるジーノを連れて。
◇
「どうもこんばんは、クリスティーナさんの主人をやっているジーノです。どうぞよろしくお願いいたします」
初めてクリスティーナの実家に案内されたジーノは、彼女の両親に挨拶する。
「今だけですが」とつけ足しつつ、きちっと姿勢を正し、大人としての振る舞いを見せた。
この場にはジーノとクリスティーナにその両親、そしてリリィと、小さな小屋には少し窮屈な人数が揃っていた。
「私は父のバリー、こちらが母のクラリッサです」と、前置きし、クリスティーナの両親が続ける。
「先ほどコリーがやってきて、少しだけ話を聞きました。村の危機と、クリスを救ってくれたとか」
「よかったわねあなた、しっかりした人そうで。まぁちょっと……裸足みたいですけれど」
挨拶したおっさんは、服装も貧しければ、靴すら履いていなかったが。
ともあれクリスティーナの両親は、善意で村を救った英雄が、娘の主人だったということで安心感を抱いてくれているようだった。
「むっ、このテーブルだいぶくたびれていますね。俺が直しますよ、お義父さん、お義母さん」
「お義父さんお義母さんって……わ、私たち、おおお、お付き合いしてる男女じゃないんだから、その呼び方は変だよご主人さまーっ!」
「あれ、なにかおかしかったか? すまんクリスティーナ、どうにも俺は世間常識に疎くてな。じゃあ――『私めがお直ししてお差し上げて』」
「そこじゃないよご主人さまーっ!」
指摘された一つ手前を、ヘンテコな言葉づかいで言い直したジーノ。
顔を真っ赤にしているクリスティーナをよそに、マイペースにテーブルを直した。
「おお、これは素晴らしい。ガタがきていて、どうしたものかと悩んでいたのですが」
「まるで新品みたい。……私たちも年ですから、こういった重いものを直すのも一苦労でして。助かりますわ、ジーノさん」
両親も緊張していたのだろう、少しその顔が柔らかくなった。
打ち解けたとき、このおっさんは空気をぶち壊す一言をいう。
「そうなんですか。なら、村でみんなと一緒に住めばいいのでは?」
「じ、ジーノさんっ! ――で、デリケートな問題なんですっ……!」
「私もやっちゃいましたけどっ」と補足しながら伝えたのは、リリィだ。
ジーノは相変わらずの無表情。クリスティーナが簡単に説明した。
「私の〝穢れた血〟が原因なんだよ。ご主人さまも知ってるって言ってたやつだよ」
「〝穢れた血〟? なんだそれは」
ジーノは無表情なりに、ぽかんとした表情になっていた。
クリスティーナも、なにを言っているんだといった困惑の表情になる。
「いやいやいや、ご主人さまも自分で言っていたでしょ、最初に私がヴァンパイアに襲われたとき、その〝血〟が原因で奴隷に落とされたんだろう、って」
「忘れたのご主人さま?」と、クリスティーナは上目づかいで問う。
ジーノが最初にクリスティーナと出会った森。
最初のヴァンパイアを倒したとき、確かにジーノは知っている風に語っていた。
「忘れるわけないだろ」と、ジーノは前置きし、こう続けた。
「君の血が、異常な高温であることは知っている。けど、〝穢れた血〟ってなんだ。俗称か?」
「ままま、まさかご主人さま――」
「おとぎの竜の話を知らないんですかーっ!?」
「知らん」
世間知らずなジーノは、血の異常は気づいても、おとぎ話など知らなかったのである。
「せ、世界的に有名なおとぎ話を知らないなんて……ご主人さま、今までどこで生活していたんですか……」
「山とか森とか火山――海も泳いで渡った。まぁ俺の話はいい。もしかして、そのおとぎ話で悪く書かれていたから、奴隷にされたりしたのか。てっきり、血が他の人と違うからかと」
ジーノが思っていた理由も、少なからずあったかもしれない。
しかし一番の理由はおとぎ話の伝承だ。
するとジーノは、次に簡単そうにこう言った。
「よかったな、それくらいのことなら、おとぎ話のほうを変えればどうにかなる」
「……さすがはご主人さまだ! 一瞬で私と同じ考えになるんだから!」
その言葉に笑顔となるクリスティーナ。
そして最も笑顔となったのは、この二人。
「よかったわね、あなた……クリスが幸せそうで」
「ああ……あの人になら、あの子を任せられる」
クリスティーナの両親――一〇代の娘を持つには少し老け込んでいる、バリーとクラリッサだった。
安心するクリスティーナの両親。ジーノはこう続けた。
「俺の消えそうにない体臭よりもましだしな……」
「ジーノさんは体臭のこと気にしすぎですっ」
「クラリッサ。――大丈夫、だよな?」
「えぇと……少し心配かしらね……」
そして、ちょっとだけ心配させてしまうジーノでもあった。
「そういえば……気になっていたんですが、村は襲われたのに、どうしてクリスティーナさんのご実家は、無事だったんでしょう……?」
「それは簡単! 私が家を出る数年前、私の血――〝邪竜の血〟を巻いて、魔物除けしておいたからね!」
「それなら俺も気づいていたぞ」と、無表情でドヤるのはジーノだ。
そこでクリスティーナは、ある疑問を口にする。
「でも、本体の私は一回狙われちゃったけどねっ! アツアツの血を飲んだあのヴァンパイアは、なんで気づかなかったんだろう?」
「君の血は体内にあるときは正常の温度だが、体外に出た瞬間沸騰する仕組みのようだ。だからあのヴァンパイアは気づかずに襲った。口に含んでも気づかれなかったのは……直接牙から吸ったからか、アイツがただの味音痴だからとかだろう」
「な、なんか感覚狂っちゃいます……ヴァンパイアって、S級冒険者でも倒すのに苦労する相手なんですけど……」
ヴァンパイアの扱いがヒドいことになっているが、一応高位の魔物。
パーティ唯一の常識人かもしれないリリィは、密かにツッコみを入れるのだった。
「っと、話込んじゃいましたね。ジーノさん、もう深い時間ですし、私たちは村に戻りましょう」
「あれっ、泊まっていけばいいのに。いいよね? じぃじ、ばぁば」
両親は笑顔で返事をする。
しかしリリィは空気の読める少女だ。
「なに言ってるんですか、久しぶりの親子の再会なんでしょう? だったら、私たちはお邪魔ですから、村のほうに泊まります」
「そうだなリリィ。明日の朝にでも迎えに来る、君はお義父さんお義母さんと、親子水入らずの時を過ごしたほうがいい」
「リリィちゃん、ご主人さま……うん、分かった! ――でも、えっちな言いかたやめてっ!」
ジーノとリリィがクリスティーナの実家を出て行こうとする。
すると、ジーノが突如尻餅をついた。
「ど、どうしたんですかジーノさんっ、腰ですか!? 加齢による腰痛ですかっ!?」
「ま、ま、ま、まさかあれは……稀少素材の『夜の花』!」
リリィがどさくさに紛れてひどいことを言うが、ジーノはツッコまない。
無表情なおっさんがこうやって尻餅をつくときは、決まって素材関係なのだ。
「じゃあ君たち、朝にここ集合で! さらばっ!」
「ええーっ!? こんな夜から採取活動するんですかっ!? っていうか、ジーノさんどこに泊まるか決まってるんですかっ!?」
「野宿だっ!」
シュバっと、ジーノは猿のように木を伝って夜の森に消えていった。
なんなんだあのおっさんはと、この場の全員が同じ感想を抱く。
「クラリッサ……か、考え直すか?」
「ま、まぁ大丈夫よ、きっと」
両親はまた、一層の不安を抱くのだった。




