クリスティーナ(+リリィ)VS真祖 ① ――私の物語
「あの無色の錬金術師め、本当に村人の眷属化を――まぁよい。元よりあの幼女を外敵から守るために行ったまでのこと、余が直接出向いた今ならば、それも関係あるまい」
突如、村には真祖が現れていた。
時間をさかのぼることで、一人、この場に現れたのだ。
「だが――他の村人を皆殺しにし、あの男を絶望に落とすのも一興か」
「それは困るなぁ。私の名誉稼ぎの邪魔は」
空を浮かび、おびえる村人らを見おろしていた真祖は視線を移す。
金髪の髪をなびかせ、みすぼらしい服を着た女が、地面に立っている。
「でも――ここでお前を倒せば、名誉の足しになりそうだ」
クリスティーナ。邪竜の血をその体に宿した、青い目の少女である。
真祖は、クリスティーナの小さな体と、肩の焼き印を見て言う。
「フハハハ! 倒す? 余をか? 貴様ごとき小娘、それも奴隷など、余の息子たちにも及ばぬわ」
「ふーん、なんだか他のヴァンパイアとはちょっと違う感じするけど」
「当然よ。よいことを教えてやろう小娘。余こそ、全てのヴァンパイアの始祖にして父。――真祖と呼ばれる存在である」
「ししし、真祖ですーっ!?」
真祖がその名を告げたとき、遅れて現れたリリィが腰を抜かしていた。
「真祖、お前が。おかしいな、ご主人さまがお前なんかに負けるとは思えないし、入れ違いになったのかな? ……大丈夫かなぁ、日没までには帰ってくるかなぁ」
しかしクリスティーナは、落ち着いていた。
ご主人さま――ジーノに絶対の信頼を寄せるクリスティーナは、彼の身の心配はしない。
日はだいぶ落ちている。
日没まであとわずかしかないことを心配していた。
「はわわわわ……私の人生ここで終わりました……お父さんお母さん、リリィはここまでのようです、先立つ不孝をお許しください」
「ん、リリィちゃん、遺書でも書いてるの?」
一方でリリィは震えながら、鞄から本を取り出すと、なにやらしたためていた。
「違います……これは私の創作小説です……本当は誰にも秘密のことなんですけど、どうせここで死ぬんですし、バラしてもいいやって……死ぬ前に書きたいこと書いて――悔いを残したくないですもん」
「やっぱ死ぬなら遺書も残さないと!」と、リリィはせわしない。
地面に本を置いて書くリリィを見ながら、クリスティーナは言った。
「ほー、小説なんて書いてるのか。でも――別にそれ、今でなくても書けるよ」
余裕のある笑みで堂々と、真祖を指さして言う。
「だって真祖はここで、私に倒されるんだから」
「小娘……貴様っ!!」
真祖にケンカを売るクリスティーナなのだった。
「クリスティーナさん……! って、真祖めっちゃ怒ってますよーっ!」
「へへっ、真祖か! 私が主人公のおとぎ話には、ふさわしい相手だ!」
クリスティーナは腰にさげていた、ジーノ製の木剣を抜く。
奴隷に身を落とした女の物語が、ここから始まる。
「――なぜだ! なぜこんな短期間に、これほどまで強力な存在が、余の前に現れる!」
奴隷と真祖の戦いは始まってすぐに、一方が嘆いていた。
真祖のほうだ。
「技術・熱武装――斬!」
クリスティーナは、その細い体からは信じられない身体能力で真祖に迫ると、斬りかかる。
触れずとも辺りを焦がす、高熱の剣技。
真祖はその技術をさばききれず、ダメージを蓄積させていた。
「スゴーっ!! く、クリスティーナさん、どうしてそんなに強いんですか!?」
「めっちゃ鍛えた! 名誉を得るためにね!」
強さの秘訣は至ってシンプル。
彼女の強さは、名誉への渇望そのものなのである。
「有り得ぬ……有り得ぬ、有り得ぬ、有り得ぬ! 余がこうも下等な人間に押されるとは! あの錬金術師よりかは劣るものの――有り得ぬ!」
一方の真祖は嘆くばかり。
何世紀と生きてきて、これほどまで強い生き物には出会ったことがなかった。
真祖は、打開策を練る。
「副作用だらけの時間逆行はもう使えん……あれはクールタイムが一年もかかる、非常用の技術。他の技術にも影響を及ぼしている可能性すらある……!」
「空中でなにをぶつぶつ言ってるん?」
クリスティーナは空に退避していた真祖を見上げる。
クリスティーナにはまだまだ余裕がうかがえた。
「日没も迫ってる。勝負を急ぎたいところだけど、灰を回収しないといけないから、あんまり派手にやるわけにも……どうしよっかな――」
真祖は切り札を持たず、クリスティーナには余裕のある状況。
勝負は決したかのように思えたが――
「――お、お前が真祖か! お、お前を倒せば、娘は治るんだ!!」
他の村人らが屋内に避難しているなか、コリーだけが表に出ていた。
なんの力も持たない一人の父親は、木こりの斧を持ち、真祖を倒そうと気概を見せていた。
「クリスティーナさん、コリーさんがっ!」
「まったくもう、世話のやけるやつだなぁ」
クリスティーナの位置からコリーのいる場所まで、一息で行ける距離ではない。
常人ならば、だが。
クリスティーナにとっては余裕で届く距離なので、リリィみたいに焦りはしていなかった。
「フフ――余にはもはや、この手しかあるまい!」
真祖が動き出す。
目標は、正面のクリスティーナではなく、背後のコリーだった。
「真祖のやつ、コリーさん狙いです!?」
「やっぱりそうくると思った!」
クリスティーナも動き出す。
地面が抉られるほどに踏み込んだクリスティーナは、降下してきた真祖と横並びに――いや、追い越す勢いでコリーの元へ駆けていた。
「技術・時間停止! ――くっ、やはり、時間逆行の副作用か、時間停止もこの程度の効力かっ」
真祖が時間を止める。時から隔絶された真祖だったが、時間は完全に止まったわけではなさそうだった。
異変を素早く察知したクリスティーナの体は、少しずつだが動いている。
「すぐにでも時間も動き出すだろう。小娘、この短い時間で貴様は殺せぬが――そこの村人くらいなら殺せる!」
時が動き出す。
真祖にはもう、時を自在に操るほどの力はない。
クリスティーナを殺すほどの力もないと、あきらめた。
「フハハハ! 余の最期の獲物がこのような小物であることは遺憾ではあるが――実に愉しい〝人生〟であった!」
だから最期に、村人を道連れに選ぶ。
直後に自分が討たれると悟っていた真祖は、この世に別れを告げながら。
長い爪をコリーに向けて振るった。
「私の名誉を――奪うな!」
「な――にっ!?」
コリーと真祖の間には、クリスティーナが割って入っていた。
クリスティーナはコリーを思いきり後ろに突き飛ばすと――
真祖の長い爪は、クリスティーナの首を深々と切り裂いていた。
「が――はっ」
「く、クリスティーナさんっ!!」
「ふ、フフ……フハハハっ! 思わぬ収穫、僥倖とはまさにこのこと! そうだ――人間とは、下等種族だったな!」
首は飛ばされていない。まだ生きてはいる。
その場で踏みとどまるクリスティーナだったが――
首から噴出する血の量は、明らかに致命的だった。
「厄介な、実に厄介な女だった。放っておいても死ぬだろうが――確実にこの手で、葬ってやろう」
真祖は愚かな人間を笑いながら、クリスティーナに歩を進める。
形勢は完全に逆転した。
自分の血にまみれるクリスティーナだけは、絶望に屈してはいなかったが。




