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穢れた血のクリスティーナ

「ふあぁ~よく寝た! そっかー、ご主人さまは素材を採りに行っちゃったんだ。コリーの娘を助けるために」

「ずっと眠ってなかったんですね。……ジーノさんも同じみたいですけど、あの人はどうして大丈夫なんだろう……」


 ジーノが立ってからしばらくして、クリスティーナは目を覚ましていた。

 二人は村を出て、森を歩いている。


「それより、早くジーノさんのお手伝いに行きましょう! な、なにができるとも思いませんが、ジーノさんお一人に全てを任せるのは――」


 騒動のあった村とは無縁そうに穏やかな森を歩く。

 先頭をズンズン進むクリスティーナは、振り返るときょとんとした表情で言った。


「えっ、お手伝いなんて行かないけど?」

「………………じゃあ私たち、どこへ向かってるんですか!?」


 リリィは今の今まで、ジーノの後を追うと思ってついてきていたのだが、どうやら違うらしい。

 すっとんきょうな声を上げて驚いていた。


「私の両親――じぃじとばぁばに会いに行く」

「クリスティーナさんの、ご家族に……?」


 リリィは思い出す。コルトン村はクリスティーナの故郷。

 なのに、彼女の家族だけが、村にはいなかったことを。


「着いた! 懐かしいなぁいつぶりだろう! ――ただいまー!」


 小さな小さな小屋があった。


 最低限の農具や木こりの斧が置いてある物置きは、今でも使われている様相を見せている。

 人口二〇数人程度の村の、さらに外れた場所。

 そこが、クリスティーナの実家だった。


「クリス! い、いやよ、どうしたのその格好っ」

「お前、クリス……その肩の焼き印は……!」

「むはは、しくって奴隷になっちった!」


 元気よく小屋に入ったクリスティーナを出迎えたのは、くたくたの服に、しわだらけの顔の老夫婦。

 一〇代のクリスティーナに対して高齢ではあるこの夫婦こそが、彼女の両親だった。


「そんな、娘がどうして……もしや、お嬢さんがクリスのご主人さまで……?」

「ち、違います違います! クリスティーナさんのご主人さまは別にいて、私はただの新人冒険者で、リリィっていいますっ」

「あ、あぁ、それは失礼を……私はクリスの父のバリーです。こちらは母のクラリッサ」


 見た目六〇をこえたクリスティーナの父親と、リリィは会釈をした。

 母親はというと、涙を流してクリスティーナを抱き寄せていた。


「ごめんなさいクリス、ごめんなさい……! 私の体が丈夫だったのなら、あなたも他の人と同じように生きられたのに……こんな目をあわせなくて済んだのに………!」

「ばぁばのせいじゃないよ。たまたま私にその()が回ってきただけさ。――それに! 私は今の身分は最高の『名誉』だと思ってるし!」


 胸に抱きついていた母親を、クリスティーナは強く励ました。

 母娘(おやこ)の背は似ているが、クリスティーナのほうが不思議と大きく見えた。

 

「ここがクリスティーナさんの実家……こんなに村から離れてたら、いろいろ大変そうです……どうしてこんなに離れた場所で――」


 と、言いかけて、リリィは最後に「あっ」と、言葉を止めた。

 聞いてはいけないことと思ったからだったが、クリスティーナが継いでいた。


「私の〝血〟が、穢れているからだよ」


 リリィはふと、村での出来事を思い出す。

 

「穢れている――コルトン村でクリスティーナさんが怪我した時、血から蒸気が発生していたこと……ですか? で、でも、それだけでは」

「リリィちゃんはこの国出身かな? なら、絶対に聞いたことがあると思う。『おとぎの竜退治』の話を」

「は、はぁ。昔、この王国に竜が現れて、それを勇者が倒して――あっ」


 リリィは気づき、再度言葉を止めたのだが――

 クリスティーナの仕草は、続きをうながすもの。

 リリィは仕方なく、『おとぎの竜退治』の続きを語る。


「倒された竜から出た血はとてつもない高温で――人を焼き、家畜を焼き、畑を焼いた。王国の人たちは一〇〇年間、食べることと、消えない炎に苦しんだ、って」


 村での荒療治の際、クリスティーナは出血し、その血からは高温による蒸気が発生していた。


 それはまるで、おとぎの竜の血のように。


「も、もしかして、クリスティーナさんが奴隷な理由って……ご両親が、村から外れたこの場所で暮らす理由って――」

「〝邪竜の血〟。それだけの理由だよ」


 リリィは、全てを察した。

 そして、否定するように言う。


「そ、そんなの、おとぎ話じゃないですか! 根拠なんてないし、たったそれだけの理由で、クリスティーナさんをこんな扱いにしていいとは思えませんっ!」

「でも、現実はこうなんだよ。私の血は生まれた時からこんな感じで、ある時、それが村に知れ渡った。それから、私とじぃじとばぁばは、この場所に追いやられた」


 クリスティーナの両親は、目を背ける。

 リリィは悲しげにクリスティーナの話を聞いていた。


「そのあと、私は村を出て騎士になったんだけど、またまた〝邪竜の血〟を見られちゃってね。今度は奴隷に落とされちった」


 一方で、語るクリスティーナの表情は――


「だから私は笑った! 私はただしく生きているだけなのに、ただのおとぎ話で、奴隷にまでしちゃうんだから、ってね!」


 満面の笑顔で、実に楽しそうに語っていた。


「わ、笑えない……笑えないですよっ! ――どうしてクリスティーナさんは、そう(・・)なんですか」

そう(・・)?」


 笑っていたクリスティーナは、不思議そうに首を傾げた。

「さっきの荒療治のときだってそうです」と前置きしたリリィは訴える。


「どうしてクリスティーナさんは、絶望を笑っていられるんですか! 村は救えたけど、クリスティーナさんの『名誉』を回復するには、きっと何年も――いえ、二〇年とか三〇年とか、それくらい、一度失った名誉を回復するのにはかかるものなんですよ!」


 まだ会ってわずかな時しか過ごしていない彼女に――泣きそうな顔で訴える。


 クリスティーナはいわれのない不名誉で、村八部にあった。

 いわれのない不名誉で、やがて奴隷にまで落とされた。


 なのにクリスティーナは――心底不思議といった感じで、今度は逆へ首を傾げるだけ。


「確かにこの体が原因で村は追い出されたし、奴隷にもなったよ? ――でも、チャンスだ」


 そして、自信満々にこういう。


「私の名前を世に知らしめるには、最高の体だ! だから私は、ばぁばとじぃじがくれたこの体に、感謝しかしていないっ!」


「クリスっ……」と、母親のクラリッサは口元を抑え、感情が溢れそうになる。

 父親のバリーも、一目もはばからずに涙を流していた。


「――クリスティーナさんは、おばかですよ」

「なにぃ!? 私の『名誉』を傷つけるのなら、リリィちゃんでも――」


 そしてリリィも泣いていた。

 クリスティーナの姿勢に感動したから?

 ――いや、違う。


「だって――クビになって落ち込んでた私が、もっとおばかに見えちゃうじゃないですかっ」

「むははっ、リリィちゃんは結構黒いなぁ!」


 奇しくもリリィは、クビを言い渡され、追い出された身。

 クリスティーナを見て、勇気をもらってしまったのだ。


「――私には夢がある」


 クリスティーナは、曇りなき青い目で語る。


「いつか世界中の『名誉』を我がものにする。そして――」


 笑って、夢を語る。


「おとぎ話に続きを作る! 邪竜の血を継いだ女が人々を救ってまわる――そんなハッピーエンドな話の続きをね!」

「そ、そうかっ、おとぎ話を変えちゃえば、クリスティーナさんの『不名誉』も」

「そういうこと! うおおおおじぃじとばぁばに会ったら俄然やる気出てきた! 待っててねじぃじ、ばぁば!」


 彼女が名誉を渇望する理由――それは、おとぎ話を変えるため。


 おとぎ話を――伝説を変える。

 それは簡単なことではないだろう。

 だが、クリスティーナの人柄がそうさせるのだろうか。


「私が夢を叶えたら、またゆっくり家族でご飯食べよう」


 このひたすら前向きな少女なら、できるかも知れない。

 クリスティーナの両親も、リリィも、そう感じてならなかったのである。


「なんの気兼ねもなく、後ろめたさもない。みんなで笑って、ね!」


 おとぎ話を変える。

 あるいはそれは――


 家族三人、笑ってご飯を食べる。

 ただそれだけのことのほうが、彼女の本当の夢なのかもしれなかった。


「でも、おとぎの竜の話って、この国一番のおとぎ話で、世界にも知られてますよね。……やっぱり何十年とかかっちゃうんじゃ」

「リリィちゃんってやっぱ黒い!」


 そうやって二人がじゃれあっていると――

 村のほうから、騒ぎの声が聞こえてきた。


「あれっ、コリーの娘、もうヴァンパイア化したのか? 日没までまだちょっと時間あるはずだけど」

「そそそ、そうでしたっ、私たちで、あの子を見ていないとっ」


 思い出すように言うリリィとクリスティーナ。

 クリスティーナの両親も続く。


「なにかしら……ここ数日、村のほうが騒がしいようだけれど」

「地下室がある、そこでまたやり過ごそう」

「いや、私たちは行くよっ!」


 クリスティーナはしかし、父親の提案を断る。

 理由は一つだ。 


「そ、そうですねっ! 村のみなさんを助け――」

「名誉の臭いがすごいするから!」


 名誉を得るために、彼女は動くのである。

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